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何でも屋を開業する魔王  作者: ラーメン四郎


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4/16

初めての報酬は、温もりの味がした

「腹が……減った」

 新宿の片隅、築四十年のアパートの一室。

 俺——元魔王ザルヴァスは、畳の上に大の字になっていた。

 昨晩、ブラック企業の怨念『ストレス・レイス』をダイソーのコロコロで見事に退治したが、肝心の報酬を貰い忘れるという痛恨のミスを犯したからだ。

「魔王様、申し訳ございません。私のdポイントも底を突き、現在買えるのはこの『うまい棒(めんたい味)』一本のみにございます」

 忠臣アイゼンが、神聖な儀式のように一本の細長い菓子を差し出す。

 俺たちはそれを半分に分け、静かにかじった。

「……アイゼンよ、この菓子、恐ろしく美味だな。だが、魔王たるもの、この空腹感に屈するわけにはいかぬ」

 その時だ。ボロアパートの扉が、遠慮がちにノックされた。

 現れたのは、一人の老婆だった。

「あのう、ここ、『なんでも屋』さんだって聞いたんだけど……。この重い荷物、上の階まで運んでくれないかしら?」

 老婆の足元には、パンパンに詰まった買い物袋が二つ。

 魔王の嗅覚が、その袋の中から漂う「出汁だし」と「米」の芳醇な香りをキャッチした。

「……アイゼン、これだ。これこそが我らの求めていた『依頼』というやつだ」

「はっ! お任せください!」

 アイゼンがひょいと袋を担ぎ上げ、老婆と共に階段を上がる。

 俺は魔王としての威厳を保ちつつ、老婆に問いかけた。

「人間よ。この依頼、引き受けてやる。だが、我が万事屋は安くないぞ。報酬はどうするつもりだ?」

 老婆はニコリと笑い、こう言った。

「お礼に、作りすぎちゃった肉じゃがとおにぎり、食べてもらえないかしら?」

「…………契約成立だ」

 三十分後。

 俺たちの事務所(六畳一間)には、醤油と砂糖の甘い香りが満ちていた。

 差し出されたのは、真っ白な米を握った大きな「おにぎり」と、味が染み込んだ「肉じゃが」。

 一口食べた瞬間、体中の細胞が歓喜の声を上げた。

 かつて魔界で食していたドラゴンの心臓よりも、ずっと腹の底に染み渡る。

「……ふん、悪くない。この『ニクジャガ』という供物、我を称えるに相応しい味だ」

「魔王様、涙が出ておりますぞ」

「黙れアイゼン。これはこの世界の湿度のせいだ」

 食後、老婆は満足そうに帰っていった。

 手元に残ったのは、現金ではなく「満たされた腹」と、老婆が置いていった一枚の紙——近所のスーパーの特売チラシだった。

「アイゼン。この『おにぎり』の味、忘れるな。これがこの世界の『正当な対価』の一つだ」

「はっ。ですが魔王様、次こそは家賃のために『現金』を要求せねばなりません」

 俺はチラシを眺めながら、密かに決意した。

 この世界を支配する前に、まずはこの「美味いもの」が溢れる社会を、例の邪悪な気配から守らねばならぬ、と。

「次の依頼を探せ、アイゼン。……次は、デザート付きの案件がいい」

 魔王軍の軍資金、現在ゼロ円。

 だが、俺たちの心には、初めて「感謝」という名の奇妙な魔力が宿り始めていたのだった。

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