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りんなとゆうちゃん  作者: 如月海月
Chapter1
11/49

裏エピソード6 続

 階段を上った突き当りが私の部屋だ。学習机に、衣服を入れた箪笥、本棚、それにクローゼットには制服を釣る下げたり、他色々なものを詰め込んでいる。ベッドの枕側の壁には窓が付いているが、この部屋はベランダには繋がっていない。その窓の外ではもう既に雨が降っていた。

「たいへん! 遼君、雨降ってるよ!」

 窓を指差したが、遼君はさして驚く様子を見せなかった。

「そうだね」

 静かに言って、この家に入った時同様もの珍しげに辺りを見回した。

「もう、女の子の部屋を観察するなんて悪趣味だよ」

 およそ私らしくないセリフが口をついて出て来た。女の子らしさなんて、丁重に包装して優太朗にでもあげてきたものだ。なのに、こんな台詞が口をついて出てきた。

 学習机を遼君に譲って、私はベッドに腰かけた。

「別に面白いものなんてないでしょ。見せるに値しないから連れて来なかったんだよ、この家にも」

「でも、七瀬ななせは毎日連れ込んでるんでしょ?」

 おもむろに、遼君は言った。噛みしめるようなその口調にも関わらず、私は一瞬何を言われたか分からなかった。ななせ? ああ、優太朗のことか。

 脳内でも肉声でも優太朗と言う言葉しか使わないので、私はときどき七瀬ななせ優太朗ゆうたろうと言う本名を忘れそうになる。

「優太朗は別に関係ないでしょ。てか、毎日なわけないじゃん」

 私の声も自然尖る。あれれ、こんなやり取りをどこかでしたような、しないような。

「だから、七瀬の家に行ったり、連れ込んだりはやめてよ。僕だってずっと入れてくれなかったくせに」

 遼君もいつもの冷静さを失っているようだった。思い出した、この前同じことを言われたのだ。

「前にも言ったでしょ。優太朗はなーんにも関係ないし、別に家に入るなんてどうでもいいことでしょ」

「どうでもよくない」

「なにがそんなに気に入らないの。遼君らしくない。まるで優太朗みたいだよ」

 すると、遼君が不意に立ち上がった。がたん、と学習机に付属した椅子が、倒れそうになる。私はベッドの上でちょっと怖気づいた。

「凜奈ちゃん!前々から気になってた……君、七瀬優太朗と僕のどっちが好きなの?」

 激怒一歩手前! みたいな雰囲気から放たれた意外な質問に、私は思わず「はあ」と気の抜けた声を出してしまった。

「そんなの遼君に決まって……」

 決まってる……何故かそんな簡単な言葉が紡げなかった。自分でも驚いた。突然酸素を失ったみたいに、私の口は半開きのまま声を出すことを拒んでいた。

 遼君の表情がくしゃっと歪む。

「どうして言えないんだ……」

「だ、だってさ! 遼君だってお母さんと私のどっちが本当に大切かなんて訊かれたら、即答できないでしょ? そ、それと同じだよ! 私にとって優太朗はそんなもんだから……」

 どんなもんだ。口から言葉が勝手に転がり出てくる。遼君はこれ以上耐えられないとでも言うように、まるで痛みを我慢しているような表情で私を見ろしてきた。

「僕は、凜奈ちゃんが好きだよ?」

「わ、私だって遼君が好きよ……?」

 すると、突然遼君はベッドに腰掛けていた私を押し倒してきた。彼の体重がもろに私にかかる。肩の辺りをがっちり押さえこまれ、彼の息が真上から顔にかかった。

「だったら、いいよね?」

「なにが!?」

 どこか潤んだ彼の瞳。息遣い。彼の体重をかけて抑えられる肩。天井を覆う彼の存在に、私の頭は真っ白になる。事が起きたのはまさにその時だった。


 ピンポーン、と。呼び鈴が鳴る。彼の圧力がやや和らぎ、私は少し状態を起こした。次いで、もう一度、ピンポーン、と。この鳴らし方で私は確信した。

「優太朗だ!」

 あいつは焦った時、こらえ性がないからすぐに呼び鈴を二度鳴らす。2回の間隔は、まさに1秒前後。小学5年生になるまで一緒に登校していたあの頃、私は何度もこの鳴らし方で急かされた。

 ところが、私の叫びを聞いた途端、若干軽くなっていた彼の圧力が再び強くなった。

「きゃ!」

 再びベッドに押し戻される。

「僕と七瀬優太朗のどっちが大事なんだ!?」

「優太朗が呼んでる。困ってる! 私が行かなきゃ!」

『りんな? いるんだろう!?』

 下で再び声。だが、肝心の私自身はがっちりと肩を掴まれ、起き上がれなかった。

「行かないでくれ!」

「どうして!?」

 遼君の表情も、これまで見たことがないくらい真剣で、痛みを湛えていて、直視できなかった。私も涙目のまま、ふいと目を逸らす。

「離してよ」

「僕は、君が好きだ!」

「だったらこんなことしないで、離してよ!」

「それはできない!」

 とん、とん、とん、と階段を上って来る音。優太朗が来る!

「ゆうた……んんー!?」

 叫び声は、口を手で押さえられて遮られた。熱っぽい瞳が、私を上から覗き込む。そうして、次の瞬間には手の代わりに彼の唇が私の唇を覆っていた。見開いた視界いっぱいに広がるのは、熱に浮かされた彼の瞳。口に広がるのは遼君の味。

 あまりの出来事に、私の脳みそは完全にホワイトアウトしていた。


『りんな? いるんだろう、入るぞ?』


 ガチャ、と扉を開く音だけがきこえる。まるで金縛りに遭ってしまったかのように、私の四肢は硬直して動かなかった。

 何秒間たったろう。静寂が支配した部屋の中、彼の唾液が一方的に私の口に入ってくる。永遠とも感じられた時間の後、部屋のドアが閉められた。バタン。とんとんとん、と足音が遠ざかる。ようやく遼君は唇を離してくれたが、彼の瞳はもう前みたいな優しげな光を帯びてはいなかった。熱に踊らされ、狂気すら垣間見える。

 私に跨ったまま、彼はこう呟いた。

「勝った……」

 ここでないどこかを見つめたまま焦点を失った彼の瞳。それは、ひどく恐ろしげに見える。

「どうして……」

 自分でも気が付かないうちに、一粒の涙が目尻から零れていた。押し倒されたままの私のこめかみを伝い、ベッドを濡らす。好きな人とキスをしたはずだったのに。どうしてこんな形になるの? なんでこんな喪失感に襲われるの?

 どうして? なんで?

 負の感情が堰を切るのに、そう時間はかからなかった。涙は後から後から溢れ始め、もう止めようがなかった。

「ああああああああああああああああ」

 胸が張り裂けるような痛みに、たまらず泣き声をあげる。泣き叫んでも喚いても、それでも。この声はもう、優太朗には届かない。優太朗の名前を呼んでも、あいつはもう戻ってこなかった。





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