4. 島での秘密は
ほどなく、僕たちの症状はもう現れなくなった。
担当医の言うことは、正しかったのだ。
いや、正しいかそうでないかなど、もうどうでもいいくらいに、僕たちは気がつけば、火を焚くことに夢中になっていた。
焚けば焚くほど、炎が生き物なのだと言うことが分かる。
薪の選び方、並べ方で、火はその薫りを変える。匂いは強烈だが、どこか心安らぐ香ばしさがある。
火を、自分の手で育てていくのも楽しい。
自分の太ももくらい太い薪が、少しずつ炎に食われて燃え落ちていく。
小動物や虫が餌を食むように、火は木の中に住み着き、少しずつ育っていっているのだ。
灰だらけの黒い薪の中でも、火はちゃんと息づいている。空気を送ってやると、元気に燃え盛る。
落ち葉をふすべると、嬉しそうに煙を吐く。水気のある小枝を弾いてパチパチ音を立てるときは、自分が育てた火が確かに生きているのだと実感できる。
有史以来、人類が火を手放さなかったことには、やはり理由があるのだ。
「焚き火で食べるのが、毎日、恋しくなるね」
君もすっかり乗り気だった。僕たちはもう、色んなものを試していた。
肉だけでなく脂たっぷりの鮭や鰹のハラスは、あらかじめニンニクだれに漬け込んだ鶏皮だけの付け焼きなどは、焼く時に立ち上る匂いだけでたまらない。
鉄板を使えるようになってからは、選択肢が広がった。リブステーキを焼いたり、鶏ガラスープで出汁をとったソース焼きそばなども、作ったりした。
もう毎回の焚き火で何を作るかや必要な材料や調理器具をどうやって調達しようかとあれこれ話し合うのは、僕たちの日課になっていた。
仲間たちが増えていくのも、良かった。グループ内でお馴染みさんが出来ることで示しあわせて焚き火キャンプに出かけ、作ったものを分け合うのだ。
楽しい日々が続いた。神経症を患ったことも忘れ、僕たちの不足のない日々は再び輝きだしたのだった。
しかし、それも長くは続かなかった。
破綻がやってきたのはそのすぐ後のことだ。担当医が山火事を出して、逮捕されたのだ。あれほど火の不始末のことを僕たちに注意しておきながら、火との付き合い方を誤ったのだ。
火は僕たちの都合で消えてはくれない。酸素を遮断する消火バケツで、炭火を窒息させようとしても、火は炭の中でじっと息を潜めていられるのだ。
担当医が捕まったことで、グループは荒れた。責任の押し付けあいが起こり、衝突が絶えなくなった。ある日、火の不始末を厳しく注意されたメンバーが腹いせに放火し、ついに秘密のグループは崩壊したのだった。
「もうどうしたらいいか分からないね」
君は悲しそうに言った。でも、僕がやるべきことは、決まっていた。
これからはひっそり自宅で、限られた人間だけで火を楽しむのだ。
僕たちは慎重に自宅を改造した。煙を処理する排気口を工夫したり、地震災害のためと称して、防火材を手に入れてきたのだった。
今では、焚き火は自宅に籠って静かにやる。床には防火用マットを敷き、自作した焚き火台に薪を据えて焚く。じんわり炎が燃え広がっていく瞬間を独り占めだ。誰にも邪魔されたくない。だから、よその誰にも話さない。そもそも、それが本当の秘密と言うものではないか。
しかし、ひとつ困ったことがある。
焚き火で焼くと、その感動を分かち合いたくなるのだ。それもこの島の誰かと。その人は必ず、火に飢えているだろうから。僕がこの島を出て、自由に焚き火を楽しめる世界に戻らないのは、そのためだ。
楽しい秘密は、共有した方が、秘密としての意味がある。だがそれをやれば、いつかは退去処分になるだろうことは分かっている。
どんなに用心していても、僕たちの担当医が不始末を仕出かしたことを、僕たちは忘れていない。いつまでも秘密でいられる秘密は、存在しないのだ。
ただ、僕は秘密を暴かれることを恐れたくない。だって人と言うのは、あえて危険と向き合うからこそ、心の平安を保てる生き物なのだ。