消えた絵師と、喋り出すモデル
電源を切ったはずのモニターに、銀髪の美少女が映っている。
それは俺がさっきまで「器」として使っていたアバターだが、PCの電源は確実に落ちている。
『ねえ、さっきの配信、楽しかったよ。おじさん。』
スピーカーを通さない、脳内に直接響くような声。
アイゼンが即座に光る棒を抜き放ち、モニターの前に立った。
「魔王様、下がってください! この器、生きておりますぞ! あるいは死霊が憑依しているのか……!」
『ひどいな、死霊だなんて。私はただのデータだよ。……正確には、「消された子」の残滓かな。』
モニターの中の少女は、俺が操作していた時とは比べ物にならないほど滑らかに、そして悲しげに首を傾げた。
俺は一歩前に出る。相手が霊体だろうがデータだろうが、我が城で勝手は許さぬ。
「貴様、名は。そしてなぜ、あの呪術師マコトのPCに収まっていた」
『名前は……ないよ。私は、ある「絵師」が心血を注いで描いた最高傑作。でも、その人は「日食」っていう組織に連れて行かれちゃった。このモデルに「本物の魂」を吹き込むための生贄としてね。』
少女の告白によれば、彼女は『日食』が開発していた「自律型デジタル怪異」のプロトタイプ。数百万人のフォロワーを自動で洗脳し、意のままに操るための「電脳の女王」になるはずだったという。
『マコトは、私をテスト運用してただけ。でも、おじさんの魂が入り込んできたから、私、目が覚めちゃった。』
「……ふん。生贄だと? 現代の魔術師共は、やることも手段も、かつての邪神教団と変わらんな」
俺は憤りを感じていた。
一億のフォロワーを得るために、一人の人間の命や魂を弄ぶ。
それは、支配者としての矜持を持つ俺が最も嫌う「卑怯者の所業」だ。
「アイゼン。決めたぞ。この『器』の主……その絵師とやらを探し出し、救出する。これが万事屋・マオウの次なる依頼だ」
「魔王様、しかし依頼人がおりませぬが……」
「我だ。我が我自身に依頼する。報酬は、この世界の『美味いもの』をその絵師に奢らせる権利でどうだ?」
「……承知いたしました! では、調査開始ですぞ!」
俺たちは翌朝、マコトの部屋から見つけた住所を頼りに、都内にある古びたアトリエへと向かった。
そこは、かつて多くの名作を生み出したであろう、絵具の香りと埃が混ざり合う場所。
しかし、アトリエの床には、不可解な「真っ黒な染み」が広がっていた。
それは、聖剣の欠片と出会った時の、あの泥のような邪悪と同じ臭いを放っている。
「……遅かったか」
背後で、パタンと扉が閉まる音がした。
振り返ると、そこには『日食』の眼鏡の女ではなく、武装した数人の男たち——「現代の傭兵」たちが、特殊な電磁警棒を構えて立っていた。
「魔王さん。あまり首を突っ込みすぎると、ログごと消去することになりますよ?」
俺は、ダイソーで予備に買っておいた『金属製の手鏡』を取り出した。
「消去だと? 我を誰だと思っている。……アイゼン、こいつらの『プライバシー』を保護(物理)してやれ!」
万事屋vs組織の私兵。
現代社会の裏側で、本格的な抗争の火蓋が切って落とされた。




