エピソード13-6
店の外はもう雨が止んでいて、涼しい初夏の夜風がアスファルトを撫でていた。団体客なので勘定を払わずに外に出ることができたのも幸いだったかもしれない。店舗の影、駐車場の脇辺りで俺と六浦は外の空気を吸っていた。
「涼しいね」
「ああ」
店内は、なんだかんだ言って確かに食べ物を焼く熱気と煙が立ち込めていた。虫の鳴き声がどこからか聞こえてきて、夏の到来の兆しが感じられる。
「もうすぐ夏だね」
「ああ」
六浦は、空を見上げたままそう言った。俺は、この人とそんなに親しいわけではない。勿論、クラスメートであるし男女卓球部の仲なので知らない人間ではないが、真面目で冷静な女子部員と言う情報以外を知ることはない。隣を見ていると、ふと六浦がこっちを見て微笑んだ。
「七瀬くん、覚えてる?」
「なにを?」
「入ったばかりの頃、いつも八武崎さんと一緒に帰ってたよね。部活が終わると。あれ、結構有名だったんだよ?」
俺と凜奈は、中学入学から7月頃まで一緒に帰っていた。部活のある日は。先輩が部を卒業し、部活が忙しくなり始めた2学期の9月からはその習慣は自然と消え去ったが。
「そんな時期も、あったかもしれない」
今では遠い昔の話だ。夜の曇天は星が見えず、ただ暗闇が広がるだけ。六浦はそんな空を、まるで星でも見てるみたいに熱心に見上げながら続ける。
「あれが結構なブレーキになって尾を引いていたんだよね。ほら、八武崎さん可愛いのに告白されなかったでしょ?」
「かもな」
「誰がどう見ても付き合ってたもんね」
つられて俺も夜空を見上げたが、深い紺が広がるだけで何も見えない。六浦が何を言いたいのかも分からない。
「六浦、そろそろ店に戻っても……」
「七瀬くんも同じだったんだよ!」
俺の提案を遮るように六浦が声量を上げた。少し面食らった。
「何の話だ?」
六浦は相変わらずこちらを見ようとしない。すうっとスピーチでもするみたいに呼吸を整える。
「七瀬くんも、八武崎さんがブレーキになって告白されなかったってことだよ」
一瞬、呼吸が止まる。そうだったのだろうか。そんなこと、考えたことなかった。いや、それ以前に……
「でも、それももう確かめられた。私、負け戦は嫌いだから」
「それって……」
どういう意味なんだ。そう尋ねようとしたが、六浦が再びこちらを向いて直視してきたので、言葉は喉の奥に引っ込んだ。これまで見てきたどんな瞳よりも、彼女の眼は真剣な光を帯びていた。
「言うね。私、七瀬くんのことがずっとずっと好きでした。もしよかったら、私と付き合ってください」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。言葉の響きと意味が別々に作用して噛み合わない。目の前の六浦が、ただひたと俺を見つめてくる。思わず逸らしたくなるほど真っ直ぐな瞳に射ぬかれ、俺の思考は硬直した。
ただ、目の前の出来事が信じられなかった。




