裏エピソード18 続
目を覚ますと、両脇の下とおでこに冷たいタオルが置かれていた。ベッドから半身を起こすと、それらがぽろっと落ちる。辺りを見回すと、どうやら保健室に運ばれたらしい。頭の片隅がまだ鈍く痛んだ。ベッドの傍らに座っていた保健室の先生が急いで私にコップを差し出す。30代前半の女の先生だ。そういえば、ひどく喉がからからだった。
受け取って飲んでみると、なんだかぬるくてしょっぱかった。
コップを途中で置こうとすると、保健の先生が真面目な顔でそれをとどめた。
「全て飲みなさい」
気が付いてみると、首筋や腿の付け根の辺りにも濡れタオルが置かれていてそれらが何だか生温かくて気持ち悪かった。あちこち体がだるくてすぐにまた眠ってしまいたい気持ちだったがそれを抑え、コップの水を喉に通してしまう。それを見て、保健の先生は小さく安堵したように笑った。
「意識が戻ってよかったわ」
私は……たしかテストを受けてて、それから……考えようとすると、頭の片隅がまた痛んだ。ベッドの傍らにある丸椅子にかけながら、先生は言った。
「授業のことは何も気にしなくていいわよ。それより、まだお水飲みたい?」
私はこっくりと頷いた。
「できれば、普通の冷たい水が飲みたい」
すると、先生は小さく笑って席を立った。張り付いていた濡れタオルを全部剥がし脇のサイドテーブルに置く。スカートは濡れタオルを置く為に捲られてたし、ポロシャツの首元のボタンは勝手に開けられていたし、担任の男の先生が来るかもしれないから、それらを正しておきたかった。
やがて、保健室の先生が一人ペットボトル片手に戻ってきた。蓋を捻って渡されたそれを、私は一気に飲んだ。さっきの食塩水なんかよりよっぽどこっちの方が必要だ。
「授業は中止になったみたいよ。よかったわね」
そうか、多分私が倒れたせいだろう。皆には迷惑をかけたことになる。
「まだ寝てていいわ。その方が楽でしょう」
頷いて、ペットボトルを置き私はまた横になった。先生はサイドテーブルに置かれたタオルに目をとめ、それを持ってまたどこかへ行ってしまった。
ついに、体調まで崩してしまった。どうにも上手く行かない。最近は、何もかも全てが嫌な方へことが運ばれているような気がしてきた。やがて、保健の先生が担任の先生と一緒に戻って来て色々と自分の体について根掘り葉掘り訊かれることになった。
水分補給を怠ったり、夜眠らなかったことを話すと、担任の先生は顔をしかめた。
「八武崎、テスト中でも水を飲みに行っていいからな」
念を押すようにそう言われたが、トイレならまだしも、水を飲みに行くのにテストを抜けると言う発想はなかった。私が首を傾げると、「これからは、な」と先生が付け加えた。
それから一通り話をしたが、何より私がまだ横になりたかったので、担任の先生のお話はお開きにさせてもらった。保健の先生はずっと部屋に付いていてくれるらしいので、私は安心して横になることができた。
「両親は、お仕事中?」
保健室のデスクに向かって何か書いている先生に、私は横になったまま答える。
「お母さんが、多分家にいると思います」
そこで、ふと気が付く。もしかして、私を迎えに来てもらうと言う話だろうか。その不安は的中し、案の定先生はこう続けた。
「じゃあ、帰る時は親御さんに電話をかけて迎えに来てもらいましょう。」
それに私は即座に同意することができなかった。お母さんは最近の私について何か勘ぐっている節がある。もし学校で倒れたなんて聞いたら、今度こそ根掘り葉掘り訊かれるに違いない。それは優太朗のお母さんまで伝わって、優太朗にも伝わるだろう。私は一連の出来事を隠し通せる自信がなかったし、お母さん達にはあまり話したくなかった。
「もう少し横になれば大丈夫です」
すると、先生が椅子をくるりと回転させこちらを厳しい目で見つめてきた。
「駄目よ。あなたは倒れたのよ? またこの暑い中一人で下校して倒れたらどうするのよ」
「ここでもう少し休めば大丈夫ですよ」
お母さんが私が倒れたことを知れば、絶対に最近の私の様子について色々勘付くに違いない。それは決まりが悪いし嫌なことだった。デリケートな話だし、人にあまり話したくはなかった。
先生は、少し呆れたようにため息をついた。
「そんなに送ってもらうのが嫌なの」
「はい」
すると、先生は椅子から立ち上がってこう言った。
「分かったわ。じゃあ、一人じゃなければ構わないわ。担任の先生にも相談してくる。それでいい?」
私は横になったまま頷いてみせた。人が一緒なら構わないと言うことだろう。それなら、問題ない。
保健の先生がまた行ってしまうと、私は一人でため息をついた。薄いタオルケットを胸元まで引き上げ、窓の外を眺めてみる。夏の盛りだと言うのに、校庭の青々とした木々の葉の一枚が、ひらひらと踊るように地面に落ちていくのが目に入った。




