9 ジンはなにかに焦っている
先頭を歩く試験官と思われる彼の、背中から放たれている威圧感をひしひしと感じながら、試験官のあとについてギルドの隔離施設、練習闘技場についていった。
そこはドーム状の無観客試合のような場所だった。天井は結界で網目状に覆われており、ここで戦うのだと嫌でもわかる。
(ああ、どういうことなの。私昨日まで王太子妃候補だったはずなのに)
一転して、闘技場のいけにえだ。嬲られる未来が想像できる。
痛いのは勘弁してほしい。
「ユリアちゃん、強さ設定はどうする? 何ランク目指し?」
クレアさんはなんでもないように聞いてきた。もしかして、あれですか。試験官さんのレベル調節してくれるんですね。三十パーセントの力で戦ってやる的な?
ちらり、みるとムキムキマッチョな試験官、黒スーツ姿の金髪ガイはむんと太い腕を組んで仁王立ちしている。その体からは燃えたぎるあつい炎が見えるようだった。震える。
「ああ、ランクSSだ。いける」
ジンはさらりといってのけた。それってここの冒険者ギルドの最上ランクのことですよね。私を殺すつもりですか。
「俺が出る」
なかなかのイケメンなセリフに思わずドキリとする。いやいや、いやいや、正気になって私。これは吊り橋効果だから。こんな得体のしれない、しかも人間でない人にそんなきゅんとかするなんて、そんな。
ジンはくるりと私のほうを向いてくいと親指で私の顎を持ち上げた。
「そこで、みていろ」
クレアさんがきゃーと黄色い声を上げた。私もきゃーといいそうだったが、私のは恐怖のきゃーだった。ジンの目は笑ってなんてなかった。なにかどす黒いものが蠢いていた。闇堕ちしたのだろうか。なにかこの世の地獄でもみたのだろうか。そんな目だった。
つかつかと歩きながら、ジンがぶんと右手で空を切ると、粒子のようにきらきらと金の光が現れ収束してジンの身長ほどの大きな槍になる。黄金の槍はねじのような見た目で表面に光沢があり、ショートパスタのようなくるくるとしたひだが全身にあり、持つだけで痛そうだ。先端が二股にねじれながらわかれ、まるで悪魔の角のようだった。ぐるぐるとねじれたその形はまるで神を刺した聖槍のようですらある。
「こい、すぐにおわらせてやる」
ジンはなにかに焦っているようだった。どうしたのだろう、彼は制限時間でも抱えているのだろうか。時限爆弾的な? 昨日から最速最短クリアに向かって突っ走っているような気持ちになる。
ジンは目にも見えない速度で振り払うと、試験官の身体を吹き飛ばし、反対端の壁にめり込ませた。もはやここからは肉眼で確かめようもないが、クレアさんの手に持っている記録媒体にはしっかりと試験の結果が出たようだ。
ピ
『必要十分 秀』
「わあ、すごい! きっちり最低限度の出力でクリアしたわね!」
クレアさんは感嘆している。どうやらジンはクリアぎりぎりの余分な力を削いだ的確な一撃を放ったらしい。まだ全力ではない的な。ブルータスお前もか!
「うむ、なかなかいい一撃だった」
ぱんぱんとスーツの汚れを払いながら、先ほどまで壁にめり込んでいたはずのナイスガイがこちらに悠々と歩いて帰ってきた。傍目では死んでもおかしくないような一撃だったのにぴんぴんしていた。
もうやだ。こわい。
「ああ、ランクアップの手続きを早くしてくれ。ユリア、すぐここを発つぞ」
「え?」
ここを発つ?そんな話しただろうか。そもそも私が王城を追放されていることさえジンは知らないだろうし。私は王城敷地内にすら近づかなければ誰にも迷惑は掛からないのだ。まだまだここで下積みをしていたい。まだ一件しか依頼受けてないし。
クレアさんは明るく言った。
「じゃあ、受付カウンターにもどりますね! 二十分ほどで更新されますから楽しみにまっててくださいね」
もと来た道を四人でぞろぞろと帰る。ほっとしていたので気がゆるんでいた。
「ジン、かっこよかったよ」
思わずうっかり口をついて出る。ほめるつもりなかったんだけどな。ほめた後が怖いし。
ジンは意外なほど落ち着いていた。もっと飛び上がって私をろっ骨が折れるくらい抱きしめてきそうなものなのに。……してほしかったわけじゃないけれど。
ジンは前を向いたままだった。彼はどこか遠くを見ていた。その目は昏かったし表情はすぐれなかった。
「ああ」
ただそれだけだった。
受付カウンターの待合席で、ジンと二人座ってまっていた。ギルドの個人情報が反映された後に一応本人立会いのもと入力内容に間違いがないか確認の作業がはいるので勝手に帰れないのだ。この空き時間に依頼掲示板を見に行きたかったけれどジンに止められた。待合席の場所も最初出入り口に近い後ろのほうにすわろうとしていたのにジンに移動させられた。現在二人して座っているのは一番前列のサービスカウンターの真ん前だ。そんなに待ち遠しいのだろうか。
ジンと隣並びで座っている間、彼は寡黙だった。まるで歯医者の待合席に座っているような表情をしていた。どうしたんだろう。なにか大いなる悩みでもあるのだろうか。それとも腹下しでもしているのだろうか。
私はジンの心配を切り上げて自分の今の状況を分析することにした。今日は家を出て二日目のはず。現実味がないのだけれど夢ではないだろうか。これから冒険者ランクがSSになったら私は母国を出てジンに連れまわされるってことか。それってどっちが主人なのだかまったくわかったこっちゃない。わたしが主人だなんてもはや思ってもないけれど。これでは犬だ。私がジンの犬だ。
「ユリアさん、終わりましたよ~」
「はーい」
クレアさんの呼びかけに私は席を立った。と、そのときギルド入り口でざわざわと騒がしくなる。ジンはチッと舌打ちをして私の背後に立った。何かから隠しているようだった。
「情報が多かったのでページが分かれています。最後まで目を通して、一番最後のところに署名おねがいします~」
「はい」
急激な成長で、細かな変動がたくさんあるようだった。従僕となるジンの個人データなるものも細かく記載されている。先ほどの戦闘データから算出された身体的数値も出ている。やはりジンはかなり強い。円グラフで全体のバランスも記載されている。ジンはスピードとパワーが突出しているタイプのようだ。冒険者ギルドの測定器はすごい分析技術だ。これだけ丸裸に分析されてはもはやプライバシーなどない。なぜかジンとの好感度の記載もあった。計測できる上限を振り切れていた。
(ジンに……ものすごく好かれてる)
もはや計測不能の値が出ている。たった二日寝食をともにしただけでこれなのか。
よく私は無事でいれたものだ。初日に襲われなくて本当に、よかった。
カツカツと靴音が響き周囲の喧騒が近づいてくる。背後のジンの気配に殺気が混じり、私はひやりとした。
(え、なに。 どうしたの?)
ジンは今最高に不機嫌だ。間違いなく。振り返らなくてもわかる。
「ここに召喚士がいるときいた」
この聞き覚えのあるアルトボイスはまさか。
いや、振り返りません。もうあなたの顔を二度と見ないと心にきめたのです。
元婚約者様は堂々たる風格をもってギルド長を呼びつけた。
「徴兵令を出す。登録者はすべて国に忠誠をささげろ」




