魔王、新宿の路地裏で絶望を知る
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「世界を支配するのは、この我だ」
そう豪語していた魔王が目覚めたのは、魔法も魔力も存在しない2026年の新宿でした。
伝説の暗黒騎士は工事現場で交通整理に励み、魔王本人はスマホの入力に大苦戦。
魔法を封じられた最強の魔王が、現代社会の闇(と家賃の支払い)に立ち向かう、ちょっとおかしな「何でも屋」の物語、開幕です!
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千年の静寂は、あまりにも騒がしい音によって破られた。
「……ここ、は……?」
崩れ落ちた石像の破片を払い除け、俺——魔王ザルヴァスは立ち上がった。
かつて世界を漆黒の絶望で染め上げ、勇者エドワードの聖剣によって封印されたはずの、誇り高き魔族の長だ。
視界を埋め尽くすのは、天を突くほどに高い鉄と硝子の塔。
道には漆黒の光沢を放つ鉄の獣たちが、不気味な咆哮(エンジン音)を上げて疾走している。
「魔力が、ない……?」
俺は己の手のひらを見つめ、愕然とした。
かつては指先一つで一国を灰にした強大な魔力が、霧散している。封印の影響か、あるいはこの世界の理が変質したのか。
そこに、一人の少女が通りかかった。
奇妙なほど短い布を腰に巻き、手元の光る板を凝視している。
「おい、人間。ここは何という国だ? 我を封印した勇者はどこにいる」
威厳を込め、覇気を放って問いかける。
本来なら恐怖で平伏すはずの人間だが、少女は面倒臭そうに俺をチラリと見ただけだった。
「は? コスプレ? ……っていうか、そこ新宿のゴミ捨て場なんですけど。邪魔なんだけど」
「……しんじゅく? ごみすてば?」
少女は鼻を鳴らし、歩き去っていく。
俺は背後の鏡に映る自分を見た。
角は折れ、禍々しかった鎧はボロボロの古着のよう。そこにいたのは、威厳あふれる支配者ではなく、ただの不審な浮浪者だった。
「おーい、魔王様! 生きておられましたか!」
聞き覚えのある声に振り向くと、ゴミ箱の陰から一人の男が這い出してきた。
かつて四天王の一角として、鉄壁の守りを誇った暗黒騎士アイゼンだ。だが、今の彼に鉄壁の鎧はない。着ているのは、黄色い反射ベスト。手には『工事中』と書かれた光る棒。
「アイゼン……その無様な姿はどうした」
「魔王様、聞いてください。この世界には『労働』という名の過酷な試練がございます。私はここ三ヶ月、道路の誘導という任務で日銭を稼いでおりました……」
「貴様が、日銭を……?」
アイゼンは涙ながらに語った。
この世界には魔法が存在しないこと。
代わりに『カネ』という紙切れがすべてを支配していること。
そして——。
「魔王様、この街には妙な気配がございます。我ら魔族の闇とは違う、もっとドロドロとした、現代人の負の感情が煮詰まったような『邪悪』が」
アイゼンの言葉に、俺は目を細めた。
確かに、大気を漂う微かな違和感がある。それはかつての勇者よりも忌々しく、執拗な気配だ。
「……面白い。我以外の邪悪が、この世界を我が物顔で闊歩しているというのか」
俺は、アイゼンが持っていた『工事中の光る棒』を奪い取り、天に掲げた。
「アイゼン、決めたぞ。まずはこの世界の理を学ぶ。我らは拠点を構え、依頼を受ける。この世界の闇を暴き、支配の足がかりとするのだ」
「おお! さすが魔王様! では、事務所の名前はどういたしますか?」
俺は、路地裏に捨てられていた汚れた看板を拾い上げた。
「……『万事屋・マオウ』だ。まずは、今日を生き延びるための『カネ』とやらを稼ぐぞ」
グゥ、と。
魔王の腹が、かつてないほど情けない音を立てた。
これが、後に伝説となる「史上最強の便利屋」の第一歩であることを、まだ誰も知らない。




