別エピソード10 続
年度が変わった中学3年生の春。僕は2組、凜奈ちゃんは1組、七瀬は3組に振り分けられた。お互いが教室内でかち合う可能性がないというチャンスを、僕は存分に使うことにした。
僕が見たところ、七瀬優太朗は凜奈ちゃんに気があるようだった。もし七瀬が凜奈ちゃんに想いを告げれば、あっという間に彼女を盗られてしまう、そんな恐怖心から、僕は二人の仲を引き裂くことに苦心し始めた。男が一番に嫉妬をするのは身体の面だときいた。だから、手始めに「凜奈とはもう既に肉体関係にある」と告げてみたのだが、これが想像以上の効果をもたらした。七瀬が至極気分悪そうに顔を青くしたのが、去り際に見えた。呼び方も、まだ呼びつけに至る仲ではないのに、七瀬の手前僕も変な対抗心を燃やし「凜奈」とその時だけ呼びつけにしていた。
次に、凜奈ちゃんと既成事実を作ってしまおうと考え、彼女の両親が留守の際に本当にしてしまおうかと考えていた。無理やり押し掛けた凜奈ちゃんの家で見たものは、またしても七瀬優太朗の影だった。居間の、家族が集まる場所に平然と置いてある写真。凜奈ちゃんの母親と、恐らく七瀬の母親だろうか、それと、幼い凜奈ちゃんとそれに飛びついている小さな男の子。某テーマパークで撮られたものだ。これを見た瞬間、本当に嫉妬してしまって、絶対に七瀬から凜奈ちゃんを勝ち取ってみせると勢い込んでしまったのだ。
彼女の部屋でそんなことを考えていた時、七瀬優太朗が呼び鈴を鳴らした。応答がないのに入って来る気配に、気の置けない仲だと言う事実を突きつけられる。それでも、それを逆手にとってこの際七瀬優太朗にも僕らの仲を見せつけてやる予定だった。実際、僕は最後までしてしまう予定だったのだが…………彼女は予想外に僕を拒んだ。けれど、きっと凜奈ちゃんも本当に嫌がっているわけじゃないだろうと都合よく解釈していたし、何より七瀬優太朗の想いを凜奈ちゃんから完全に引き離す絶好の機会だったから、これを逃すことはできなかった。これを機に、七瀬の影も消え、凜奈ちゃんとももっと深い仲になれる。そう、思っていた。
結果、七瀬優太朗は無言で帰っていった。だが、凜奈ちゃんは予想に大きく反し泣きだしてしまった。大切なものを奪われた乙女のように。いくら無理やりだと言っても、僕らは恋仲で、ある程度は許容してもらえると思っていたのに。凜奈ちゃんは、それからずっと号泣していてとてもじゃないけどそれ以上先に進める雰囲気はなかった。僕は、試合に勝って勝負に負けたのだ。
その時、こう尋ねたのだ。
「凜奈ちゃんは、僕が好きじゃなかったの?」
泣き声。返事はない。
「七瀬優太朗のことが好きだったの?」
返事はない。ただ、凜奈ちゃんはベッドの上で泣き続けた。
これは、きっとある程度は凜奈ちゃんも悪かったのだと思う。自分を騙して、僕と付き合ったのだから。そして僕も悪かったのだ。策に溺れ、もっと大事なものを犯してしまった。あの一件以来、凜奈ちゃんはめっきり暗くなった。廊下ですれ違っても、笑っているところを見たことがない。本当は僕が支えてあげられれば一番なのだろうけど、僕にはもうその資格もないし、何よりそれができない。結局、僕は彼女を最も明るくしてあげることができなかった。それができたのは、彼だったのだ。
夕暮れの放課後、黄昏時の教室で、彼女はぼうっとしていた。時折教室を覗いても、いつもそうしている。僕が歩み寄ると、凜奈ちゃんははっとしたようだった。
「帰ろう、凜奈ちゃん」
この時の僕は、きっと泣きそうな笑顔を浮かべていただろう。彼女の視線が、僕を見たくないかのように宙を彷徨う。
もう一度、はっきりと言う。これを告げるのは、僕の役目なのだ。
「帰ろう、凜奈ちゃん」
元の場所へ。




