第4話 同じ名字
信長の部屋を出たあと。
俺は新七の後ろをついて歩いていた。
何を話せばいいのか分からない。
新七も、何も言わない。
しばらく歩くと、小さな家の前で足を止めた。
「ここじゃ。」
中へ入る。
土間。
囲炉裏。
木の柱。
見れば見るほど、現代とは何もかも違う。
「そこに座れ。」
「はい。」
言われるまま座る。
しばらくして。
飯が出てきた。
米。
味噌汁。
漬物。
腹が減っていた俺は、黙って食べた。
「……うまい。」
新七がこちらを見る。
「そうか。」
それだけ言って、自分も食べ始めた。
しばらく。
二人とも黙ったままだった。
飯を食べ終える。
新七が箸を置いた。
「玲央。」
「はい。」
「信長様が、盗人を生かしておくとは思えん。」
俺は黙った。
「それどころか、短刀まで返された。」
新七が俺を見る。
「おぬし、何者なんじゃ。」
やっぱり。
そこに行くか。
俺は少し考えた。
もう。
誤魔化し続けるのは無理だ。
「信じてもらえないと思います。」
「言うてみろ。」
俺は新七を見る。
「俺、未来から来ました。」
新七の表情が止まった。
「……未来?」
「はい。」
「何を言うておる。」
「今から、四百年以上先です。」
新七はしばらく黙っていた。
そして。
「そんな話を、信じろと言うのか。」
「無理だと思います。」
俺は腰の短刀を見た。
「でも、これ。」
新七の視線が動く。
「俺の家に、昔からありました。」
「久世家に?」
「はい。」
新七は短刀を見る。
「信長様も、同じような短刀を持っておられる。」
「だから俺も分からないんです。」
新七は何も言わなかった。
ただ。
短刀を見つめている。
しばらくして。
「おぬしの時代でも、久世の名は残っておるのか。」
「はい。」
「では。」
新七が俺を見る。
「わしの子孫かもしれぬと?」
「分かりません。」
俺は正直に答えた。
「でも、そうかもしれないって思ってます。」
新七は黙った。
囲炉裏の火が揺れる。
俺も何も言わない。
やがて。
新七が口を開いた。
「なら。」
「はい。」
「未来では。」
少し間があく。
「信長様は、どうなられる。」
俺の身体が固まった。
本能寺の変。
天正十年六月二日。
今から。
約二年後。
俺は。
その先を知っている。
俺はしばらく答えられなかった。
「……殺されます。」
新七の表情が変わった。
「誰にじゃ。」
「明智光秀。」
新七が眉を寄せる。
「明智殿が?」
「はい。」
「馬鹿を申せ。」
やっぱり。
そうなるよな。
新七が身を乗り出す。
「明智殿は信長様の家臣じゃ。」
「知ってます。」
「ならば、なぜじゃ。」
「俺にも分かりません。」
これは本当だった。
本能寺の変が起きたことは知っている。
でも。
光秀がなぜ裏切ったのかまでは、俺も知らない。
「二年後。」
新七が呟く。
「本当に起きると言うのか。」
「俺が知っている未来では。」
新七が俺を見る。
「未来では、信長様のことまで分かるのか。」
「はい。」
「わしのことも?」
俺は黙った。
久世新七。
名前だけなら聞いたことがある。
でも。
歴史の教科書に出てくるような人物じゃない。
「……分かりません。」
新七が少し笑った。
「そうか。」
その顔を見て。
なぜか悔しくなった。
「じゃあ。」
新七が俺を見る。
「俺が、新七さんを有名にします。」
「……何?」
「未来の教科書に載るくらい。」
新七は、しばらく俺の顔を見ていた。
「おぬし、面白いことを言うな。」
俺は笑った。
「本気ですよ。」
新七も笑う。
でも。
すぐに表情を戻した。
「玲央。」
「はい。」
「その話。」
新七が俺を見る。
「他の者には言うな。」
「未来から来たことですか?」
「そうじゃ。」
「信長様にも?」
新七は少し考えた。
「……あのお方は。」
一度、言葉を止める。
「もう、何か気づいておられるかもしれんな。」
俺もそう思った。
――お前、わしを知っておるな。
あの言葉。
偶然とは思えない。
新七が立ち上がる。
「今日はもう休め。」
「はい。」
「明日から、おぬしには色々覚えてもらう。」
「色々?」
「この時代で生きるならな。」
その言葉で。
ようやく実感した。
俺は。
すぐには帰れない。
明日も。
その次の日も。
ここで生きていく。
そして。
二年後。
本能寺の変が起きる。
俺は布団に横になった。
目を閉じても。
信長の顔が浮かぶ。
歴史では死ぬ男。
でも今は。
確かに生きている。
新七を、歴史に残す。
そして。
二年後に死ぬ信長を。
俺は、どうする。




