第12話 試される男
翌朝。
新七はいつもより早く支度をしていた。
「緊張してます?」
俺が聞くと。
新七が振り返る。
「しておらん。」
「してる顔ですけど。」
「うるさい。」
やっぱりしている。
今日は。
丹羽長秀から直接任された仕事の日だ。
昨日までとは違う。
失敗すれば。
せっかく届き始めた名前が。
逆に悪い形で残るかもしれない。
「玲央。」
「はい。」
「今日は余計なことを言うなよ。」
「俺、そんなに信用ないですか。」
新七が無言で俺を見る。
「……分かりました。」
外へ出る。
向かったのは城下の一角だった。
すでに。
何十人もの男たちが集まっている。
槍を持つ者。
弓を持つ者。
馬を引く者。
その中に。
何人かの武士もいた。
俺は新七を見る。
「何するんです?」
「城下の警備を組み直す。」
「警備?」
「明日、信長様の命で多くの者が出入りする。」
新七が周囲を見る。
「そのための配置じゃ。」
なるほど。
昨日までの荷運びとは。
少し違う。
人を動かす仕事。
しかも。
人数が多い。
そこへ。
一人の武士が近づいてきた。
「久世新七殿か。」
「そうじゃ。」
「聞いておる。」
男は新七を上から下まで見る。
明らかに。
気に入っていない顔だった。
「丹羽様から任されたそうじゃな。」
「そうじゃ。」
「じゃが。」
男が周囲を見る。
「ここを知っておるのは、我らじゃ。」
空気が変わった。
俺でも分かった。
新七を。
よそ者扱いしている。
「昨日まで何をしておった者か知らぬが。」
男が続ける。
「突然来て、指図されても困る。」
周りの男たちも。
少しざわついた。
新七は怒らなかった。
しばらく。
男を見ていた。
「名は。」
「庄兵衛じゃ。」
「庄兵衛。」
新七が頷く。
「おぬしは、この辺りをよく知っておるのじゃな。」
「当然じゃ。」
「なら手伝え。」
庄兵衛の顔が止まる。
「何?」
新七は周囲を見る。
「わし一人より、ここを知る者と組んだ方が早い。」
庄兵衛は黙った。
新七が地面に置かれた簡単な図を見る。
「人が集まりやすい場所はどこじゃ。」
庄兵衛が指をさす。
「ここじゃ。」
「馬が通りにくい道は。」
「こっちじゃな。」
「なら。」
新七がすぐに指示を出す。
「ここには歩兵を多く置く。」
別の場所を指す。
「馬はこの道へ回せ。」
「弓の者は?」
庄兵衛が聞く。
新七が周囲を見る。
少し考える。
「高い場所が取れるなら、そこじゃ。」
庄兵衛が頷く。
「ある。」
「案内してくれ。」
さっきまで。
反発していた庄兵衛が。
今度は自分から動き始めた。
俺は少し離れて見ていた。
新七は。
全部自分で決めようとしなかった。
知っている人間には聞く。
でも。
最後に決めるのは自分。
その姿を見て。
周りの男たちの空気も。
少しずつ変わっていった。
しばらくして。
配置が整った。
新七は。
一人ずつ確認して回る。
「そこは道を塞ぐな。」
「馬が来た時に退ける場所を残せ。」
「ここは二人増やせ。」
指示が飛ぶ。
でも。
怒鳴らない。
必要なことだけを言う。
夕方。
一通り終わった頃。
丹羽長秀が姿を見せた。
全員が頭を下げる。
「丹羽様。」
長秀は周囲を見た。
それから。
新七を見る。
「終わったか。」
「はっ。」
「問題は。」
一瞬。
新七が庄兵衛を見る。
「最初はございました。」
庄兵衛が少し顔を伏せる。
でも。
新七は続けた。
「庄兵衛殿のおかげで、収まりました。」
庄兵衛が新七を見る。
長秀も。
その二人を見る。
「そうか。」
長秀は配置を確認しに歩いていった。
しばらくして。
戻ってきた。
「悪くない。」
新七が頭を下げる。
「ありがたきお言葉。」
長秀は新七を見る。
「人を動かすには、命じるだけでは足らぬ。」
「はっ。」
「使える者を見極め、敵にせず味方にする。」
新七が深く頭を下げた。
「肝に銘じます。」
長秀は小さく頷いた。
屋敷へ戻る途中。
俺は新七に言った。
「よかったですね。」
「何がじゃ。」
「丹羽様に認められたじゃないですか。」
新七は前を向いたまま。
少しだけ笑った。
「まだじゃ。」
「またそれですか。」
「まだ何も得ておらん。」
でも。
俺には分かった。
昨日までと。
少し違う。
新七はもう。
言われた仕事をこなすだけの男じゃない。
人をまとめる仕事まで。
任され始めている。
馬廻まで。
まだ遠い。
でも。
一段。
確かに。
上がった気がした。




