第6話 2人の思惑
数日が過ぎた。
俺は新七について歩きながら、この時代のことを少しずつ覚えていた。
人の呼び方。
道。
城の中での立ち振る舞い。
分からないことばかりだったけど。
少しずつ。
昨日よりは、この時代で生きている感覚があった。
その日。
朝から城の中が騒がしかった。
人の出入りが多い。
普段より声も大きい。
俺は新七を見る。
「何かあったんですか?」
「知らん。」
そう言いながらも。
新七の顔は少し険しかった。
しばらくして。
一人の男が新七のところへ駆けてきた。
「新七。」
「どうした。」
男が声を落とす。
「佐久間殿が……。」
その瞬間。
新七の表情が変わった。
俺も。
息を止めた。
「追放じゃ。」
新七が男を見る。
「……何?」
「信長様より、命が下った。」
男が去ったあと。
新七はしばらく動かなかった。
俺も何も言わなかった。
やがて。
新七がゆっくり俺を見る。
「玲央。」
「はい。」
「おぬし。」
少し間があった。
「本当に……未来から来たのか。」
俺は新七を見る。
「だから言ったじゃないですか。」
新七は何も言わない。
冗談を言う顔じゃなかった。
今までとは。
明らかに違った。
「佐久間殿が追放されることなど。」
新七が呟く。
「わしにも分からなんだ。」
俺は少しだけ黙った。
「俺も。」
「何?」
「全部分かるわけじゃないです。」
新七が俺を見る。
「未来のこと、何でも知ってるわけじゃないです。」
俺は頭を掻いた。
「歴史の授業で習ったこととか。有名なこととか。」
「それでも。」
新七が言う。
「今起きたことを、おぬしは先に知っておった。」
俺は頷いた。
「はい。」
新七は黙った。
その顔から。
もう。
半分しか信じていない。
そんな感じは消えていた。
しばらくして。
新七が小さく息を吐く。
「なら。」
俺を見る。
「本能寺の話も。」
俺は答えなかった。
答えなくても。
新七には分かったはずだった。
新七の顔が固くなる。
「二年後。」
「はい。」
「信長様が。」
「殺されます。」
新七は目を伏せた。
しばらくして。
ぽつりと言った。
「……明智殿に。」
「はい。」
俺たちの間に。
沈黙が落ちた。
今までは。
俺だけが知っていた未来。
でも。
今日から。
新七も。
それを現実として知ってしまった。
新七が顔を上げた。
「信長様に申し上げる。」
「え?」
「今すぐじゃ。」
新七が歩き出そうとする。
俺は慌てて腕を掴んだ。
「待ってください。」
「なぜじゃ。」
「俺が未来から来たって言って、信長様が本当に信じると思います?」
新七が止まる。
「佐久間殿のことは当たった。」
「でも、それだけです。」
新七が眉をひそめる。
「それだけ?」
「俺が一回当てたからって、それで全部信じてもらえるとは限らないです。」
新七は黙った。
「それに。」
俺は声を落とした。
「信長様はもう俺を怪しんでます。」
――お前、妙なことを知っておらんか?
あの言葉を思い出す。
「ここで全部話したら、何されるか分からないです。」
新七はしばらく考えていた。
「じゃが。」
「信長様を助けないって言ってるんじゃないです。」
新七を見る。
「まだ時間はある。」
新七の目が動く。
「二年……。」
「今すぐ全部話す必要はないです。」
俺だって。
どうすれば信長を助けられるのか。
まだ分からない。
明智光秀を遠ざければいいのか。
本能寺に行かせなければいいのか。
そもそも。
歴史を変えていいのか。
何一つ分からない。
新七が俺を見る。
「おぬし。」
「はい。」
「怖くないのか。」
「何がです?」
「未来を変えることじゃ。」
俺は答えられなかった。
考えたことがなかった。
いや。
考えないようにしていたのかもしれない。
もし。
信長を助けたら。
その先の歴史は。
俺の知っているものとは違ってしまう。
それでも。
あの男が二年後に死ぬと知っていて。
何もしない。
それでいいのか。
「……分かりません。」
俺はそう答えた。
新七は少しだけ笑った。
「未来から来ても、分からんことはあるのじゃな。」
「そりゃありますよ。」
「何でも知っておるのかと思ったわ。」
「俺、高校生ですよ。」
「こうこうせい?」
「あ……いや。」
新七が首を傾げる。
俺は誤魔化すように笑った。
「何でもないです。」
新七も小さく笑った。
でも。
すぐに。
俺は一つのことに気づいた。
「新七さん。」
「なんじゃ。」
「このままじゃ、何もできないですよね。」
「何がじゃ。」
「二年後です。」
新七の表情が変わる。
「信長様を助けるにしても。」
俺は少し間を置いた。
「助けないにしても。」
新七が黙る。
「俺たちが信長様の近くにいなかったら、何もできない。」
新七の顔から笑いが消えた。
「本能寺で何が起きるか知ってても。」
俺は続ける。
「その時に遠くにいたら、意味がないです。」
新七は何も言わない。
でも。
俺の言っていることは分かっている。
「だったら。」
俺は新七を見る。
「信長様のそばまで行ける人にならないと。」
「……誰がじゃ。」
「新七さんが。」
「わしが?」
「はい。」
新七が目を丸くする。
俺は頷いた。
「新七さんには、出世してもらいます。」
「簡単に言うな。」
「簡単じゃないのは分かってます。」
「ならば、なぜそんなことを言う。」
俺は少し笑った。
「前に言ったじゃないですか。」
「何をじゃ。」
「新七さんを有名にするって。」
新七が俺を見る。
「未来の教科書に載るくらい。」
しばらくして。
新七が鼻で笑った。
「まだ言うておったのか。」
「本気ですよ。」
俺は笑わなかった。
「新七さんが出世すれば、信長様のそばに行ける。」
新七が頷く。
「そして。」
俺は新七を見る。
「歴史にも名前が残るかもしれない。」
新七は黙った。
数日前なら。
きっと笑い飛ばしていた。
でも。
今日は違った。
佐久間信盛の追放を。
俺は先に言い当てた。
新七はもう。
俺の言葉を、ただの冗談としては聞けない。
「玲央。」
「はい。」
「出世すると言うても。」
新七が腕を組む。
「わしは大した身分ではないぞ。」
「だから、これからです。」
「これから?」
俺は頷いた。
「二年あります。」
新七が俺を見る。
「その二年で。」
俺は言った。
「信長様の近くまで行きましょう。」
新七はしばらく黙っていた。
やがて。
口元だけで笑う。
「面白い。」
「やります?」
「おぬしがそこまで言うなら。」
一歩。
新七が俺に近づく。
「やってみようではないか。」
俺も笑った。
本能寺まで。
あと二年。
信長を救うのか。
歴史を変えるのか。
まだ分からない。
でも。
その答えを選ぶためにも。
俺たちは。
信長のそばまで行かなければならない。
そして。
そのためには。
久世新七を。
出世させるしかなかった。




