エピソード10
※ここに登場するキャラクター及び団体は、実在の人物・団体・及び著作物とは一切の関係がありませんのでご了承ください
朝、教室に着くとすぐに陸山が俺の席へやってきた。鞄から荷物を出して机の中に入れている俺の傍らで
「おはようさん」
「ああ、おはよう」
通常、わざわざ陸山が俺の席に挨拶にやってくるなどという習慣は、当然のことながら存在しない。だからきっと何か話があるのだろうと待っていたのだが、奴はなかなか話さない。机の中に荷物を入れる作業の手を止めて、俺は傍らに立つ盟友を仰いだ。
「なんか用か?」
陸山は無言で俺を見つめたのち、唐突ににっと笑みを浮かべた。
「ききたいことがあるけど、今日は別件だ」
「…………」
奴め、俺の様子からもう凜奈と何かあったことを悟ったな。それも、俺が陸山の指示に従う方向性の結論を出したことを見抜きやがった。
「別件ってのは?」
陸山はすぐには答えず、またちょっと考えて、おもむろに教室中を見回した。その視線が、一角で談笑していた女子グループに留まる。陸山はそのグループに向かって声をかけた。
「六浦! ちょっといいか!」
陸山が不意に呼びかけたのは、クラスメートの六浦明香という女子だった。何故ここで彼女を呼んだのか、俺には分からない。呼ばれた彼女もよく分からない様子で自分を指差す。陸山が頷くと、彼女は離していた友達に何やら言ってからこちらへやってきた。やってくる途中で、六浦と目が合う。肩までの黒髪、小柄な体躯。けれども体格の割に膨らんでいる胸。
「おはよう、六浦」
「お、おはよう。七瀬君」
儀礼的に挨拶だけ投げておく。唐突に呼び出されたせいか、六浦の返事はちょっとどもっていたが。やってきた六浦と陸山が一瞬だけ視線を交錯させたのを、俺は見逃さなかった。やがて陸山から解説が入る。
「六浦は今度やる卓球部の打ち上げの幹事の一人だ。場所日程の細かい担当は六浦さんなんで、彼女から聞いた方が正確だろうと思って」
ははあ、そういうわけか。六浦は女子卓球部員だ。今度の打ち上げに一枚噛んでいるのだろう。それでその話をする為に引っ張ってきたのか。ん?
「それぐらいお前も聞かされてないのか?」
陸山に視線を向けると、奴はぺろっと舌を出した。
「俺も日程は覚えてないんだよ。この際だから、ここで六浦さんに俺もきいとこうと思って」
生き馬の目を抜くような鋭さを持ってるくせに、肝心なところで抜けてるのだ、こいつは。俺への手間と、わざわざ呼びつけたことをまとめて謝っておこう。
「すまん、わざわざ。で、打ち上げの方の日程は決まってるのか?」
「あ、うん。それね。今週の土曜日に決まったよ。場所は駅前の「もんじゃら」ってお店。基本は午後6時に駅に集合。予定が合わなくて、直接お店に行く人も出そうだけど」
どう? と六浦の視線が問うてくる。行ったことはないが、多分もんじゃ焼きか何かのお店だろう。無理なこともない。
「大丈夫だな」
「同じく」
陸山の同調。
「六浦さんもオッケーで、じゃあ俺らは駅前集合組でいいな」
何故か陸山がまとめる。俺と六浦が頷く。
「ありがとな、六浦。それじゃ」
俺が言うと、六浦は無言で頷いて去っていった。「なんのはなしー?」と戻った先で尋ねられている声が耳に飛んできた。また、陸山がにっと笑って俺を見てくる。
「優太朗よ、そういえば俺は打ち上げの件でお前から労いの言葉をもらったことがないのだが。六浦さんには言うのか」
はあ。何を言うかと思えば。
「お前には普段から礼を込めて接してるつもりだったが。それじゃダメか?」
陸山は、わざとらしくため息をついてみせた。何だそれは、腹立つぞ。
「親しき仲にも礼儀ありと言うだろう。それとも、大恩は報せずと諦めるべきか……」
ちっ……わあったよ。
「陸山も、サンキュな。打ち上げのことだけじゃなく、その……」
言いよどんだが、陸山はそれで満足したらしい。
「いいってことよ。優太朗も、ここ最近の纏わりついていた影が去っていくらか明るい顔になってるぞ」
そうだろうか。俺は思わず自分の顔に手を当ててみた。陸山は用事を済ませたので自分の席に戻っていく。一人残った俺は席に座ったまま自分の頬をそっと触ってみた。だが当然と言うべきか、以前と比べて自分の顔が変化したかどうかは分からない。
ただ、時間だけは刻々と進み続ける。




