10 元婚約者様登場※
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……
ああ、どうあがいても現実は残酷だ。
俺は心の中で悪態をついた。最悪だ。
何度目かのループで俺は気がついた。ユリアは戦場に出たらしぬのだ。
俺がいくら後ろで引っ込んでろとすごんでも前線に出てくる。
俺がすこしでも目を離せば流れ弾にあたる。
ユリアを守ることに重きを置いて攻めを緩めると国が陥落する。
城を落とされるとユリアは捕虜になりゾレア帝国で監禁される。
そうしたら俺は封縛されて手も足も出ない。
そして最後にはユリアはゾレア帝国の炎の魔神タイタスの贄となるのだ。
『ユリア…ユリアユリアユリアっ……!』
ユリアの姿が魔神タイタスの赤黒い口のなかに消える。
おそろしいことに俺はまだループできていない。
ユリアがタイタスの腹の中で、まだ生きているからだ。彼女は生きたまま、ゆっくりと、消化されている……今もなお。地獄の苦しみだ。ユリアは死に切れてない。
俺の身体は強力な封縛で指ひとさきすら動かせない。歯を食いしばると口の中は血の味がした。今ここで舌をかみ切ってしにたいくらいだ。
『ああ、きみもすぐにあとを追わせてあげるよ』
俺の悲痛な顔を見て、灰白色の髪の男はその口元を皮肉気に歪めて言った。
『はやく会いたいだろう?』
『イシュハル……!』
俺は口を開いたが罵倒の言葉が出る前に俺の身体はループに呑まれ、身体が光の粒になった。
ああ、ユリア
やっと楽になれたんだな
……
……
「徴兵令とは。 王国騎士団が本来あたるのではありませんか?」
奥から出てきたギルド長は、穏やかな声で言った。
彼は歴戦の猛者だったのだろう、消えない跡となった切り傷が無数にある。
穏やかな顔つきだがその体つきはがっしりとしていて、執事の爺やがムキムキだったらこんな感じだろうといった風体をしていた。
彼は白髪で眼鏡をかけ、口元には白髭を蓄えている。
「ああ、もちろん騎士団も投入する。そのうえで保険として冒険者も使う。なんせ召喚士一人で千の軍隊だからな。見逃すわけないだろう」
ああ、あなたはやはり人を駒としか見ていないのですね。私は目線を向けずに手元の魔道具の石板のギルド情報の一番下までスクロールし終わって署名をしていた。
(私との婚約だって旧王家の血筋を取り込みたいだけだったようですし)
挙句の果てに妹でもいいとかいってふってきた最低男だった。
「なんなら召喚士だけでもいい、出せ」
「あのですね……」
ギルド長は困っているようだった。腐ってもこの国の王太子だ。無下に追い払うこともできないのだろう。現に彼は今数十人ほどの近衛騎士を侍らしている。このギルド内の全員が束になってかかってくることを想定してのことだろう。
「ユリア、書けたか? はやく出るぞ」
ジンがぐいぐいと後ろから肩を押してくる。ええ、珍しく意見が一致しましたね。私も、早急に、この場から離れたいです。
クレアさんに石板を返すと、小声で確認事項を復唱された。おそらくすぐ目と鼻の先に召喚士がいるのだと知られないように心を配ってくれているのだろう。心がじんとした。元婚約者様は私の隣の隣のカウンターの前でくだを巻いているようだった。ジンがさりげなく斜めに移動していて目線を遮っているので私からはよく見えないし、向こうからも見えないだろう。
「これで手続きは以上で完了です。お疲れさまでした」
クレアさんはいつものトーンで終わらせた。うん、自然なタイミングだ。ささっと退散しよう。
「ありがとうございました。では」
私が席を立ったところだった。
「ユリア・フォン・イシュラルド! なぜおまえがここにいる!」
王太子ベンジャミンの声は高らかに響いた。ギルドのあちこちでイシュラルドだと、とざわめきの声が聞こえる。ああ、私がわざわざファーストネームのみで登録していたというのにすべて台無しにしてくれますね!イシュラルドは王家のファミリーネームだ。王家以外で名乗れるものなどそう多くもない。
「イシュラルド? あの旧王家か?」
「辺境伯の?」
「いや今は王都の端にいるんじゃなかったか」
「絶えたんじゃなかったか」
「あの駆け落ちした王女の?」
ああ、周りの声がうるさい。心が折れそうだ。
「ええ、ちょっと……興味本位で見に来ただけですの、それでは失礼いたします」
イシュラルド式の退出の礼を行う。王家の作法だ。冒険者には見慣れないものらしく、そこかしこでどよめきが起きる。
私はひらりと退出しようとしたのだが、王太子の腕が伸びる。
「おい、待てって」
キイン
私と王太子の間にギラリと刃が入った。ジンは刃渡り十五センチほどの小ぶりの金細工のナイフを手に持っていた。一体いつからもっていたのだろう、震える。彼のナイフを受け止めたのは王太子の近衛兵だ。近衛兵は腰にさげていたであろう飾り剣でジンの刃先を受け止めていた。ジンはベンジャミンの心臓をまっすぐに狙っていた。
「チッ」
ジンは舌打ちした。一発で仕留めるつもりだったのだろう。相手は仮にもこの国の王太子だ。不敬が過ぎる。
近衛兵はジンを捕縛しようと動いた。
「待て」
ベンジャミンが手で制する。
「なんだその男は。ユリアの護衛か? まあ、女ひとりでこんな場所に来るのも危ないだろうからな。大目にみてやろう」
近衛兵が隙のない布陣で取り囲んでくるなかベンジャミンは堂々たるものだ。この傲慢さは王太子ならではか。
「この間はすまなかったな。お前が家を飛び出したと聞いて、そんなに私のことを好いていたのかと、悪いことをしたと思っていたのだ」
ああ、なんということでしょう。探さないでくださいとシンプルに書置きしたのがこんな勘違いを生んでいたとは。
「姉妹まとめて面倒みてもいい。俺は懐が深いからな」
ああ、あなたにそんなことを言わせてしまうなんて私もまだまだでしたわ。本当、一刻も早く国を出るべきでした。
ジンは横目で私の許可をとろうとアイコンタクトをしてくる。
彼の手には依然ナイフが握られたままだ。その手は怒りでぷるぷると震えてさえいる。
まって、あなた、破滅願望を私に押し付けないで。




