第11話 丹羽長秀
「丹羽長秀様じゃ。」
新七の言葉が。
まだ頭に残っていた。
翌朝。
俺は朝ご飯を食べながら、新七を見る。
「丹羽長秀って、かなり偉い人ですよね。」
新七の箸が止まる。
「かなり、ではない。」
「え?」
「織田家でも、重きを置かれておるお方じゃ。」
やっぱり。
名前だけは知っている。
でも。
どんな人だったのかまでは分からない。
「お雪って、本当にあの人の娘なんですか。」
「なぜ疑う。」
「普通に水汲んでましたよ。」
新七が呆れた顔をする。
「何をすると思っておった。」
「いや。」
俺の中の戦国武将の娘って。
もう少し。
こう。
違う感じだった。
「玲央殿。」
お春が笑う。
「お雪殿も普通の娘ですよ。」
「そうなんですけど。」
そのとき。
外から声がした。
「久世新七殿はおられるか。」
新七が顔を上げた。
立ち上がる。
戸を開けると。
一人の男が立っていた。
「丹羽様がお呼びです。」
新七の表情が変わる。
「わしを?」
「はい。」
男が俺を見る。
「そちらの者も。」
「俺も?」
「玲央殿でございますな。」
なんで名前まで知ってるんだ。
新七が俺を見る。
「行くぞ。」
「はい。」
嫌な予感しかしない。
しばらくして。
昨日、お雪に会った家へ着いた。
中へ通される。
俺は新七の後ろを歩く。
部屋に入ると。
男が一人座っていた。
年は四十を過ぎたくらい。
落ち着いている。
でも。
新七がすぐに頭を下げたことで。
その人が誰なのか分かった。
「久世新七にございます。」
「うむ。」
俺も慌てて頭を下げる。
「久世玲央です。」
男が俺を見る。
「おぬしが玲央か。」
「はい。」
丹羽長秀。
信長の重臣。
また。
教科書で見た名前が。
目の前にいる。
長秀が新七を見る。
「先日の荷の件。」
新七の表情が変わった。
「はい。」
「話は聞いておる。」
俺も新七を見る。
まさか。
こんなところまで伝わっていたのか。
「人手が足らぬ中、よく収めたそうじゃな。」
「ありがたきお言葉。」
長秀が頷く。
「派手な働きではない。」
一瞬。
新七の顔が固くなる。
でも。
長秀は続けた。
「じゃが、ああいう働きを疎かにする者は信用できぬ。」
「はっ。」
「戦は、戦場だけでしておるのではないからな。」
新七が深く頭を下げる。
「肝に銘じます。」
俺は黙って聞いていた。
この人。
なんとなく。
新七と相性が良さそうだ。
派手な手柄より。
ちゃんと仕事をする人間を見る。
もし。
この人に新七を認めてもらえたら。
馬廻に近づけるかもしれない。
「ところで。」
長秀が俺を見る。
「玲央。」
「はい。」
急に来た。
「昨日、娘に会ったそうじゃな。」
「……はい。」
やっぱり。
それか。
「何を話した。」
「名前と年齢くらいです。」
「それだけか。」
「それだけです。」
長秀が少し笑った。
「随分と変わった者だと聞いたが。」
俺は黙った。
お雪。
何を言ったんだ。
「おぬし。」
長秀が続ける。
「どこの生まれじゃ。」
まただ。
「遠いところです。」
長秀の眉が少し動く。
「皆、それで納得するのか。」
「……あまり。」
「じゃろうな。」
横で新七が下を向いた。
笑ってる。
絶対笑ってる。
長秀は俺をしばらく見たあと。
新七へ視線を戻した。
「新七。」
「はっ。」
「明日、わしの仕事を手伝え。」
新七が顔を上げる。
「私が、でございますか。」
「そうじゃ。」
「承知いたしました。」
長秀が頷く。
「働きを見せてもらう。」
新七の顔が引き締まった。
俺も。
思わず新七を見る。
屋敷を出たあと。
しばらく。
新七は何も言わなかった。
「新七さん。」
「なんじゃ。」
「これ。」
俺は笑う。
「かなり大きい一歩じゃないですか。」
「まだ何もしておらん。」
「でも。」
俺は後ろを振り返る。
丹羽長秀の屋敷。
「信長様の重臣に、直接仕事を任された。」
新七も振り返った。
そして。
小さく息を吐く。
「そうじゃな。」
馬廻まで。
まだ遠い。
でも。
新七の名前は。
少しずつ。
上の人間に届き始めていた。




