エピソード13-3
店に着くまでの流れでそのまま入店したので、自然席順も会話していたそのままの面子、つまり俺と陸山と六浦の席も当然のことながら近いものとなった。団体用のスペースのようで、総勢20人弱が長いテーブルを囲んで座敷に座っている。
数人ごとに鉄板を囲み、注文したもんじゃを焼きながら陸山が言った。余談だが、陸山はこういう細かなことが無駄に上手い。ので、俺や六浦など同じ鉄板を囲む面子は大概を陸山に任せてしまっていた。
「しっかし、長いようで短い部活だったな」
「そうだな」
俺が適当に相槌を打つと、他の部員も頷いた。
「ガチじゃなかった分、楽しかったよなー」
男同士でそんなことを言い合っていると、六浦が若干の不満を込めて参加してきた。
「私はいつも本気だったけど」
「そりゃ、明香は何にだって真面目だから」
女子部員にそういわれると、六浦は何だか釈然としないような表情で鉄板に目を下ろした。どろどろした具材がドーナッツのように環状になって焼けている。陸山はそれを見事な手捌きで一人続けた。
それから、話は部活の過去に遡っていく。何が大変だったか、あの時はどうだったか。そもそもどうして卓球を選んだか。ふと、俺もどうして卓球にしたんだっけか、などと一人で考え込んでしまった。たしか、大した理由もなかったと思うのだが……眼前で焼かれるもんじゃから意識を逸らし、中学に入学した当初に想いを馳せる。
中学1年生の教室は、俺にとって未知なる恐怖に晒される修羅場だった。ここには、あの頼りになる凜奈はいない。凜奈と一緒だったらどんなに心強かっただろうか、出席番号順に座った席でそんなことを考えていたような気がする。後になって考えてみれば、クラスに溶け込むことはそんなに難しいことではなかったものの、この時の俺は知らない人間がいる教室が不安でならなかった。
学校が午前中で終わるまだ始まったばかりの頃は、凜奈と待ち合わせて帰宅していた。校門付近で待っていると、凜奈は既に俺よりはるかに早いスピードで友達を作り、談笑しながら近づいてきた。凜奈が俺に手を振ると、話していた女子の一人が俺に気づいて言った。
「凜奈、もしかして彼氏?」
「ちがうよ。幼馴染で、家が近いから一緒に帰ることにしたの。ま、強いて言うなら子分?」
「なにそれー」
笑いながら凜奈は友達と別れていく。その間、俺はどうしてよいか分からずむすっと突っ立っていた気がする。やがて二人揃って校門を出発した際、俺の機嫌は微妙に損ねられていた。そして、凜奈はそれを巧妙に見抜く。
「なーに不機嫌になってるの」
ぴん、と横から腕の辺りを突つかれ、俺はようやく口を開けた。
「べつに」
凜奈はさもおかしそうに笑うと、続けて言った。
「どう教室は? 馴染めた? 人見知りしてない? 自分から話しかけなきゃダメだよ?」
「うるっさいな。俺は子分じゃないぞ」
「ゆうちゃん、もしかしてさっきの言葉気にしてた?」
ぷい、とそっぽを向く。凜奈はまだ昔の「ゆうちゃん」呼びと「優太朗」呼びの呼びつけが混在していた。俺の方はもう滅多に昔の呼び方はしなくなっていたのに。
「心配なだけだよ」
そう言って凜奈はまたくすくすと笑った。また子供扱いする。ちらっと横を見ると、そういえば凜奈の制服姿を見るのはまだ数回で、相変わらず俺はその姿に慣れなかった。なんだか、本当に見知らぬお姉さんのように見えたのだ。そのせいで、ちょっと胸がどきどきした。隣にいるのは嫌いな食べ物も些細な癖も知り尽くした幼馴染なのに。
「ねえ? 久しぶりに浜に寄ってみない?」
「浜? なんでまた?」
「いいじゃん。行こうよ」
そう言って凜奈は俺の手を取った。家への方向を切り返して、浜へ向かう方角へ俺を引っ張る為に。俺らが住んでいる地域は、新興の住宅が並ぶ宅地だった。平地に立っていて近くには小高い丘もあったりしたものの、基本的に海抜数メートルの低地でちょっと歩くと簡単に海辺に辿り着けた。漁業や海水浴業が行われているわけではなにので、海辺の街というイメージはないが。
砂浜は海水浴が開けるようなきれいなものではなく、素足で歩けば痛いようなごつごつした石もたくさん混じっている。磯の方は岩場だらけで、泳げないし、海底も岩になっているので当然危ない。小さい頃、凜奈と一緒に岩場の方で蟹を取ったりしたが、俺は怖くて行きたくなかった。岩場は滑って危ないし、足がつかない海が近くに存在して怖いから。凜奈が浜に行こうと言う度に俺は半泣きになっていたと思う。
「あんた、今でもまだ怖いの?」
浜につくと、からかうように凜奈が言ってきた。黄色い砂浜を一望するアスファルトの道路の上で、俺はすっとぼけた。
「なんのこと?」
「こわいよ~行きたくないよ~帰ろうよりんちゃん~って泣いてたじゃん?」
「覚えてないな」
俺が言うと、凜奈は意地悪そうに笑った。
「覚えてるくせに」
凜奈は道路の部分で靴を脱ぐと、裸足になって砂浜に降りた。
「危ないぞ!」
刺されば痛い石も砂浜には混じっている。だけど凜奈は振り返って言った。
「へーきへーき!」
ため息を吐いて、俺は靴のまま砂浜に降りた。靴が沈み込んで、砂が侵入してくる。凜奈が磯の方へ行くので、俺も後に従った。当然のことながらもう怖くはない。
新しい制服のまま岩によじ登る凜奈を見ると、自然と微笑みが零れた。まるで子供じゃないか。岩場の上では潮溜まりによく蟹を発見できる。俺も上ってしまうと、平坦な岩の上、素足のまましゃがみこんで凜奈は潮溜まりに手を突っ込んでいた。
「かに」
「見れば分かる」
あっさりと蟹を手掴みした凜奈に即答する。紺の膝丈のスカートにセーラー服がうちの女子指定の制服だった。凜奈がしゃがむと、スカートがめくれて白い太ももの裏側が見えた。とっさに目をそらす。
「どうしたの?」
「べつに」
俺もしゃがんで潮溜まりを覗き込むと、存外多彩な生物が蠢いていた。
「懐かしい」
「優太朗、顔が引きつってるけど」
小さい頃は平気でつかみ取っていたが、もうこの潮溜まりに手を突っ込もうという気にはなれない。凜奈はよく平気なもんだ。




