魔王、Vの肉体(器)を手に入れる
「……おく、だと?」
303号室のモニター群が沈黙したあと、俺はその数字の暴力に打ちひしがれていた。
一億人のフォロワー。それはかつて俺が支配した全大陸の人口を遥かに凌駕する。それだけの人間がひとたび「死ね」と願えば、この世界の理すら書き換わりかねない。
「魔王様、落ち込んでいる暇はございません。敵が情報化社会の波に乗っているのなら、我らもまた、その波に飛び込むべきですぞ!」
アイゼンが差し出したのは、昨日マコトの部屋から「没収(戦利品)」してきた高性能なWebカメラと、謎の配信ソフトがインストールされたノートPCだった。
「これを見ろ、アイゼン。……このソフトを使うと、画面の中の俺が、なぜか『美少女』になっているぞ」
「おお……! これこそ現代の変身魔法! これなら魔王様の正体を隠しつつ、大衆の心を掌握できるのでは!?」
画面の中に映っているのは、銀髪に赤い瞳を持つ、どこか俺の元の姿を彷彿とさせる——しかし、圧倒的に「萌え」の要素が加わった美少女キャラクターだった。
「ふん。姿かたちなど些細なことだ。要はこの『V』という器を使い、我の威光を世界に知らしめればよいのだな」
その夜。
新宿のボロアパートの一室で、伝説の配信が始まった。
『……聴け、愚かなる人類ども。我こそは真の支配者、ザルヴァス・フォン……あー、ザルヴァ……たん、だ!』
慣れないキャラ作りに、俺の喉が引き攣る。
すると、画面の右側に凄まじい速度で文字が流れ始めた。
《え、声が野太いwww》
《バ美肉(バ美肉)おじさんキター!》
《設定が凝りすぎてて草。魔王なのに背景がボロアパートなのリアルすぎ》
「貴様ら! この部屋は仮の宿に過ぎぬ! そもそもバビニクとはなんだ! 我は真剣に世界を……」
《スパチャ(投げ銭)「今日の晩御飯代にしてね」 ¥1,000》
パリン、という快い音と共に、画面に一千円の赤いアイコンが躍った。
「……っ!? アイゼン、今、一瞬で『カネ』が、空から降ってきたぞ!」
「魔王様! これこそが現代の民からの『献上金』にございます! 続けてください! もっと威厳(という名の芸)を見せるのです!」
そこからの俺は、必死だった。
スマホのフリック入力の遅さを笑われれば「これは指先を封じる呪いだ」と言い張り、コンビニのパンの美味しさを熱弁すれば「庶民派魔王助かる」と喜ばれた。
気がつけば、配信終了時には三万円もの献上金が集まっていた。
「……ふぅ。一戦交えるよりも疲れたぞ。だが、これでわかった。この世界の人間は、恐怖ではなく『愛嬌』に金を払うのだな」
俺が配信の接続を切った、その時だ。
またしても、例の『黒い太陽』のマークをアイコンにした視聴者から、一通のメッセージが届いた。
『面白い配信でした。でも、その銀髪のキャラクター……本当の「器」の持ち主は、今どこにいるんでしょうね?』
背筋に冷たい氷を押し当てられたような感覚。
俺が使っているこのソフト、このキャラクターモデル。マコトの部屋から適当に持ってきたものだが、もしやこれは……。
「アイゼン。この『器』……呪いの道具かもしれんぞ」
画面の中の美少女が、電源を切ったはずのモニターの中で、一瞬だけ不敵に微笑んだ気がした。




