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『好き』だけじゃ、言えない。  作者: 花守一栞
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第五話

「……お願いします」


そう答えると、女性は小さく頷いた。


「じゃあ、ちょっと失礼しますね」


「は、はい」


自分でも分かるくらい、声が少し高くなった。


女性が俺の後ろに回り、髪に手を伸ばす。


「やっぱり、少し後ろにずれてますね」


「……あ」


思わず身体が固まった。


落ち着いた声だった。思っていたより低いのに、不思議と耳に心地いい。


「た、たぶん……前髪を何度も触ってたからだと思います」


また声が高くなった気がする。


……変じゃないよな?


「そうかもしれませんね」


女性はそう言って、ウィッグを軽く持ち上げた。


「ここが少し浮いてます」


バレてる。


前髪を気にしすぎていたことが…


いや、女装していることも気づかれているかもしれないけど……。


恥ずかしい。


「……こうして、それから、ここを……」


後ろの髪を整えられ、指先が頭の後ろを軽く押す。


「はい。これで大丈夫だと思います」


女性が俺の前に戻ってきた。


「……どうですか?」


差し出された手鏡を覗き込むと、さっきまで浮いていた部分がきれいに収まっていた。


「すごい……」


「よかったです」


女性が小さく笑う。


「ありがとうございます」


「いえ」


それだけ言うと、女性は店内へ入っていった。


俺もすぐに店内へ入り、店員さんに声をかけた。


「すみません……一名なんですけど」


意識して、少し高めの声を出す。


「はい、ありがとうございます」


店員さんは店内を見渡した。


「申し訳ありません。ただいま店内が混み合っておりまして……」


「……はい」


「もしよろしければ、先ほどのお客様との相席でしたら、すぐにご案内できます」


思わず女性のほうを見る。


ちょうど彼女もこちらを見ていた。


「あ……」


目が合う。


「相席でもよろしいでしょうか?」


店員さんが女性に尋ねる。


「私は大丈夫です」


落ち着いた声が返ってくる。


その声を聞いて、少しだけ安心した。


……なんでだろう。


続いて、店員さんが俺を見る。


「お客様はいかがでしょうか?」


どうする。


できれば一人で食べたい。女装がバレる可能性は、できるだけ減らしたいし……。


でも、手元のメニューに目を落とす。


作中で雪と桜が食べていたパンケーキ。


ここまで来て諦めるのは嫌だった。


「……だ、大丈夫です」


自分でも分かるくらい、声が高くなった。


「ありがとうございます。それでは、お二人ともこちらへどうぞ」


店員さんが先導し、俺たちは少し距離を空けて後をついていった。


案内された席に、彼女が先に座る。俺も向かいの席に腰を下ろした。


「…………」


「…………」


なんだ、この状況。


……いや、別に変なことじゃない。


相席なんだから。


そう自分に言い聞かせながら、俺はメニューを開いた。


パンケーキに、フレンチトースト、季節限定メニュー。


写真を眺めていると、少しずつ落ち着いてきた。


俺はパンケーキを食べに来た。


それだけだ。


「さっきのパンケーキ、頼むんですか?」


向かいから声がして、顔を上げる。


彼女がメニューを指差していた。


「ずっと見てましたよね」


見られてた。


めちゃくちゃ見られてた。


「……はい」


少し恥ずかしくなりながら、俺は頷いた。


……俺、どんな顔してメニューを見てたんだ?


ずっと同じところを見てたし、もしかして、かなり浮かれてたんじゃ……。


だって、『ボク君』に出てきたパンケーキだぞ。雪と桜が食べていたものにそっくりなパンケーキを、今から自分が食べられるんだ。


そりゃテンションも上がるだろ!


……いや、ちょっと上がりすぎたかもしれない。


「『ボク君』に出てきたやつに似てるので……」


「……ボク君?」


あ、しまった

……俺、今、普通に作品名言ったよな?

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