エピソード11
凜奈と鈴谷りょうが別れたという噂は、俺の元へも届いていた。惚れた腫れたの騒動が好きなこの学年において、火のないところに煙は立たぬとは言うものの、その噂話の大半は真実に尾ひれがついて骨が抜けているものが多い。つまり、真相から遠くかけ離れていることがほとんどなのだ。だから真に受けないし、そもそも俺はもう…………俺はもう、八武崎凜奈のことなどどうでもいいのだ……
六浦に打ち上げの日程を聞いてから数日が経っていた。週末に打ち上げを控えた金曜日の放課後、俺は鈴谷りょうに呼び出され、また例の体育館裏に足を運ぶこととなった。凜奈と縁が切れた俺に、今更奴が何の用があるというのだろうか。内心、実を言うと俺は呼び出しに応じることにかなりの嫌悪感を抱いていた。前回呼びだされた時、そして図らずも凜奈の家で鉢合わせた時、奴は的確に俺の心を抉ってきた。その術を奴は間違いなく知っているのだ。結果的に俺は奴の手のひらで踊らされ、事は奴の思う通りに進んだろう。だから、正直凜奈に会えないのと同じように、奴とは会いたくなかった。それでも俺が応じてしまったのは、俺の中の最後のプライドが引くことを許さないからだった。
俺が向かうと、鈴谷は既に立っていた。
「何の用だ」
敵意もむき出しに気色ばむと、鈴谷は場違いに爽やかな表情で微笑んだ。
「噂はもう、知ってるよね」
うわさ。凜奈と鈴谷が別れたとか言うあれか。
「今更、それがどうした」
吐き捨てると、鈴谷は少し驚いたようだった。
「凜奈ちゃんと別れたというのは本当だよ」
「それを、俺に言ってどうする」
だめだ。胃がむかむかしてくる。凜奈と決裂した晩を思い出す胃のざわめきに、早くも俺は来たことを後悔し始めていた。
「噂は本当だよ。僕は、凜奈ちゃんと別れた。君には謝りたいんだ」
何を言っているんだこいつは。話の行く先が全く読めないし、脈絡も分からない。
「謝りたい? 何をだ?」
鈴谷は、一瞬俺の食い気味な眼光に怯んだようだったが、一呼吸置いてから話し始めた。
「僕は、君を凜奈ちゃんから引き離したいが故に君を傷つけた。凜奈ちゃんも、本当は君が好きだったんだ。なのに僕は……ごめん。」
呼吸ができなかった。奴が言っていることを飲み込むのに数秒のラグを要する。凜奈は本当は俺が好きだった?
「ふざけるな……」
ぽつり、と言葉が弾けた。ダムが決壊して夥しい水の奔流が駆けるように、感情が爆発した。
「さんざん俺にあてつけておいてはい別れました、ごめんなさいだと!? ふざけんな! それに凜奈が俺を好きだったらお前と付き合うわけがないだろ! バカにするのもいい加減にしろよ!?」
鈴谷に詰め寄って、胸倉を掴む。奴は苦しそうに目を細めたが、振りほどきはしなかった。
「俺を罪悪感払拭の道具にするなよ!? お前も! 凜奈も! せっかく忘れられそうだったのに!」
ベッドの上で重なり合う二人。裸で腰を振っている女の映像。重なって襲い掛かり、喉の奥から吐き気が湧いてくる。
鈴谷を掴んでいた手を離して、口元を覆う。その場で丸くなると、何とか出てくるのを防げそうだった。鈴谷の前でこんな無様な弱みは晒したくなかったのに、悔しくて涙が湧きそうになる。
「七瀬、君は……」
気遣ったような声が頭上から降って来て、思わず目を向ける。視線で射殺せるならそうしたいと言う念を込めて、丸くなった姿勢で顔だけ上げて鈴谷を見据えた。
「俺は今日、ここへやってきた。それはこれを伝える為だ。もう、俺に凜奈に関する話を持ってくる必要はない。お前がどうしようが、俺は関与しない」
長台詞を言ったせいか、堪えていた吐き気の波がまた喉の奥までせりあがってきた。くそ! どうしたってこんな……
「ちがう……凜奈ちゃんはほんとうに僕とは何も……!」
きいていられない。凜奈に関する情報はシャットアウトするのが吉だ。口元を抑えたまま、俺は姿勢を上げ、せめて毅然として、こう言い捨てた。
「もう、遅いんだよ。何もかも」




