第5話 最初の予言
翌朝。
「起きろ。」
新七の声で目が覚めた。
知らない天井。
囲炉裏。
木の柱。
一瞬だけ。
昨日のことが夢だったような気がした。
でも。
目の前には新七がいる。
「……夢じゃなかった。」
「何を言うておる。」
新七が着物を投げてきた。
顔に当たる。
「痛っ。」
「その格好では目立つ。」
俺は自分を見る。
昨日から着たままの制服。
「これ着るんですか?」
「当たり前じゃ。」
そのとき。
奥から女の声がした。
「朝から何を騒いでおるのです。」
俺は振り返った。
三十前後くらいに見える女が、朝ご飯を持って立っていた。
新七が言う。
「女房のお春じゃ。」
「……奥さん?」
思わず声が出た。
新七が眉をひそめる。
「何を驚いておる。」
「いや……。」
俺は新七とお春を見比べた。
お春が笑う。
「あなたが玲央殿ですか。」
「はい。」
「昨夜は遅かったので、ご挨拶できませんでした。」
「こちらこそ。」
頭を下げる。
もし。
本当に新七が俺の先祖なら。
この人も。
俺と繋がっているのかもしれない。
そう思うと。
なんだか変な感じがした。
「何をじろじろ見ておる。」
新七に言われて、慌てて目を逸らす。
「いや、何でもないです。」
お春が笑った。
「まずは着替えてください。朝ご飯にしましょう。」
しばらくして。
どうにか着替えた俺を、新七が上から下まで見る。
「どうですか。」
「妙じゃな。」
「結局それですか。」
お春が横から言う。
「昨日よりはずっとよろしいですよ。」
「ほら。」
「女房に助けを求めるな。」
三人で朝ご飯を食べる。
米。
味噌汁。
漬物。
昨日より。
少しだけ落ち着いて食べられた。
食べ終えると。
新七が立ち上がる。
「行くぞ。」
「どこに?」
「信長様のところじゃ。」
「俺も?」
「おぬしも来いとのことじゃ。」
朝から嫌な予感しかしない。
外へ出る。
昨日は周りを見る余裕なんてなかった。
土の道。
行き交う人。
荷物を運ぶ男たち。
馬。
どこを見ても。
現代とは違う。
でも。
昨日より少しだけ。
この景色が現実に見えた。
「遅いぞ。」
「はい。」
新七を追いかける。
しばらく歩くと。
前の方が騒がしかった。
何人かの男たちが、蔵の前に集まっている。
「どうした。」
新七が声をかける。
「雨が入りまして。」
蔵の中を覗く。
米俵が積まれていた。
その一部が濡れている。
天井から水が落ちていた。
男たちは慌てて俵を運んでいる。
奥から手前へ。
次々に。
でも。
全部を同じように動かしている。
「待って。」
思わず声が出た。
男たちが俺を見る。
新七も振り返る。
「なんじゃ。」
「濡れてるやつだけ、先に出した方がよくないですか。」
「何?」
「乾いてるやつまで全部動かしてたら、時間かかるし。」
俺は入口側を指した。
「濡れてるやつをこっち。」
反対側を見る。
「乾いてるのはそのままで。」
新七が蔵を見る。
それから男たちを見る。
「濡れた俵だけ先に運べ。」
「はっ。」
今度は天井から落ちる水を見る。
近くに大きな桶があった。
「あれ、置いたらどうですか。」
新七がすぐに言う。
「桶を持ってこい。」
水が桶に落ち始める。
男たちの動きが変わった。
濡れた俵。
乾いた俵。
分けながら運ぶ。
しばらくして。
騒ぎは落ち着いた。
男の一人が新七へ頭を下げる。
「助かりました。」
新七が俺を指す。
「礼なら、こやつに言え。」
「え?」
俺は慌てて手を振った。
「いや、俺は大したことしてないです。」
新七が笑う。
「行くぞ。」
「まだ行くんですか?」
「信長様がお待ちじゃ。」
そうだった。
俺たちは、もともと信長に呼ばれていた。
そのまま新七の後について歩く。
しばらくして。
昨日と同じ部屋の前まで来た。
「久世新七にございます。」
「入れ。」
襖が開く。
俺も新七の後ろに続く。
信長は昨日と同じように、奥に座っていた。
俺たちが頭を下げる。
「面を上げよ。」
顔を上げる。
信長の目が、俺に向いた。
「玲央。」
「はい。」
少し間があった。
「お前、妙なことを知っておらんか?」
心臓が跳ねた。
「……妙なこと?」
「そうじゃ。」
信長は俺の顔を見ている。
「昨日から、お前を見ておると。」
俺は何も言えない。
信長が笑う。
「まあよい。」
それ以上は聞かなかった。
でも。
あの目。
やっぱり。
何かを疑っている。
信長の視線が新七へ移る。
「新七。」
「はっ。」
「しばらく玲央を連れて歩け。」
「はっ。」
「何を隠しておるのか。見ておきたい。」
信長が玲央を見る。
俺は背筋が寒くなった。
完全に疑われてる。
でも。
未来から来たことまでは。
まだ分かっていない。
そう思いたかった。
部屋を出たあと。
新七が横目で俺を見る。
「信長様にまで怪しまれとるぞ。」
「俺だって困ってます。」
「昨日の話が本当なら、無理もないがな。」
「信じてるんですか?」
新七は笑った。
「まだ半分じゃ。」
その夜。
家へ戻ると。
お春が囲炉裏の前にいた。
「お帰りなさいませ。」
「ただいま。」
まだ二日目なのに。
その言葉が、少しだけ自然に出た。
飯を食べ終えたあと。
俺は新七と囲炉裏の前に座っていた。
お春は少し離れたところで片付けをしている。
昼間の信長の言葉が頭から離れない。
――お前、妙なことを知っておらんか?
知っている。
でも。
全部じゃない。
知らないことの方が多い。
ただ。
一つ。
ふと思い出した。
「新七さん。」
「なんじゃ。」
「佐久間信盛って知ってますよね。」
新七の顔が変わった。
「当たり前じゃ。」
俺は迷った。
でも。
口にした。
「その人。」
新七が俺を見る。
「近いうちに、信長様に追放されます。」
新七の表情が止まった。
「何?」
お春の手も止まった。
新七が俺を見る。
「玲央。」
「はい。」
「それは、冗談で言うておるのか。」
俺は首を振った。
「俺が知ってる未来では。」
「馬鹿を申せ。」
即答だった。
「佐久間殿は長く信長様に仕えておられる。」
「はい。」
「そんなお方が追放など。」
「俺も詳しくは分かりません。」
新七の目が細くなる。
「なら、なぜ言える。」
俺は新七を見る。
「知ってるからです。」
部屋が静かになった。
お春も。
新七も。
何も言わない。
俺もそれ以上は話さなかった。
もし。
本当に起きたら。
そのとき。
新七は。
俺が未来から来たことを。
本当に信じるかもしれない。




