裏エピソード18
その日は朝から暑かった。寝不足の目をこすって、1時間目の理科、2時間目の国語、3時間目の社会を受けて、時は4時間目の英語の時間だった。相変わらず私は夜に上手く眠れないし、また昨晩はどうせ眠れないならと勉強に費やしていた。でも、やった内容がとんと出てこない。教室の中はサウナのように暑くて、私は前の休み時間に水を飲みにいかなかったことを後悔した。机でずっとぐだっとしたまま突っ伏していて、少しでも寝不足を解消しようとしていたのだけど。
英語のテストが開始してから数分で集中力は切れた。頭の中がぼんやりしていて考えることができない。目の前の文字が何を言っているか解読しようとすると、頭の後ろが鈍く痛んでその思考を妨げた。今は何時何分だろう。あと何分で終わるのだろう。
このテストが終われば、給食と昼休みが待っている。多少体力も回復するのだろうけど。
私は自分の席から窓の外を眺めた。窓際から二列目の席だったので、私と窓の間には一列分他の人の席がある。教卓にいる先生が見咎めたらカンニングを怪しむかもしれない。だけど、机の上に置かれた紙ばかり眺めていても息苦しいだけで、我慢できなかった。校庭の木々からは蝉の声がわんわんと鳴り響き、葉っぱは青々と輝いている。その葉は、今日は風で揺れることはない。どのクラスどの学年も期末テストなので、勿論外で体育をやっている姿は見えない。青空の縁には入道雲が浮かんでいる。その更に下、がらんとした校庭は、太陽の光を受けて熱々に温められていた。
視線を紙の上に戻す。ダメ、集中できない。頭は痛いし、喉はからから。多分、テスト用紙は半分も埋まっていなかったと思うけど、もうそれもどうでもよくなってきた。早くこの時間を乗り切りたい。酸素が足りないみたいに、少し呼吸も苦しかった。
こて、と頭を机に載せる。目を閉じると、色々なことが思い浮かんできた。こんな真夏日に、優太朗と山にカブトムシを取りに行ったことがあった。あいつは男の子のくせに虫が苦手で、私が蝉を突きつけてやるといつも泣いて逃げ回った。結局、近くの山場じゃカブトムシどころかカナブンも取れなかったけど。その時、優太朗はこう言ったのだ「だから言ったじゃん、カブトムシなんか取れないよって」小学1年生くらいの話だ。虫だらけの山に登るのが嫌で半泣きで言ったセリフだったくせに、後からもう一度、今度は偉そうに言ったのだ。だから、私は優太朗の背中に蝉をひっかけて仕返した。すると、走り回りながら「とって!」と大泣きするのだから、私の方がそのリアクションの大きさにびっくりしてしまった。結局蝉は、優太朗が走り回った際にひとりでに飛んでいった。
懐かしいな。私はまたそういう風にして遊びたかっただけなのに、どうしてこうなっちゃったんだろう。今ではそんな思い出は、生まれる前よりもっと前の、ひどく遠い自分には関係ない出来事のように思える。
そのとき誰かが私の頭を軽く小突いたけど、もうどうでもよかった。流れる汗が、髪の生え際からこめかみ、頬を伝って机やテスト用紙に落ちる。頭がぼーっとする。息苦しいのも相変わらずだったから、意識を戻すのも億劫だった。呼吸をするのに暑い空気を何度も何度も吸い込まなければ窒息しそうで、胸の辺りが苦しい。いつの間にか、テストの紙が頬にぴったり張り付いている。頭は机の上に乗せていて動いてるわけないのに、くらくらと揺れるような感覚があった。目を閉じていても、その酩酊感のようなものに襲われた。
誰かがもう一度やってきて、今度は強く私を揺さぶった。
「八武崎、聞こえるか!」
頭が痛い。闇の視界はぐるぐると回り続ける。
「おい、八武崎!!」
誰かが私の肩に強く手をかけた。が、もはや私は頭を起こすことすらできず、暗闇の中で揺れる視界に意識が飲み込まれかけていた。もう一度誰かが強く揺さぶったとき、その反動で私の体は椅子から転げ落ち、全身が教室の硬い床に打ち付けられた……ような気がする。それからあとのことは、覚えていない。




