魔王、SNSの拡散力に翻弄される
「魔王様、ついに我らの時代が来ましたぞ。見てください、この『ばず』という現象を!」
アイゼンが興奮気味に、格安SIMで契約した中古スマホを突き出してきた。
画面に映っていたのは、先日俺が『コロコロ』を片手に若者の背後を掃除(除霊)していた時の隠し撮り映像だった。
『新宿の路地裏に、謎の除霊コスプレイヤー出現w 動きがガチすぎて草』
『後ろの工事現場の人、ガタイ良すぎて本物の騎士かと思った』
添えられた数字は、驚異の「5万いいね」。
俺がかつて放った最上級魔法『終焉の業火』でも、これほどの人間を一瞬で注目させることは不可能だった。
「アイゼン……この『SNS』なる魔術、恐るべき伝播力だな。我が魔王軍の広報担当として即刻採用する」
「はっ、既にアカウント名は『万事屋・マオウ』で登録済みです! すると早速、DM(文通)にて依頼が舞い込みました」
その依頼は、ある女子高生からのものだった。
『最近、最寄り駅の無人駅で、変な視線を感じるんです。誰もいないはずなのに、スマホの画面に知らない人の顔が映り込む気がして……。助けてください』
——無人駅。
この世界の「駅」という場所は、人々の行き来が激しく、想念が溜まりやすいポイントだ。特に人の目が届かない無人駅は、異質な邪悪が巣食うには絶好の場所と言える。
「よし、出陣だ。アイゼン、移動手段はどうする?」
「この『小田急線』という鉄の龍に乗ります。魔王様、dカードのチャージは万全ですぞ!」
俺たちは電車に揺られ、神奈川の郊外にある閑静な無人駅へと降り立った。
時刻は黄昏時。空が不吉な血の色に染まる頃だ。
「……いたぞ。アイゼン、あそこだ」
ホームのベンチ。そこには誰も座っていないはずなのに、空間が歪み、周囲の温度が急激に下がっていた。
女子高生の言っていた通り、そこには「現代の覗き魔」とも言うべき、電子機器を媒介にする新種の怪異『スクリーン・シャドウ』が潜んでいた。
「ふん、コソコソと隠れて女子の端末を覗くとは……。かつての魔界の痴れ者以下だな」
俺は懐から、今日のために用意した「新兵器」を取り出した。
ダイソーで購入した、強力な『鏡面仕上げの防犯シール』と『スマホ用除菌シート』だ。
「アイゼン! 物理的反射の陣を敷け!」
「御意!」
アイゼンがホームの柱に次々とシールを貼り付け、怪異を「鏡の迷宮」に閉じ込める。
実体を持たない影の怪異にとって、己の姿を直視させられることは最大の苦痛。
「仕上げだ。この『除菌シート』で、貴様の不浄な存在ごと拭き取ってくれるわ!」
俺は無人駅のベンチを、神速の速さで磨き上げた。
磨くたびに、怪異の輪郭が薄れ、電子のゴミへと還元されていく。
「……ふぅ。これでこの駅の治安も保たれたな」
その様子を遠くから見守っていた依頼人の少女が、駆け寄ってくる。
「すごい……! 本当に、あの嫌な気配が消えました! あの、お礼なんですけど……」
少女が差し出したのは、数枚の野口英世。
ついに、ついに「現金」という名の勝利の証が、魔王の手に握られた。
「……これが、カネ……。意外と軽いものだな」
「魔王様! これで今月の家賃が半分払えますぞ!」
俺は夕日に向かって、手に入れた千円札を掲げた。
世界征服の第一歩は、無人駅の清掃代金から。
だが、その帰り道。俺のスマホ(中古)に、新たな通知が届いた。
『万事屋・マオウさん。あなたたちの噂を聞きました。私の組織へ来ませんか?』
差出人は不明。アイコンは、不気味な黒い太陽のマークだった。
どうやら、現代の闇は想像以上に深いらしい。




