裏エピソード6
遼君を家にあげたのはこれが初めてだ。リビングに遼君を通し、彼がもの珍しそうに辺りを見回している間、私はキッチンに行ってまず冷蔵庫の中身を確認した。うん、これなら大丈夫だ。夕食も作れる。
戸棚からお盆を引っ張り出し、冷茶を注いだコップをリビングに持っていく。
彼はコップに手をかけながら、わずかに微笑んだ。
「お気遣いなく。僕が押し掛けたわけだし」
「ただのお茶よ。気遣いも何もないわよ」
私も笑って答える。窓の外は、今にも降り出しそうな曇り空。それから2階に駆けあがって急いでベランダに出ると、一気に洗濯物を取り込んでしまう。今ここで畳むのは何だか遼君に悪いような気がしたので、私は下に行って先に夕食を作ってしまうことにした。
階段を降りると、遼君はテレビの脇に置いてある小さな写真を眺めていた。
「それね。私達が5歳の頃の」
今からもう10年も昔になる。今日の夢に出て来た某遊園地で撮った写真。私達お母さんが二人後ろに並んで、私の首ったまに飛びついている優太朗と、それを若干迷惑そうに、でも本当は満更じゃないような顔をした私が映っている。多分、迷子事件から生還した後だろう。普段の優太朗は恥ずかしがり屋だったからこんなことはしない。無事生還することができて、私に感謝と親愛の極みを感じていたからこそ撮れた一枚だ。
この写真を見るだけで、自然と心が温まってくる。私はそれに視線を落としたままの彼に尋ねた。彼の後頭部に向かって、後ろから声をかける。
「それが、どうしたの?」
彼は答えずじっとその写真を見つめている。気になって隣に並ぶと、ようやく遼君は視線を上げた。
「ううん。なんでもないよ」
浮かんでいるのはいつもの微笑み。
「ふうん」相槌を打って、私はキッチンに向かった。
冷蔵庫からキャベツを一玉取り出して、半分ほど切り出した時だった。遼君が突然提案してきた。
「ねえ、凜奈ちゃんの部屋を見たいんだけどさ」
沸騰を待っていたお鍋の火を消して、私は包丁を置いた。
私の顔には多分、困惑が浮かんでいたと思う。
「なんで?」
彼はキッチンまでやってきて、私の傍らに立った。
「なんでも。ちょっとだけ、ね?」
「今、料理の途中だから……」
「お願い! 凜奈ちゃん!」
パン! と音を立てて拝まれる。どうして私の部屋がそんなに見たいのだろうか。そして何より、どうして私は彼を部屋に上げることに気乗りしないのだろうか。少し考えていると、不意に優太朗の蔑んだような瞳が脳裏に浮かんできた。『りょうとセックスしてるんだろ』
遼君はそんな人間じゃないし、そもそも私達はそんな関係じゃない。どこからあんな発想が湧いてきたのだろう? 遼君もどちらかと言うと控えめで優しい人間なのだ。それゆえ、その遼君が粘るのはやっぱり珍しいことだから、私はやっぱり断りにくい。
「しょうがないな」
曖昧に笑って、私は許してしまうのだ。




