裏エピソード14
夕方、家路についているときでさえ汗が滲んだ。そんなに早いペースで歩いてたわけじゃないのに。日差しは西の方からさんさんと降り注ぎ、この分では明日も青天なのだろう。
ぼんやりと行く末を見ながら、時々私は今自分が何をしているのか忘れそうになる。
優太朗が、新しく彼女を作ったと言うのは私の耳にも届いていた。同じクラスの六浦明香さんだと言う。彼女とは同じクラスになったことがないので直接話したことはないけど、見る限り真面目で、ちょっと大人しそうなイメージだった。
あの優太朗が、女の子と付き合うなんて。何の障壁もなく話せていた頃なら、きっとそう言って笑ったと思う。それから、どうせ頼りなくて振られるよ、とからかったかもしれない……
本当にそうかな?
一人下校の道を行きならがら、自分で自分についた嘘に悲しくなる。からかう余裕なんてなくて、六浦さんに真剣に嫉妬したかもしれない。今の私のように。あの夜から、私と優太朗の距離はかつてないほどに空いていて、横たわるその溝はもう埋めようがないのかもしれない。その上で、更に私は優太朗が遠くに行ってしまったような気がした。
一緒に帰って、公園で遊んで、泥だらけになって。浜の方で砂遊びもした。中学生になってからも、優太朗の部屋でくつろいだり、一緒に買い物に行ったり。そういうことを優太朗とやってきたのは私だけだったのに。
りょう君にも申し訳ないことをしたし、そのせいで優太朗まで傷ついたのだから、私は悪かったのだと思う。だから今の私は、確かにもう顔を合わせる資格なんてないんだ。
そんな風なことを考えていたから、家に帰ってからお母さんに声をかけられたとき、私は咄嗟に声が出なかった。
「ねえ、凜奈。今年はゆうちゃんたちとどこに行きたい?」
家に辿り着いて、リビングに入ったときにそんな風なことを言われたのだ。私と優太朗の家族は、正確には私達とそのお母さんは、毎年夏休みにどこかに旅行しに行く習慣があった。私のお母さんと優太朗のお母さんは仲良しで、その関係で私と優太朗も旅行に連れ回されていたのだ。これはもう毎年欠かさない行事となっていた。
「去年は秋美の言うことを尊重して京都にしたけどさ、あんた達はつまらなかったんじゃない?」
秋美と言うのは優太朗のお母さんの名前だ。七瀬秋美。切れ長の目に違わず鋭い人で、どこか抜けている私のお母さんとは対照的な人だ。ちなみに、去年旅行に行ったのは京都で一昨年は東京、その前は北海道、そのまた前の年は……長野県だったような気がする。
喉から声を絞り出すようにして、私は答えた。
「今年はさ、私も優太朗も受験じゃん。二人だけで行っときなよ」
「あらまあ、殊勝なこと。毎年毎年、一番行きたがってたのは凜奈だったのに。しかも勉強のためぇ? 怪しいわね」
リビングのソファに腰かけながら雑誌に目を落としていたお母さんは、顔を上げてこちらにいたずらっぽい視線を投げてきた。鞄を持ったまま、私はその視線から逃げるように目を逸らした。
「べつに。それにわたし達ももう子供じゃないんだからさ。お母さん達が勝手に盛り上がった旅行に連れ来られても迷惑だよ。多分、優太朗も」
「あんた、ちょっとそれひどい言い草ね……」
傷ついたように言うお母さんを無視し、私はリビングを通過してしまう。リビングから繋がっている階段に足をかけたとき、追い討ちのように私の背中にお母さんの声がかかった。
「今年も行くんだからね。そのつもりで居なさいよ」
黙殺して、階段を上ってしまう。上ったすぐ左側に、私の部屋の扉がある。ノブをひねって中に入る。
鞄を投げ出して、制服のままベッドに飛び込んでしまう。うつ伏せの状態で枕に顔をうずめる。優太朗の家でこれをやると、枕から優太朗の匂いがしたものだった。そのたびに優太朗はどこか罰が悪いような、気恥ずかしげな態度を取っていたけれど。
6月中旬に起きたあの出来事から、約半月が経っていた。けれど、何も変わってない。りょう君はあれを謝ってくれたけれど、だからと言って何かが変わるわけでもないし、また私の悪かった部分が購われるわけでもない。
「今年も、行きたいな」
誰にも聞こえないように、そう呟いてみた。




