ブラック企業の怨念をコロコロせよ
「ううっ……もう無理だ……。終わらない、修正が終わらないんだ……」
ビルの前でうなだれる若者の背後には、黒い霧のような怪異がうごめいていた。
それはかつての魔界の住人ではない。蓄積された疲労、罵倒、そして絶望——現代社会が生み出した負のエネルギー体『ストレス・レイス』だ。
「おい、人間。貴様の背後に不気味なナメクジが憑いているぞ」
俺の声に、若者が力なく顔を上げた。
「……え? 誰ですか、あなたたち。コスプレ……? 悪いけど、今それどころじゃ……」
「アイゼン、押さえろ」
「はっ!」
アイゼンが交通整理で鍛えた屈強な腕で、若者の体をがっしりと固定する。
「な、何!? 怖い! 警察呼びますよ!?」
「案ずるな人間。貴様の魂を食らっているのは、その背中のゴミだ」
俺は先ほどダイソーで購入したばかりの武器——『強粘着コロコロ』を構えた。
魔力は使えぬ。だが、俺の魂に宿る支配者の矜持は失われていない。
「フンッ!」
鋭い踏み込みと共に、若者の背中へコロコロを走らせる。
粘着テープの表面が怪異の「闇」に触れた瞬間、バリバリと激しい音が響いた。
『ギ、ギシャアアアアッ!?』
怪異が悲鳴を上げる。
この『ストレス・レイス』は、実体を持たない精神的な汚れだ。ならば、物理的に「引き剥がして掃除する」のが最も効率的なはず。
「ほう、この粘着力。魔法の拘束術式にも劣らぬな! ハハハ、逃さぬぞ!」
俺は無我夢中でコロコロを回転させた。
テープが黒く染まるたびに一枚めくり、常に最大火力の粘着面を叩きつける。
「これで……トドメだ!」
最後に、アイゼンが持っていた『光る棒』を怪異の核に突き立てる!
魔力はないが、アイゼンが日々交通整理で込めた「安全第一」という強い願い(念)が、負のエネルギーを浄化していく。
『……オ疲れ様……デス……ッ!』
怪異は最期の言葉を残し、霧となって消滅した。
「……あれ? 体が、軽い……」
若者が呆然と立ち尽くす。その表情からどす黒い隈が消え、瞳に光が戻っていた。
「……ありがとうございました。なんだか、急に吹っ切れた気がします。僕、もうあんな会社辞めます。自分の人生、もっと大事にします!」
若者は深々と頭を下げ、どこか清々しい足取りで去っていった。
その場に残されたのは、真っ黒になった粘着テープの残骸と、俺たちだけだった。
「魔王様、見事な退治でした。……ですが」
「わかっている、アイゼン。……一銭にもならなかったな」
そうなのだ。
俺たちは勝手に助け、勝手に満足してしまった。これではただのボランティアだ。
「次からは、まず契約書を交わすぞ。……アイゼン、残ったdポイントで、一番安いパンを買ってこい。今日の晩餐だ」
魔王軍の初陣。戦果は「若者の再出発」、報酬は「なし」。
俺たちの現代征服への道は、想像以上に険しいようだった。




