第三話
『女装 歩き方』
検索結果を眺めながら、俺は腕を組んだ。
「…………」
歩き方。
そんなものまであるのか。
試しに立ち上がってみる。
鏡の前で、一歩。また一歩。
「……普通だな。おかしくないよな……?」
もう一度歩いてみたけれど、自分ではよく分からない。
そもそも、女の子の歩き方ってなんだ?
動画を見てみると、歩幅を小さくして、肩の力を抜いて、足をかかとからまっすぐ出すらしい。
なるほど。
……なるほど?
「いや、分からん!」
俺は頭を抱えた。
そんなことを考えているうちに、ふと鏡に映った自分と目が合った。
長い髪に、普段なら絶対に着ない服。見慣れないメイク。
そこにいるのは、間違いなく俺だ。
でも、いつもの俺とは少し違って見えた。
「…………」
ここまでやったんだ。メイクもしたし、髪も整えた。服だって着た。
だったら――。
「外、出てみるか」
口にしてから、急に心臓が跳ねた。
「…………」
いや、待て。
外?
この格好で?
俺は一度玄関を見てから、また鏡を見た。
「……いや、無理だろ」
さっきまでの勢いが、一瞬で消えた。
部屋の中なら誰にも見られない。失敗してもいいし、変でもいい。
でも、一歩外に出ればそうはいかない。
知らない人に見られる。女の子だと思われるかもしれない。
――いや、それでいいんだよ!
逆に、男だと気づかれるかもしれない。
そう考えた途端、さっきまで気にしていなかった服装まで気になり始めた。
スカートの裾に、ウィッグに、メイク。……全部、大丈夫なのか?
「…………」
でも、雪はこの緊張を抱えたまま桜に会いに行ったんだよな。
俺が知りたかったのは、まさにこういう気持ちだ。
もしかしたら雪も、こんなふうに玄関の前で立ち止まったのかもしれない。
「……だったら」
俺は深く息を吸った。
「行ってみるか」
鞄を手に取り、スマホと財布、鍵を確認する。それから、念のためマスクもポケットに入れた。
「……サングラスもいるか?」
試しに手に取って鏡を見る。
「いや、余計怪しいだろ!」
サングラスは机に戻した。
マスクだけ持っていくことにした。使わないかもしれないけど、持っているだけでも少し安心するから…
忘れ物がないか確認して、最後にもう一度、鏡を見た。
「……よし」
玄関まで歩き、スニーカーを履く。
ドアノブに手をかけた。
「…………」
手が止まる。
「……やっぱ怖いな、これ」
それでも、俺はゆっくりとドアを開けた。
外から吹き込んできた風が、スカートの裾をふわりと揺らす。
「……っ」
思わず裾を押さえた。
家の中では気にもしていなかったのに、外に出ると風が髪を揺らすのも、スカートが脚に触れるのも気になってしまう。
「……よしっ」
俺は一歩、外に出た。
後ろでドアが閉まる。
その音を聞いた瞬間、なんだかもう引き返せない気がした。
向かう場所は決めてある。
『ボク君』の中で、雪と桜が待ち合わせをしていた場所だ。
作中に登場した店とは名前が違うけれど、描写によく似た青い外壁のカフェを見つけていた。パンケーキが人気の、少しお洒落な店だ。
……ずっと、一度行ってみたかった。
雪はあの場所で、どんな気持ちで桜を待っていたんだろう。
そんなことを考えながら、同じ場所でパンケーキを食べてみたかった。
だから、初めて女装して出かける場所はここにしようと決めたのだ。
「…………」
歩き始める。
さっき動画で見た歩き方を、さっそく試してみた。
歩幅を小さくして、肩の力を抜いて、足をまっすぐ出す。かかとから……。
「…………」
意識しすぎて、逆に歩きにくい。
「……普通に歩いたほうがいいな、これ」
結局、いつもの歩き方に戻した。
ただ、人とすれ違うたびに、どうしても相手の視線が気になってしまう。
変じゃないか。男だとバレてないか。
気づけば、何度も前髪や横髪を触っていた。
……大丈夫。たぶん。
信号待ちで、近くのガラスに映った自分を確認する。
大丈夫そうだ。少なくとも、鏡で見たときより変になっているわけじゃない。
「……俺、ちゃんと女の子に見えてるのかな」
ぽつりと呟いてから、俺は自分で何を言っているんだと思った。
そもそも、女の子になりたいわけじゃない。雪がどんな気持ちだったのか知りたくて、そのために女装してみただけだ。
……それだけのはずだった。




