エピソード13-7
凜奈以外の女子を好いたことがあるかと尋ねられれば、答えはノーだと言わざるを得ない。隣にはいつも凜奈がいて、思い返してみればあいつ以外の女子に胸がざわついたような経験はなかった。ところが、今、俺の胸中は心臓を鷲掴みにされたみたいに息苦しかった。
夢にも思わないことを言われ戸惑っている俺に、まるで助け舟でも出すみたいに眼前の六浦明香は微笑んだ。
「七瀬くん、覚えてる? 部活に入ったばかりの頃の出来事」
六浦が何を言い出すのか分からない。俺は黙って彼女の言葉を聞き続けた。
「私、結構人見知りするほうでね。先輩に器具庫の鍵を男子卓球部に渡して来いって言いつけられたことがあって、でも入る勇気がなくて、男子側の体育館の入り口で立ち往生してたことがあったんだ」
第一体育館の1階を男子、2階を女子卓球部が使っている。器具庫とは体育館の外にあり男女共通の大用具が置いてある倉庫のことだ。
「誰に声をかけたら良いか分からないし、知ってる人もいないし、みんな練習に夢中で私のことなんか気が付かないし。そんなときに私に声をかけてくれた男の子がいた」
「それが、俺?」
こっくり頷かれる。六浦には悪いがまるで覚えていないし、些細なことのように思う。だが、そのことすらも六浦は見透かして悲しげに笑った。
「小さなことだね。でも、きっかけに過ぎないよ。それから七瀬くんは私が来るたびに見つけて男子側の部長に取り次いでくれたよね。知ってた? それから私、七瀬くんをずっと見てきたんだよ」
「ずっとって?」
「2年間!」
思わず笑ってしまう。こんな俺に、そこまで観察して面白いことがあるとも思えない。それは退屈なことではなかったのだろうか。そんな風なことを言おうとしたが、六浦の瞳はどこまでも真剣で、彼女の本気具合に触れた俺はそっと言葉を飲み込んで次のセリフを待った。
「それから、いいところもいっぱい見つけた。ぞんざいに接してるようでいて、実は友達想いなところも、潔癖なくらい誠実なことも」
「悪いところも見つけた?」
「ちょっとは、ね」
今度は六浦がいたずらっぽい笑みを浮かべる。俺はきっと返事をしなくてはならないのだろう。人一人の想いを受け止めるということがどういうことなのか、俺には分からない。けれど、だからこそ真剣に向き合わねばと思う。




