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12 真実の愛※


「くっ」


 ジンは悔しそうに顔をゆがめた。


「駄目だ、ユリア。お前ひとりで逃げろ。こいつはここで留めておくから」


「そんなことっ」


 私は思わず声を上げた。


 ジンはぎろりと黄金の瞳を眇め私を憎々しげに睨みつける。


 ジンは心底腹立たしそうに叫んだ。心の底から絞り出すような悲壮な声だった。


「いいから、いけ!!! お前がいると邪魔なんだよ!!!」


…………



 ユリアの足音が遠ざかっていきほっと安堵の息を吐く。ユリアをかばいながらでは機動力が落ちる。固定位置から飛んでくる槍の軌道など簡単に読み取られてしまうだろう。


「へえ、随分とひどいことをいうんだね。きみ」


 イシュハルは間延びした声で言った。そのわずかに上向いた顔の表情は酷薄な笑みを浮かべている。


前回・・はあんなに叫んでたじゃあないか。君がいないとだめなんだって」


「……その口、閉じさせてやるよ」


 跳躍して空中から薙ぎ払う。イシュハルは後ろに跳び距離をとったが見えない追加斬撃が無数の刃となってイシュハルの息の根を止めた。一瞬の出来事だった。


「……っ?」

 

 イシュハルはあまりの速度に何が起こったのか理解できていないようだった。彼は何が何やら解らないといった表情を浮かべ地に倒れ伏した。


 俺は昏い昏い目をイシュハルに向けていた。


 こいつ(イシュハル)とは繰り返すループの中で何度も何度も戦ってきた。もう奴の回避行動など手に取るようにわかる。




 いつだって俺の予想外はユリアだけだ。


 おユリアがあっさり予想外な出来事に巻き込まれすぐにやられるからこの世界は何度だって繰り返す。





 このループで繰り返しを終わりにしたかった。


…………


 ジンの言葉に頭がショックで真っ白になり記憶がなかった。


 気がついたら私はなりふり構わず走り出してて。目からはとめどなく涙があふれていたのだ。


 路地裏を当てもなくまた走り抜けて、走って、走って。


 心臓は破裂しそうなくらい苦しかった。


 喉から嗚咽がこみ上げる。


 抑えても抑えても溢れ出す嗚咽はいつしかえづきにかわった。


 胃の中のものをすべて吐いてしまいそうだった。砂壁に手をついて吐き気をこらえる。後ろから靴音がした。誰か来た。


「ユリア……」


 振り返るとジンが立っていた。


 その目はしゅんとして捨てられた子犬のような目をしていた。


「悪かった。本心じゃない」


 ぎゅっと後ろ抱きにされる。


 ジンはそのまま顔をぎゅうと私の頭に押し付けてきた。


「まだおこっているか?」


 ジンは顔を埋めながら言った。震えた小さな声だった。





「……おこってないよ」

 取り繕っても仕方ないだろうから白状した。


 どうやら私はこの二日間ですっかり彼にほだされてしまったようだった。





 ゾレア帝国指揮官イシュハル・ラルドの消失によりゾレア帝国軍の足並みは崩れた。

 イシュラルド王国騎士団はこれを転機にと攻めの姿勢を見せ見事ゾレア帝国軍を押しのけたのだ。その戦場を駆け勝利に大きく貢献したのはイシュラルド王国第二王子。彼は卓越した機転と、その果敢さで敵陣に乗り込み、多くの首を仕留めたのだ。



…………




「は? 今何と言ったのだ」

「ええ、わたくし真実の愛に目覚めましたので婚約破棄していただきたいと申し上げましたの」


 シェリアがにっこり笑顔で言うと、王太子ベンジャミンは口をあんぐりとあけた。

 まさかまさか自分の言った言葉が特大ブーメランになって返ってくるとは夢にも思っていなかったのだろう。


「な……誰だ、相手は」


「第二王子ララピア様ですわ。彼、この度のゾレア帝国との戦で我が国を勝利に導いた猛き勇者ですのよ。国でのんびりだらりしていたベンジャミン殿下よりよっぽど男前ですわ」


「な……私だって国のことを思ってだな」

「ええ、ええ、国のためにわざわざ冒険者ギルドに向かって、わたくしのお姉さまに随分とひどいことをいったのだとか? 聞きましたよ、近衛騎士団の方々から」


 王太子ベンジャミンは返す意言葉もなかった。


「国王様はこの度の戦果の功績を鑑みて第二王子を次期国王にと望んでいるようですわよ」


 さらにとどめの一言をぐっさりとベンジャミンの心臓に突き付けて、ごきげんようとシェリアはイシュラルド退室の礼をとってひらりと出ていった。

 まさか彼も妹でもいいと言い放ったのを弟でもいいと逆に返されるとは思いもしなかったのだろう。


 一部始終見ていた宰相ナージルは浅く息を吐いた。



…………


  わたくしは王城の廊下を全速力で競歩しながら出口に向かっていた。

  言い逃げだ。言い逃げをやりきってみせる。


 「シェリア様、よろしいので?」


  イシュラルド伯爵家つきの従者ルークは私と共に廊下を早歩きで併走しながらも咎めるような口ぶりだ。


 「よろしいわけ、ないでしょう。王太子の不敬罪で捕まる前にはやく修道院に駆け込みますわよ」


  わたくしがきりりとルークを睨みつけるとルークはやれやれと肩をすくめた。


「追ってきてますが」


 くいと顎で示す後方を目視で確認すると確かに近衛が追ってきている。


「いやあああああああ!!!」


 思わず悲鳴が口をついて出た。



…………





 家を飛び出してから三日目の朝だった。昨日二人とも非常に疲れていたので、宿に帰るなりぐっすり寝てしまった。命の危機のあととなっては雑魚寝などもうどうでもよかった。

 とにかく二人とも生きているのだ。生きているって素晴らしい。


「いくぞ、ユリア」


 私がベッドで目をこすりながら起きた時にはジンは支度をきっちりして仁王立ちで立っていた。彼は今までで一番機嫌が良さそうだった。


「冒険に、いくぞ」


 ジンはそのきらきらとした金色の瞳で私の顔を熱のこもったように見つめている。

 よほど楽しみにしていたのだろう。



 揺れる船の上で私はぼんやりと地平線を見ていた。まさか母国から離れることになるなんて、今までなら想像もしなかった。このまま妃教育を続けて、ベンジャミン王太子を支えていくのだと、敷かれたレールにただ乗って進むのだと思っていた。


 イシュラルド王国は変わった。第二王子ララピア・フォン・モンテール・イシュラルドが新たに王太子候補として台頭した。ベンジャミン元王太子から面会希望の手紙が何度もきたが読まずに捨てた。大方、私が召喚士だとでも判明したのだろう。彼の地位向上の引き立て役にされるのはごめんだった。


 妹が王城の牢に入ったのだと、お兄さまから連絡があった。どうやらベンジャミン王太子に不敬を働いたのだとか、大丈夫だろうか。人生何がおこるかわかったものではない。



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