1 ダンジョン「亀の甲羅」
ダン、
ジンがひらりと空中で身をひねり、手にした黄金の槍でまるで何か柔らかいものに突き立てるかのようにやすやすと、ジャイアントタートルの甲羅を刺しぬいた。
甲羅に開いた穴からは、黄緑色の液体が流れだし、私は思わず目を背ける。
「ユリア、とったぞ」
ジンはどこか誇らしげだった。巨大な碧の鱗でびっしりと覆われた厚い甲羅を持つジャイアントタートルの背中の上で、まるで前人未踏の地に到着した冒険者がその地に旗を立てるかのようなポーズで立っている。ああ、前代未聞の功績おめでとうございます。
長い船旅ののち辿り着いた、港が盛んなことで有名なハルファス王国のギルドで、ジンが選んだ依頼だった。
ランクAダンジョン「亀の甲羅」では、巨大に進化したジャイアントタートルをいまだかつて討伐できた人がいないという。まるで屋台の特大大盛りを食べきったら無料!とでもいいたそうな破格の報酬にジンの目の色が変わった。ユリアにいいところに泊まらせてやりたい、そう言った彼の瞳はきらきらと黄金色に輝いていた。
私としては安宿でいいから、二人別の部屋にしてもらえればそれでいいです。
「今日はスイートルームに泊まれるな」
「いや、そういうのはいいです」
日々身の純潔の危険を感じる。これで本人がめちゃくちゃ強いものだから手に負えない。私だって魔術の腕はイシュラルド王国でも結構つよい分類に入るはずだったのに。井の中の蛙。ああ、日々劣等感にさいなまれそうだわ。
ジンは槍でぐいとジャイアントタートルを持ち上げた。もはやつまようじに刺したピンチョス(前菜)のようだった。なんだこれは。私は何を見せつけられているの?
「ユリア……カメは好きか?」
ジンは軽々と持ち上げながらちょっと伏し目がちに訊いてきた。どういう意味だろうか。食べるかどうか訊いてるのだろうか。それともプレゼントしてくれるっていっているのだろうか。そもそも依頼で受けているのだからギルドに納品する義務がある。
ジンは初めて出会った時に思った印象よりも随分と少年の心をもっていたみたいだ。ジンはいままで無理していたのだろうか。この屈託のない表情が彼の本心というのだろうか、それとも私の反応を見て徐々に合わせてきているのだろうか。
「カメは……ふつうかな」
「そうか」
ジンはいつもの表情にもどった。どういってほしかったのだろう。もしかして「きゃーうれしい! ジン素敵! もうだめ大好き!」とでもいえばよかったのかしら。そんなの今日の夜迫られそうで怖いからぜったいにぜったいに言いませんよ!
ジンはふいといつもの表情ですたすたと出口に向かって歩いて行った。安定の競歩で私はついていく。どうしたんだろうジン、大物を狩りあげてまだ満足してないの?
冒険者ギルドに向かったら、大騒ぎだった。
「きゃああああああああああああ!」
ジンの持ち運ぶジャイアントタートルはギルドの扉に入らなかったし、外に出てきたギルド職員は奇声を上げるし、大通りの視線はくぎづけだった。そしてダンジョン「亀の甲羅」はジンが踏破したので崩壊した。
「すごい!! こんなのここ数百年で一番大きいですよ!」
ギルド職員は大興奮だった。野次馬の列で取り囲まれ、静かに退出しようとしたが、できなかった。
ジンはむんといった顔つきだった。見たことない表情だ。
「とりあえずジャイアントタートルは職員で運びますから、お二人はギルド奥の応接間にどうぞ! そこで報酬をお支払いしますね!」
ギルドのなかからぞろぞろと職員が出てきたので、ジンは刺していた槍を抜いてジャイアントタートルを雑に地面に転がした。数百年で一番大きいカメに対してひどい扱いだ。なんだろう、機嫌でも悪いの。
ギルド奥の応接間で、ローテーブルの上に金貨を積み上げられた。すごい高さだ。冒険者って夢がある。ジンは無言でせっせと腰元に下げていた布袋に金貨を詰めていた。その布袋、無限収納だったのね。どうりで身軽だと思っていたわ。
「この度はAランク依頼「亀の甲羅」を受けてくださりありがとうございました。いやあ、素晴らしい手際ですね。あのジャイアントタートルは剣も通さなければ、魔術も表面の鱗で反射するというとても厄介なボスですよ」
ギルド長は饒舌だった。貴重な素材が売りに出せるとあって嬉しいのだろう。
「ぜひほかの高ランクダンジョンにも挑戦してみてくださいね。これなんかどうでしょう「ランプの魔神」、SSランクですが、お二人なら問題ないかと思いますよ」
お二人というか、ほぼジンがソロで狩っている。私は胸が痛かった。灰色のオールバックのギルド長は、薄茶色のサングラスをかけていた。その手には古びた依頼の紙を持っている。おそらく何十年も張り出されたままだったのだろう薄く茶色に変色している。
(魔神……ジンの仲間ってことかしら)
そんなの受けたら同族、共喰いだ。いいのだろうか。人道に反する気がしてならない。ちらりと横を見るとジンは興味なさそうだった。せっせと金貨を布袋に詰めている。まだ入りきらないのか。すごい量だ。
ギルド長は私に売り込んでいるようだった。私には絶対に無理だ。
「お言葉ですが、疲れてますのでしばらく休みたいと思います」
もっともそうな理由を考えてみた。大丈夫だろうか。ジンはぴんぴんしているけれども!
「ユリア、帰るぞ」
金貨をすべて納めきったジンが私の服の端をついと引いた。その目はどこか不機嫌そうだ。
「ああ、お引止めしてすみませんでした。 どうぞお気をつけて」
ギルド長はにこやかに見送った。
「ユリア、カメはそれほど好きでもないんだな」
宿へと向かう道でジンはぽつりとつぶやいた。
「クジラのときはあんなに喜んでいたのに」
ん?もしかして、ここハルファス王国につく前で、乗っていた船を襲ってきた巨大クジラを返り討ちにしてくれた時のことを言っているのだろうか。
(あのときは船が転覆するかと思っていたから涙を流してよろこびましたよ。もしかしたらジンをぎゅっとしたかもしれません。恐怖で頭が真っ白でしたから)
そういえばあのときもジンは銛で突くがごとくクジラをひと突きしていた。もしかしてさっきのもそれをアピールしていたのだろうか。そう思っちゃうと可愛いけれども。
「あのときはしぬかと思っていたので」
私は思い出しながらぼんやりといった。そうか、とジンは唸るようにいう。
「もっと命の危機を感じてから助けるべきなのか」
(いいえ、そんなことはありません。命の危険は迅速、最短で助けてほしいです。できるものならば)
宿泊街を歩いていくと、高級そうなリゾート向けのホテルの前についた。おそらく観光客向けのものだろう。エントランスは広く、南国を感じさせる樹木が入り口付近に植えられている。透明なガラス越しにホテル内部には噴水と、南国の鳥が籠に入って中央ロビーにたたずんでいるのが見える。とても……高級そうだ。
「ん、ここにするか」




