裏エピソード18 続々
「七瀬の奴! いくら何でも薄情過ぎやしないか」
その場に残された3組の担任の先生が憤りの声をあげた。でも、優太朗に私を送る義務があったわけじゃない。だから断られても不思議じゃなかった。けれどやっぱり、今の優太朗が私をどう思っているのかをあの事件以来始めてまともに会話した今になって突きつけられ、受けたショックは大きかった。
「どうしましょう。もうホームルームは終わって皆下校してるでしょうしねえ。他の人に頼むのは……」
「やはり、八武崎は八武崎さんに送ってもらうのが一番でしょうか」
保健の先生と私の担任の先生の言葉。私は一人水の底に沈んだみたいに、その会話を遠く聞いていた。『一人で帰れるだろう』そう言った優太朗の目は、今までみたこともないぐらい冷たいものだった。今まで優太朗に不満をぶつけられたことは幾度もあったけど、あそこまで明確な敵意をぶつけられたのは初めてだった。
考えていると、私は本当に一人で帰らなければならないような気がしてきた。優太朗の言葉に従うことが、私が彼にできる唯一のこと……
「私、一人で帰れます」
声をあげると、3人の先生が一斉に私を見た。保健の先生が取り成すように言う。
「八武崎さん、それは……」
私は首を振ってみせた。
「一人で帰りたいんです。お願いです」
「八武崎、それなら先生達が車で送ってやってもいいんだぞ。車で送るくらい迷惑でもないし」
私はまた首を振ってみせた。
「大丈夫です。一人にして下さい」
そう言ってしまうと、3人の大人達は黙ってしまった。それから、私の担任の先生が仕方ないとでも言うようにため息をついた。
「仕方ありません。もう充分休養も取ったし、大丈夫でしょう。何より、帰宅ぐらい本人の意思を尊重しましょう」
「しかし……」
まだ何か言いたそうな保健の先生に、私は「もう大丈夫です」と言ってベッドから降りてみせた。確かに、もうふらふらしないし、頭も痛くない。こうして、私はようやく保健室から抜け出し下校することを許された。
教室に戻ると、もう誰も中にいなかった。私の荷物だけがポツンと残され、太陽光に照らされて温められている。きっとみんな、すぐに下校してしまったのだろう。私は、がらんとした教室で一人鞄に教科書やその他の荷物を詰め込んでいた。
すると、ほぼ生徒がいなくなったはずの廊下で足音が聞こえた。ばっと振り返ると、1組の教室の入り口に人が立っていた。
「これから帰るの」
「うん」
すると、彼は微笑んで言った。
「一緒に帰ろうか?」
私も小さく笑って首を振った。
「大丈夫。それより何でまだ?」
「もちろん、君が心配だったからだよ」
そう言って、遼くんは静かにこちらへ歩いてきた。
「本当は、塾の時間まで中途半端に時間が空いちゃったから教室に残ってたんだ」
肩を竦め、遼くんは私の傍らで立ち止まった。
「君が倒れたと聞いた時は随分と心配したよ」
「2組はもう皆帰った?」
「うん。いるのは僕だけ。僕はもう少し教室で勉強して時間を潰すつもりさ」
こうやって会話をしていると、今年の冬から春にかけて二人で付き合っていた頃を思い出す。あの頃は、まだこんな風に全てが壊れるなんて思ってもみなかった。でも、代わりに優太朗はあの頃が最も苦しかった時期なのだろう。今の私みたいに。
「じゃあ、遼くん。私はもう行くね」
鞄に荷物を積み終えた私は、遼くんに「じゃあね」と告げる。遼くんも同じように笑って返してくれた。
「凜奈ちゃん」
去ろうとした私に、遼くんが声をかける。
「うん?」
「僕は本気で君が好きだったよ。それだけは誤解しないで欲しいんだ」
すると、今度は私が笑ってしまう番だった。
「うん、知ってる」
今度こそ、「じゃあね」と告げて教室を後にする。
階段を降り昇降口で靴を履き替えて外に出ると、夏のきつい日差しが私を照り付けた。




