呪いのインフルエンサー、現る
303号室から漏れ出す紫色の光。
扉の隙間から覗く部屋の中は、およそ「住居」とは呼べない異様な光景だった。
壁一面を埋め尽くす液晶モニター。そこに映し出されているのは、街中の監視カメラ映像か、あるいは人々のスマホの画面か。
「……呪いの動画、と言ったか。貴様、何者だ」
俺の声に、キーボードを叩く音が止まった。
パーカーのフードを脱いだ男は、驚くほど整った顔立ちをしていたが、その瞳には光がない。
「僕はマコト。あ、ネットでは『呪術師M』って呼ばれてるかな。……ねえ、おじさんたちも見た? 僕が今朝アップした『見たら死ぬショート動画』。もう200万再生超えちゃった」
マコトが指差した画面には、螺旋状にうごめく不気味なノイズが映っていた。
それを見た瞬間、俺の脳裏に直接、数千人分の「苦悶の声」が流れ込んできた。
「ぐっ……! アイゼン、見るな! これは精神を汚染する禁忌の魔術だ!」
「はっ……! しかし魔王様、この動画のコメント欄、称賛の声で溢れておりますぞ! 『マジでゾクゾクする』『新しい感覚』……これでは呪いが自ら拡散されているようなものです!」
アイゼンの言う通りだった。
かつての魔法は、かけられた者が「拒絶」することで成立した。だが、現代の呪いは違う。
人々は刺激を求め、自らその指先で「再生(再生)」という名の契約を結び、呪いを受け入れているのだ。
「……面白いだろう? 誰を恨む必要もない。ただ『バズる』だけで、世界中に呪いをばら撒ける。これこそ、現代の王に相応しい力だと思わない?」
マコトの背後に、巨大なサーバーのような影——電子の悪霊が形成されていく。
それは、画面越しの視線を集めれば集めるほど巨大化していく、現代特有の怪異だった。
「ふん。数に物を言わせる王など、三流のすることだ」
俺は一歩踏み出し、懐から『ダイソー特製・ブルーライトカットメガネ(度なし)』を取り出し、装着した。
「マコトと言ったか。貴様の呪いには、決定的な弱点がある」
「……弱点? 200万人のリソースが僕のバックにはあるんだよ?」
「簡単なことだ。……アイゼン、例の『最終兵器』を起動せよ!」
「御意ィィッ!!」
アイゼンが取り出したのは、武器でも魔法具でもない。
近所の家電量販店で、五十万の残金を使って購入したばかりの『家庭用・超強力無線LANルーター』だ。
「設定完了! SSIDを『MAOU_FREE_WIFI』に変更! パスワードなしで全開放いたしました!」
瞬間、303号室の強力なネット回線が、開放されたフリーWi-Fiに群がる近隣住民たちのデバイスによって、一気に占有された。
「なっ……!? 通信速度が……急激に落ちている!? 動画のアップロードが止まった!?」
「はっはっは! 貴様の力は『繋がり』に依存している。ならば、その繋がりをパンクさせてやれば、ただの引きこもりよ!」
ネットが繋がらなければ、現代の呪術師は無力だ。
マコトがパニックに陥っている隙に、俺は物理的な攻撃——『強力な除電ブラシ』を液晶画面に叩きつけた。
「静電気と共に消え去れ!」
バリバリと火花が散り、モニターの映像が砂嵐に変わる。
マコトの背後の悪霊が、供給源を断たれて霧霧散していった。
「……僕の、僕のバズりが……」
崩れ落ちるマコトを冷たく見下ろし、俺は告げた。
「貴様は『数』に溺れた。だが、真の支配者は、一人の心に消えぬ爪痕を残すものだ。……とりあえず、今月の通信料は貴様が持て。我らのWi-Fiが遅くなった慰謝料だ」
魔王一行、現代のデジタル犯罪を「物理」で鎮圧。
だが、壊れたモニターの破片から、マコトが呟いた。
「……無駄だよ。……もう、『あの方』のチャンネル登録者数は、億を超えてるんだから……」
億。その途方もない数字に、俺は少しだけ冷や汗をかいた。




