エピソード25
母さんの車で、市街の中心の方にある大きな病院へと俺達は向かった。場所と名前は知っていたが、実際に訪ねるのは初めてのことだった。駐車場が段違いに広く、俺がかかったことのある病院とは規模も設備も比べものにならなかった。
1階の受付で母さんが何やらの手続きを取っている間、俺はひたすら凜奈にどんなことを言えば良いかを考えていた。まず謝るべきだろうか、それとも何もなかったみたいに接するべきだろうか、凜奈の反応を待つべきだろうか。
玄関ホールの正面に受付、向かって右の方面はグリーンのソファと上方にテレビ台が設置されたちょっとした共有スペースになっていた。病院服を着た何人かの人々がソファに腰かけながらテレビを眺めている。流れているのは何かのドキュメンタリだろうか。受付の向かって左方面は緩やかなカーブを描いた廊下に繋がっている。曲がっているので先は見えない。
随分と長い間待たされていた俺は、母さんがようやく受付を離れたとき思わず尋ねてしまった。
「時間かかってたけど、何やっての」
母さんは俺と目を合わさず、先に歩き出しながら言った。向かうのは左のカーブしている廊下の方だ。
「今のとこ凛ちゃんの家族にだけ面会許可が降りてるの。だから私達が凛ちゃんに会うのはちょっとした特例なのよ」
母さんは、廊下の途中にあったエレベーターで4階のボタンを押しつつ乗り込んだ。後に続く俺は予想だにしなかったセリフに少々面食らっていた。
「面会許可降りたって、家で言ったじゃん」
「恵からそう聞かされてたの」
それっきり黙ってしまった。仕方ないので、俺も口を閉じる。4階に着くと、廊下の両側に似たようなスライド扉が延々と続いていた。母さんの後に付いて歩くと、彼女は一つの部屋の前で止まった。
「ここね」
部屋番号を確認するとノックをする。「どうぞ」と、恵さんの応える声。てっきりすぐに入るのだろうと思ってたのだが、母さんはなかなか動かなかった。
「入らないの?」
尋ねると、唐突に母さんは横目で俺を見据えてきた。それは、昔叱られた時に何度も体験したあの鋭い眼光であった。
「あんた、これから何があってもしゃんとしてなよ。凛ちゃんの為を想うならね」
「は?」
言うが早いか、母さんは部屋の扉をスライドした。中は思ったより広く、ベッドが複数並んでいたが、使われているのは一つだけだった。一番窓際のベッド脇に恵さんが椅子に腰かけており、そのベッドには、病院服に身を包んだ凜奈が半身を起こした状態できょとんとしながらこちらを見つめていた。事故以来の再会であり、俺は思わず身を硬くした。何からしゃべればいい?
扉付近で固まっている俺を置いて母さんが先に恵さんの元へ行き、彼女の耳元で何やら二三しゃべった。恵さんは一つ頷くと椅子から立ちがり、まだ入り口付近で固まっている俺に向かって言った。
「ゆうちゃん、ここ使う?」
ふるふると首を振る。とてもじゃないが椅子に座りながら語らえるほど落ち着いてはいられなかった。俺は凜奈が横になっているベッドへ大股で歩み寄ると、彼女が何か言う前に頭を下げてしまった。心臓の鼓動が早鐘のように聞こえる。
「凜奈、ごめん! あの時、俺が保健室で変な意地を張らずに、ちゃんと送っていっていれば……! 許して貰えないと思うけど、それでも……!!」
「優太朗!!」
突然、母さんから怒鳴られる。驚いて顔を上げ、俺達から数歩下がった位置で見守る二人を振り返る。俺の母さんは厳しい目で、恵さんは哀しそうな目でこちらを見つめていた。何が何だか分からなくて、そのまま視線を凜奈に移すと、ベッドの上で凜奈は困惑したような表情を浮かべていた。
しかも、凜奈の様子はまるで身に覚えがない冤罪を押し付けられたかのように不安そうで、ともすれば泣き出してしまうのではないかと思えるほどだった。いつも活発で、おまけに微妙に厚かましい凜奈の欠片もない姿である。その様子に、俺も少し不安になった。
「凜奈……?」
疑問に思って呼ぶも、彼女はベッドの上でじりっと後ろにすさるだけだった。それからすがるように恵さんに視線を移す。恵さんは、凜奈の視線を受け「大丈夫よ」と小さく微笑んだ。まるで幼子をあやすみたいに。
「あの……」
凜奈が、初めて声を発した。それはとても彼女らしからぬか細い声で、俺の全く知らない凜奈の声だった。
背筋に嫌な予感を帯びた汗が垂れる。
「あなた、誰ですか?」




