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エピソード18

 蒸すような教室の中で行われたテストは、まさに苦行に近かった。このテストは1学期の成績の大半を決定する分水嶺であり、ここで失敗すれば高校受験の時の内申点にも響く。しかし、この真夏日においても田舎の公立中学であるうちにクーラーは存在せず、開け放った窓からは蝉の大合唱が入って来るのみで、脇に寄せられたカーテンはぴくりともなびかない。無風なのだ。

 教室の中は、クラスメートがたてるかりかりとした鉛筆の音と、時折ページをめくる音のみで満たされていた。窓際のこの席では日光が直接当たり、首筋が熱く、頭がぼーっとして思考を放棄したくなる。その理性と本能の戦いも交えて、俺は目の前のテストペーパーを埋めていた。次の問題へ移る。


『コイルが図Aのように設置されていたとき、周辺に生じる磁界の向きは……』


 汗ばんだ左手で、親指を上に向けたチョキのような形を作ってみる。確か電気の向き・磁力の方向・力の作用方向を指したフレミングの法則だった。が、どれが電流の方向で、どれが磁界の向きなのかすっかり忘れてしまった。親指が電気だったか?いや、中指から親指に向けて電・磁・力を当てはめるんだっけ?


 うだるような暑さもあいまっていまいち思考がまとまらない。これを勉強した時は確か、母さんが俺の部屋に来たんだった。後で文句を言ってやろうか。あの時、凜奈がどうとか母さんが言い出すから……


 ぐだぐだした思考は、とりとめもなくあちらこちらへ流れていく。時間はあと10分。これが最後の問題だ。もう思い出せないし飛ばしてもいいんじゃないか。あのあと、凜奈のことを考えてしまって結局勉強は捗らなかった。あいつも今、テストを受けているのだろうか。英単語を必死に思い出そうと頑張っているかもしれない。あるいは俺のように数学の公式を思い出そうとして諦めているのかもしれない。あるいは……

 やめだ、ばかばかしい。最後の問題を捨て、俺はぼんやりと時計を眺めていた。残り時間は5分。教卓の前では理科の先生が椅子に座って本を読んでいる。「存在と時間」タイトルが見えたが、何だか難しそうな題名だった。


 と、その時


 教室の外から何やらざわざわとした波紋のような音が聞こえてきた。俺は肩肘をついていた姿勢を正し、耳を澄ませてみた。音は次第に広がり、まだ休み時間でもないのに会話が聞こえて来た。廊下の外へ駆けて行く気配。どうやら隣の隣か、そのまた隣辺りの教室で何かあったらしい。波紋のように聞こえてきたのは、その教室の生徒達の声だった。テストに向かっていたクラスメート達も何事かと顔を見合わせ始めた。


「はい、あと2分でテストが終わりますから。最後の見直しをして下さい」

 教室の前の方に座っていた理科の先生が、クラスの雰囲気を感じ取って釘を刺した。確かに、どうせあと数分で終わるのだ。考えることもない。最後の、磁界の向きを答える問題とその解答欄の空白に目を落とす。どうせ分からないのだから、最後にテキトーな答えを残しておくか。そう考え直して鉛筆を取ったとき、先生がテスト終了の声をあげた。


 結局、最後の問題は空白のまま提出した。

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