魔王、百円の迷宮(ショップ)に震える
新宿の路地裏にある、築四十年のボロアパート『魔王城(家賃四万五千円)』。
そこが俺たちの新たな拠点だ。
「魔王様、万事屋の備品を揃えるならここです。この世のすべてが揃うと言われる魔法の蔵……通称『ダイソー』にございます」
アイゼンに連れられてやってきたのは、眩いばかりの照明に照らされた店舗だった。
棚には、見たこともない便利な道具が所狭しと並んでいる。
「ほう……。この透明な箱はなんだ? 腐敗を防ぐ保存魔法がかけられているのか?」
「いえ、ただのプラスチックにございます。……しかも、ここにあるものはすべて『百円』という低価格で取引されております」
「な、なんだと……!? この精巧な細工の時計も、鋼の包丁もか!? この世界の経済はどうなっているのだ……」
かつて一振りの剣を打つのに名工が三日三晩祈りを捧げた我が国と比べ、この世界の生産能力はもはや神の領域にある。
俺は震える手で、インクが自動で供給される魔法の筆をカゴに入れた。
「アイゼン、恐ろしい。この世界はあまりに便利すぎる。民にこれほどの力を与えて、王への反乱は起きぬのか?」
「王はおりませぬが、『クチコミ』という恐ろしい評価制度があるようで……。それより魔王様、会計を。私が交通整理で貯めた『dポイント』が火を吹きますぞ」
会計を済ませ、店を出た時だった。
ふと、背筋に冷たいものが走った。
——ゾクり、とした。
かつての勇者が放った神聖な魔力ではない。
もっと粘りつくような、どす黒い悪意。
「アイゼン、感じたか?」
「はっ。間違いありません。……あの角のビル。あそこに、現代特有の『邪悪』が潜んでおります」
視線の先には、窓の明かりが不自然に点滅するオフィスビルがあった。
そのビルの入り口で、一人の若い男が力なくうなだれている。
男の肩には、半透明のどす黒い影——「怨念」のなり損ないのような何かが、蛇のように巻き付いていた。
「あやつ、生気を吸い取られているな。……アイゼン、最初の仕事だ」
「かしこまりました。しかし魔王様、魔法が使えぬ今、どうやって?」
俺はカゴの中から、先ほど買ったばかりの『強力な粘着クリーナー(通称:コロコロ)』を取り出した。
「案ずるな。邪悪を祓うには、まず掃除からだ。……行くぞ、便利屋の初仕事だ!」
俺たちは、獲物(コロコロと光る棒)を手に、最初の依頼人(候補)へと歩み寄った。




