エピソード7
あれから数日が経った。直視すべき現実をずっと避けてきた俺へのしっぺ返しは、正直想像していたよりもずっと堪えた。だが、それでも俺は気丈に振る舞わねばならなかった。俺と凜奈は幼馴染で、友達だ。この関係はあの出来事の前も後もずっと続いていくと思われた。少なくとも続けなきゃいけないような気がした。そう思って、俺は何事もなかったかのように振る舞っていたのだが……
幸い、凜奈とも遼ともクラスが違うのでその日までは顔を突きつけ合わずに済んでいた。放課後、その日も陸山が俺の机に来て鞄を片手にこう言うのだ。
「帰ろうぜ」
俺は無言で頷いてみせた。
「今度さ、打ち上げをしようと思うんだ」
陸山がそう言ったのは、昇降口でのことだった。下駄箱から通学靴を引っ張り出しながら、奴は飄々と言った。俺らの代は既に中学校体育連盟が主催する公式大会、いわゆる中体連に負けて引退している。サッカー部などはまだ勝ち残っているが、こちとら既に敗退して中学校での部活動は幕を降ろしていた。
「卓球部の打ち上げさ。男子も女子も、後輩も一緒にな」
「うげ、そんな大人数でやんのかよ」
俺がうめくと、陸山は俺の肩を軽く叩いた。
「そう言ってやるなよ。大人数でやった方が楽しいだろうが」
俺もさっさと地面に通学靴を放り投げ、つっかける。
「男子卓球部と女子卓球部なんて、同じ体育館使ってただけで接点もなかろうに」
「言うなって。最後は卓球部でパーッとやろうぜ」
もともと卓球部はそんなに大人数の部活ではないので、引退記念のパーティを盛大に開くとしたら、確かに人数が必要だ。それこそ後輩や女子卓球部からも人数を必要とするくらいに。
「お前も幹事の一人なのか」
「まあな」
何気なく尋ねたが、きっと大変なんだろう。陸山は部長でも副部長でもないが、人望だけはいやにある。こいつが絡んでいないわけがないと俺は踏んでいた。
校門を出たところで、奴は話題を変えた。
「それとお前、最近元気がないが」
と陸山は切り出した。その切り込みっぷりは、まさに切り込むというより突き刺すという言葉が似合うくらいだった。
「いつまで八武崎のことを引きずってるんだ」
前の、打ち上げの話題とは打って変わってシリアスな口調。俺が小さくうめくと、奴は更に声を尖鋭化させた。
「お前の様子を見れば、何かを我慢してることぐらい目に付く。ここ数日は黙ってたが、もういいだろう。八武崎と何かあったのか?」
「あったとしても、お前には関係ないだろう」
余裕のなさからか、随分ひどいことを言ってしまった。が、奴は冷たく笑うだけだった。
「男女間の友情は成立しない。前、俺がそう言った。覚えてるか?」
「覚えてる」
今日と同じような夕暮れ。夜から雨が降った日だ。ベッドの上でもつれ合う二人。重なっている体。何か気持ち悪くなって、俺は一瞬足を止めた。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
振り返る陸山にそう告げて、俺は再び陸山の隣に足を揃えた。陸山もなにごともなかったかのように続ける。
「いまもお前と八武崎は親友になれると、そう考えているのか?」
沈黙を返す。歩きながら、陸山の詰問は繰り返される。
「男女間の友情なんて、本気で信じてるのか? 八武崎のお前に対する気持ちは? それなら何故鈴谷と付き合ってる? 八武崎と、これからも変わりなく接していける自信があるのか?」
「うるせえ!!」
つい、怒鳴ってしまった。怒鳴られた陸山はと言うと、能面を被ったような無表情。俺はついに足を止め、想いの丈をぶつけた。
「そんなこと、分かってるんだよ! 凜奈と一緒にいても、もう辛いだけだ! 俺は現実を見た。だけどさ、物心ついたときからずっとあいつと一緒だったんだぞ!? 今更そんな簡単に捨てられるかよ!?」
道はもう学校から大分離れていたので、まわりに人がいないことが救いだった。
「俺が泣いて、笑った時はいつもあいつが一緒にいた。だけど、もうあいつと居ても心が痛いだけだ。どうすりゃいいんだよ……」
陸山は、静かにこちらを見つめている。
「捨てちゃえよ。もういいだろ。中3になってまで仲良しな幼馴染の方がおかしいよ。しかも片方は彼氏持ちだ。八武崎以外にも女子なんて五万といる。そういう奴らに現を抜かすようになれば、八武崎といても苦しくなくなる」
「なんだよそれ。どうしようもねえ解決法だな」
俺が泣き笑いのような表情をすると、陸山もニッと笑ってみせた。
「男女間の友情はなくても、同性間の友情は本物だと、俺は信じてるからな」
相変わらず男臭い奴だ。
陸山は、最後にもう一度だけ生真面目な表情になった。
「優太朗、お前の中ではもう、答えが出てるんじゃねーの? それを決断するのが怖いから保留してるんだろ? だったらそれは今までと何も変わらねーぞ」
陸山の忠告染みた言葉に、俺は沈黙を返すことしかできなかった。




