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エピソード21

 結局あの日、俺は病院を訪ねることができなかった。いったいどの面下げて凜奈を見舞いにいけると言うのだろうか。自室で塞ぎ込み、俺はそればかり考え込んでいた。

 夜遅く、母さんが帰ってくる気配がし、その足音は階段を上り俺の部屋の前までたどり着いたものの、ドアは開けられることはなかった。また怒鳴られるだろうと予測していた俺にとっては、その無言の訴えの方がよほどこたえた。


 次の日、よく晴れた夏の朝日の中。登校すると、朝から教室の中がざわめき立っていた。

「どうしたんだ?」

 机に通学鞄を置いてくがやまの元に行き尋ねてみると、奴は肩を竦めてみせた。

「さあ。なんだか朝から臨時の職員会議が開かれてるらしいよ。特に、俺ら3組と1組の担任は忙しそうだったな」

 さっと保健室の凜奈りんなの姿が脳裏をよぎる。十中八九、凜奈に関連したことだろう。

「どうってことないよ。みんな、今日から特別日課だったから夏休み気分で浮かれてるだけよ」

明香さやかもやってきて、平坦な口調で言う。それを聞くと、陸山は面白がるような視線を投げた。

「まるで自分は浮かれてないみたいな言いぐさだな!」

陸山が茶化すと、明香はむきになって言い返した。

「そうだけど、それがなにか」

「べつにー。六浦むつうらは流石の真面目ちゃんですなって話だよ」

そういわれると、明香はますますむきになり、若干顔を赤らめて言った。

「そういうわけじゃないわよ。そりゃ、私だって夏休みに楽しみにしてることの一つや二つぐらいあるっての」

そんな二人のやりとりを、俺はまるで遠くの出来事のように感じていた。

茫然と教室の風景を眺める。


なにが正しくて、俺は何をすべきなんだろう。


ここ最近、まるで指針を失ってしまった海上の航海船みたいに、ひどく不安な気持ちになることがあった。このまま凜奈が目覚めなかったとしたら、俺は一体どうすればよいのだろう。しかし目覚めたとして、俺はどうすればよいのだろう。


「今日も放課後、どっか行かない?」

明香のそんな声で我に返ったとき、陸山が大げさなため息をついてしゃべっていた。

「今日はパスかな。塾がある」

「優太朗くんは?」

唐突に水を向けられ、少々不意を突かれる。正直、遊びに行きたいような気分でもなかったが、俺が何か言うより先に陸山が勝手に答えていた。

「優太朗はどうせ何もないだろう。行ってこいよ!」

ばん! と背中を叩かれる。

「いてえ。どうして陸山が答えるんだよ」

「だって事実だろ。それに付き合ってるんだったら、何回二人で出かけたって別に自然なことだろう」

さらりと言ってのける陸山に、何故か腹が立った。

「それは俺と明香で決めることで、おまえが出る幕じゃないだろ」

すると、陸山はむっと眉を釣り上げた。

「言い方に棘があるな、優太朗。何をそんなに怒ってるんだ」

「怒ってなんかないさ」

「いいや、怒ってる。相変わらずわかりやすい奴だ」

へらへらと笑う陸山に、さらに腹が立った。

「そうやっていつも人の腹底を見透かしたような気でいるけどな、それがいつも当たってるわけないぞ」

すると、陸山は笑いを止め真顔になった。

「どういう意味だ」

「そりゃ、お前の自家撞着を鑑みればすぐ分かるさ。以前、俺にこう言ったよな。男女間での友情は……」

「!!」

その瞬間、片側の肩に強い衝撃が伝わってきた。陸山の片手が、俺の片方の肩を強く握ってきたのだ。まるでその先を言わせまいとするかのように。

「おまえ……」

すると、見かねた明香が間に割って入ってきて、困ったように制止した。

「はいはい、やめ。もう、何やってるの。優太朗くんの言い方もちょっと悪かったし、陸山くんもすぐに怒りすぎ。何なのいったい」

陸山の手が俺の肩から離れる。明香の制止を受け、改めて俺はとんでもないことを口にしようとしていたことに気が付いた。

「すまん、陸山」

陸山は、いつも通りすました顔で鼻を鳴らした。

「ったく。謝るくらいなら最初からするなってーの。それに、これぐらいで謝るなんて逆に水臭いって言っただろ」

そう言われたものの、陸山の探るような視線はその後も俺の方へ注がれ続けていた。


やがて、すべての雑音を掻き消すかのように予鈴が鳴り、俺たちはそれぞれの席へ着かされた。教室の外ではミンミンゼミが夏の盛りを示すかのように力いっぱい鳴いていた。

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