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『好き』だけじゃ、言えない。  作者: 花守一栞
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第四話

目的地が見えてきた。


「……あった」


青い外壁に、大きな窓。店先には、通りからも見えるようにメニューが出ている。


写真付きのメニューを見つけた瞬間、思わず足が速くなった。


店の前まで来ると、俺は立ち止まった。


ガラス越しに店内を覗く。明るい照明に、落ち着いた色合いのテーブルと椅子。思っていたよりもずっとお洒落な雰囲気だった。


『ボク君』の中で見た場所とは、もちろん違う。


それでも、青い外壁や大きな窓、店先に並んだメニューを見ていると、作中の場面が頭の中に重なっていく。


雪と桜も、ここで待ち合わせをしていたのだろうか。


雪は、店に入る前に何を考えていたんだろう。


……いや、待て。


俺、今この格好で入るのか……?


「…………」


急に現実に引き戻された。


とりあえず、メニューを見よう。


店頭に置かれたメニュー表を覗き込む。


パンケーキに、季節限定メニュー。フルーツがたっぷり乗ったものや、クリームが添えられたものもある。


その中に、作中で雪が頼んでいたものによく似たパンケーキを見つけた。


「……これだ」


写真を見た瞬間、胸の奥が少しだけ熱くなった。


まさか、一年以上追いかけてきた作品に出てきたものを、自分が食べる日が来るとは思わなかった。


まあ、正確な聖地というわけではないけれど……。


それでも、ここで同じようなパンケーキを食べれば、雪があの場所で過ごした時間を少しだけ追体験できる気がした。


「……感慨深いな」


しばらくメニューを眺めていると、前髪が目にかかった。


「……」


鬱陶しい。


反射的に手で払う。左に流してみたり、反対側に戻してみたりして、最後に耳へかけようとした。


「……あ」


少し引っかかった。


まあ、いいか。


そう思って、再びメニューに目を落とす。


「えーっと……」


写真を見比べていると、不意に後ろから声をかけられた。


「あの……すみません」


「……はい?」


振り返ると、一人の女性が立っていた。


き、綺麗な人だな。


思わず見とれていると、女性は俺の顔を見て、それから少し迷うように視線を頭へ移した。


「あの、髪が……」


「髪?」


慌てて前髪に触れる。


けれど、女性は首を横に振った。


「いえ、前じゃなくて……後ろです」


「後ろ?」


「はい。少しだけ、ずれているみたいで」


「…………」


時間が止まった。


「え?」


「たぶん、さっき触っていたからだと思います」


女性はそう言って、自分の後頭部に手を添えるような仕草をした。


「このあたりです」


俺も恐る恐る後頭部に手を回してみる。


……触った感じでは、よく分からない。


「…………」


終わった。


いや、まだだ。


この人は「ウィッグ」とは言っていない。


そう、落ち着け、俺。


ここで変な反応をしたら、逆に怪しい。


「……あ、ありがとうございます」


なんとか笑顔を作る。


「えっと……自分で直せます」


「そうですか?」


「はい!」


勢いよく答えてから、後頭部を探ってみる。


……分からない。


どこがズレてるんだ?


右か? 左か?


そもそも、ウィッグってどういう構造になってるんだよ……。


「……あの」


「はい?」


「もしよかったら、私が直しましょうか?」


「…………え?」


思考が止まった。


「後ろだと、自分では見えにくいと思うので」


確かに。


それはそうだ。


でも、知らない女の人に髪を触られるって、普通なのか?


女の子なら普通なのか?


……分からん。


「…………」


目の前の女性を見る。


女性は急かすことなく、俺の返事を待っていた。


断ったほうがいいのか。それとも、ここは素直にお願いしたほうがいいのか。


そんなことを考えているうちに、なぜか口が先に動いていた。


「……お願いします」

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