エピソード15
商店街を歩いているとき、明香はずっと騒がしかった。駅前に林立する多くの遊行施設は数年前にようやく開設されたばかりのものがおおく、いくぶん人の活気が増えている。駅を南下する屋根付きの商店街には買い物帰りの婦人客や、近隣の中高校生などがよく集まる。
「優太朗くん、これ何かな?」
道端に商品を陳列しているお店から、明香は何やら猫の置物らしきものを手に持って俺の方へ向けて来た。額に妙に大きな小判を付けた招き猫。
「なにって、招き猫だろ」
「でも、ここがボタンになってるよ?」
言って、明香は招き猫が上げている片足の頭頂部分を押した。かちり、と確かにそんな音がした。しかし何かが起きる気配はない。
小さく、ため息をつく。
「買うつもりもないのにいじったら迷惑だろ。戻しておこう」
「はーい……」
幾分残念そうな色を含み、明香は猫の置物を置いて行った。店員は奥のカウンターの方にいるらしく、こちらのやりとりが聞こえた風ではない。去り際、店の看板に目をやると、安田時計店との文字が飛び込んできた。とするとあれは目覚まし時計の類だったのだろうか、しかし肝心の時計部分が見当たらなかったが。
「陸山も来ればよかったのにな」
横に並んだ明香にそう言うと、「ね!」と大きな笑みと共に返された。学校にいる時とは比べものにならないテンションの高さだ。付き合うとか、好き合うとか、今いちよくわからないけれどきっと明香は今が楽しいのだろう。
「ねえ、浜の方に行ってみない?」
「浜? どうして?」
唐突になされた質問に少し驚いて答えると、明香はにかっと笑ってみせた。
「夏の夕日が静かに見れるじゃん! 黄昏てみようよ!」
「案外ロマンチストなんだな」
そういうと、明香はばかにされたみたいにむっと顔を赤くした。
商店街から浜へは、来た道を少し戻らねばならない。学校から駅へはおおよそ南西の方角に下るわけだが、浜に行くには商店街から東に戻る必要がある。浜は何キロメートルも連なる大きなものではないのだ。岩場に唐突に開けた砂漠のように、ひっそりと佇んでいる。
昔、浜の近隣に住む人達は海風が飛ばす砂に困っていたらしい。だから、浜の近隣だけ防砂林が立っている。丁度浜を覆い隠すように。浜という語は普通、海岸線沿いの臨海部とその遊歩道を差すが、俺らの地区ではその特別な「砂浜」部分を特に浜と言う風習がある。聞けば、母さんが子供の頃も「浜」と言えばここの砂浜部分を指していたらしい。
防砂林を抜けて遊歩道に立ったとき、確かに太陽は海の彼方に沈もうとしているところだった。水面が光を反射して、まるで海自体が光っているようだった。
「きれいだね」
ぽつりと明香がこぼした。確かに、彼女の言う通り見に来る価値はあったのかもしれない。勿論、夕暮にこの浜に立ち寄ったことも生まれて初めてではなかろうが、こんな風に趣の為に夕日を眺めることはなかったような気がする……気がする。
「灯台下暗しか」
一人で呟いてみると明香が反応し、胸を張ってこう言った。
「私はここで綺麗な夕日が見れるって知ってたけどね」
燃え尽きる寸前の、巨大な線香花火のように太陽は水平線の彼方に消えようとしていた。この景色はきっと、長い間忘れられないだろう。雄大な景色を前に自然と拳を握り、そんな風なことを想った。




