魔法が消えた日、そして真実
無人駅の地下、青白く光るサーバーラックの前。
白衣の男は、冷徹な手つきでタブレットを操作していた。
「なぜ我の魔法が消えただと? 封印の副作用ではないというのか」
俺の問いに、男は嘲笑するように肩を揺らした。
「魔王ザルヴァス。かつて魔法とは、人々の『驚怖』や『畏敬』から生まれるエネルギーだった。だが、現代はどうだ? 全ては科学で解明され、神秘はスマホの画面の中で消費されるだけの娯楽に成り下がった」
男が指し示した画面には、街中を漂う「淀み」のグラフが映し出されていた。
「人々はもう、魔王を恐れない。代わりに彼らが恐れるのは『老後』であり、『解雇』であり、『ネットの炎上』だ。貴方の魔法が消えたのは、この世界の住人が貴方を『非科学的だ』と切り捨て、存在を定義したからだよ」
「定義……だと?」
「そう、貴方の力はこの世界の『常識』という名の結界に封殺された。だが、我ら『日食』は違う。その常識が生み出したゴミ——負の感情を、この聖剣の欠片で再処理し、新たな『現代魔術』として確立したのだ!」
男がスイッチを押すと、サーバーから黒い電流が走り、聖剣の欠片が狂ったように脈動を始めた。
迷宮全体が激しく揺れ、コンクリートの壁が剥がれ落ちる。
「アイゼン! くるぞ!」
「はっ……! しかし魔王様、『常識』が敵だとしたら、我らに勝ち目は……!」
「笑わせるな」
俺は、懐から一枚のカードを取り出した。
それは、これまでポイ活でコツコツと貯め、先日の報酬でさらにランクを上げた『dカード・ゴールド』だ。
「この世界の住人が、我を『非科学的』と笑うなら、我はこの世界の『システム』そのものになってやるまでだ」
俺は聖剣の欠片に向かって、dカードを突きつけた。
「アイゼン、あの装置の冷却ファンにダイソーの『瞬間接着剤』を流し込め! 物理的な故障に、常識もクソもあるか!」
「御意ィィ!!」
アイゼンが超人的な跳躍で装置へ肉薄し、接着剤とガムテープで吸気口を完全に封鎖する。
過熱するサーバー。エラー音が響き渡る中、俺は聖剣の欠片を素手で掴み取った。
「ぐっ……あああああッ!」
呪いの奔流が腕を焼く。だが、俺の脳内にはこの数ヶ月で叩き込んだ「現代の知識」が渦巻いていた。
税金の仕組み、ポイントの還元率、コンビニの接客マニュアル、そして何より——誰かの役に立った時の、あの「肉じゃが」の温もり。
「この街は、貴様らの実験場ではない。我の……我の大事な『顧客』たちの住処だ!」
パリン、と。
俺の心の中で、何かが割れる音がした。
それは魔力を封じていた「現代の常識」という名の殻が、俺自身の「現代への適応」によって上書きされた瞬間だった。
一瞬だけ、俺の指先に漆黒の炎が灯る。
それはかつての破壊の炎ではない。現代の淀みを焼き、白紙に戻すための『浄化の残り火』。
「爆ぜろ(デリート)、ノイズ共め!」
ドォォォォン!!
爆発と共に、地下迷宮が光に包まれる。
白衣の男の悲鳴が闇に消え、俺たちの意識は白濁した。
翌朝。
朝日が差し込む無人駅のホームで、俺とアイゼンはベンチに座っていた。
手元には、機能を失い、ただの鉄の破片に戻った二本の聖剣の欠片。
「……魔王様。魔法、一瞬だけ戻りましたな」
「ああ。だが、また消えた。どうやらこの世界で本気を出すには、まだまだ『実績』が足りないらしい」
俺はスマホを開いた。
SNSのアカウントには、数件の新しいメッセージが届いている。
『猫を探してください』
『引っ越しを手伝ってほしい』
『話し相手になって』
「アイゼン。事務所に戻るぞ。今日は忙しくなりそうだ」
「はっ! 朝食は松屋の朝定食でよろしいでしょうか?」
魔王ザルヴァスの現代征服。
その道のりは遠いが、まずは今日、目の前の依頼を片付けることから始めるとしよう。




