09_三分
更新が遅くなって申し訳ありません。
書けるときはスゴイ勢いで書けるのですが、書けなくなったら何日も全く書けなくなるのです。
そのやる気スイッチをずっと探しているのですが、見つかりません。
だから、週刊方式にします。今後は、毎週月曜日の夕方五時に投稿しますので、引き続きよろしくお願いします。
三分
船は、朝のうちに着いていた。
外国の船である。鉄でできていて、煙突から煤の匂いがした。舷が高いので、岸から見上げる形になった。
埠頭には、三方から人が来ていた。
船の側の者。荷役の親方と、その下の人足。それから、荷を引き取って内陸へ運ぶ運送の連中である。
三方とも、互いに通じなかった。
船の側は、外国の言葉を使った。
荷役の親方と人足は、上海の言葉である。
運送の連中は、北から来ていた。北といっても、どこの北かは分からない。訛りがきつくて、上海の者には半分ほどしか通じなかった。
通じないまま、三方が同じ荷を挟んで立っていた。
白龍組は、その荷を受ける側についていた。
持ち主の代わりに立ち会って、数を確かめ、揉め事を止め、金の受け渡しを見る。それだけの仕事である。荷は担がない。担ぐのは人足の仕事だった。
カシラと、オヤッサンと、若い衆が四人。
オヤッサンが埠頭まで出てくることは、めったにない。この日は出てきていた。オヤッサンが埠頭まで出てくることは、めったにない。この日は出てきていた。
ホーに、どうしても見てほしいと言われたのだった。
埠頭へ着くまでの道で、カシラが段取りを話していた。
誰の荷か。どこの持ち主か。前に一度揉めた相手だから気をつけろ。金の受け渡しはこちらが立ち会う。
カイは、船の煙突を見ていた。
話が終わってから、顔を戻して訊いた。
「あれ、何を焚いとるんですか」
カシラは、煙突を見なかった。若い衆の方を向いて言った。
「こいつに段取りを聞かせても、無駄じゃ」
若い衆が二人、笑った。
カイは、また煙突の方を見た。
カイは、客の名を一つも覚えていない。誰にいくら渡したかも覚えていない。カシラが三度言っても入らなかった。
前の月には、届け先を一軒間違えた。その前は、集まりの刻限を忘れて、誰も来ていない場所に立っていた。
同じ頭で、銀の相場は朝の分も昼の分も、何日ぶんも入っている。
困っているのはカシラの方で、カイは困っていなかった。困っていないので、直そうともしなかった。
揉めているのは、時刻だった。
船は次の港へ出るので、今日じゅうに降ろしてしまいたい。
荷役は、人足の頭数と潮で動く。潮が引けば艀が着けられなくなるので、それまでにやれる分しかやれない。
運送の車は、まだ着いていなかった。着くのは夕方で、出るのは明朝である。降ろした荷を、それまでどこかに置いておかねばならない。
置けば置き賃がかかる。
誰が払うのかで、話が止まっていた。
カイが、三方に順に訊いた。
船の側には、外国の言葉で訊いた。片言である。単語を並べて、指で数を出し、時刻は日の位置を指して示した。何刻に出るのか。それまでに何箱降ろさねばならないのか。
相手は、指を四本立てた。
次に、荷役の親方に訊いた。こちらは上海の言葉である。潮はいつまで保つのか。人足は何人出せるのか。増やせるのか。増やすといくらか。
最後に、北の連中に訊いた。
これがいちばん時間がかかった。何度も訊き返し、向こうも訊き返した。車は何台か。一台に何箱積めるか。夕方の何刻に着くのか。着いたら今日のうちに一度積めるのか。
訊き返しながら、カイは笑っていた。
相手も笑った。
それから、順番を組み替えた。
降ろす箱には、二通りある。今日のうちに運び出せるものと、置いておくものである。
カイは、置いておくものを先に降ろさせた。
置き場所は、埠頭の脇にある荷役の小屋である。潮が引く前に、そこへ入る分だけを先に降ろす。小屋に入る分には、雨の心配がないので、筵も縄も要らない。手間が減る。
運び出す分は、後に回した。
車が夕方に着く。着いてから降ろせば、そのまま積める。二度触らずに済む。
人足は増やさなかった。増やせば頭数の銭がかかる。潮までにやれる分は、順番を変えれば足りた。
潮は、誰の落度でもない。
今日は引きが早いので、船が望むだけは降ろせない。できないものはできない。それを荷役の不手際にすれば、次から誰も引き受けなくなる。
潮で降ろしきれなかった分の置き賃は、船が持つ。この埠頭の、昔からのしきたりだった。
カイは、それを先に言った。
船の側は、渋らなかった。今日じゅうに降ろして出られるなら、そのほうが安い。次の港の刻限が決まっている。
運送は、置き賃を払わずに済む。その代わり、明朝に積む人足の代を持つ。荷役が朝に人を出す。
荷役は、今日の置き賃を船から受け取り、明日の人足代を運送から受け取る。小屋を空けるだけで、二つ入る。
カイは、それを三方に別々の言葉で説明した。
三方とも、納得した。
北の男が、何か長いことを言った。半分も分からなかったが、悪い調子ではなかった。カイは笑って、分からないところをもう一度訊いた。相手はもっとゆっくり言い直した。
外国の船の男が、指を四本立てて、それから親指を立てた。
荷役の親方は、何も言わずに人足を動かしはじめた。
降ろしが始まると、船から人が出てきた。
用があるわけではなかった。
賄いをやっている男が、何か揚げたものを紙に包んで持ってきて、カイの手に押しつけた。若い船乗りが、覚えたばかりの上海の言葉を試しに来た。発音が違っていたので、カイが直した。直したあとで、二人とも笑った。
年嵩の男が、前の航海の話をしに来た。長い話で、半分も分からなかったが、カイは最後まで聞いて、終わったところで何か言った。相手が声を出して笑った。
人足も、担いで通るたびに何か言っていった。
板の上から冗談を投げてきて、カイが投げ返す。返ってきたのが可笑しくて、担いだまま笑って、後ろがつかえて怒鳴られた。
北の運送屋の男とは、互いの訛りを真似し合っていた。
カシラとオヤッサンは、少し離れたところに立っていた。
止めるつもりで見ていた。
止める場面は来なかった。
降ろしが始まってしばらくして、運送の男が来た。
置き賃の半分を、いま払っておきたいのだという。
銀を出した。
北の銀だった。
上海では、そのままでは通らない。銀は枚数ではなく目方で数える。しかも純度が土地ごとに違う。上海には上海の基準があって、他所の銀を持ち込めば、その差の分だけ目減りする。
男は、それを承知していなかった。承知していないというより、いくら目減りするのかを知らなかった。
そこへ、船の側の使いが来た。
こちらは、受け取る方の話だった。
船が出る前に、荷役への支払いを済ませておきたい。ただし手元にあるのは外国の銀貨で、そのまま渡しても荷役は使えない。
英国の銀貨を、十枚出した。
円くて、縁に細かい刻みが入っている。日に当てると白く光った。
カイは、その銀貨を一枚取って、指で挟んで、爪で弾いた。
音を聞いた。
それから、掌に載せて、少し傾けた。傾けて、また戻した。
「本物か」と訊かれて、頷いた。
外国の銀貨は、枚数では通らない。
一枚にどれだけ銀が入っているかで見る。国ごとに違い、同じ国でも作られた年で違うことがある。だから、まず銀の目方に直す。
直したものを、次に上海の基準に換える。
換えたところで、今日の相場をかける。
相場は、銭荘が毎朝出す。昼にもう一度動くこともある。動けば額が変わる。今日のどの相場を使うかは、その場で決めなければならない。
そのうえで、北の銀の目減りを差し引く。
最後に、手間賃を乗せる。
カイは、片言で説明を始めた。
外国の言葉である。単語を並べ、指を折り、地面に線を引いて、数を示した。銀貨十枚を指して、それから重さの身振りをした。両手を天秤の形にして、片方を下げた。
北の男には、別の言葉で言った。あんたの銀はここが減る、と指で示した。
荷役の親方には、上海の言葉で、受け取るのはこれだけだと言った。
三方が、同じ場所を覗き込んでいた。
カシラが、算盤を出した。
オヤッサンは、紙を出して、筆を出した。
二人とも、客に見えない側に体を向けていた。監督である。間違いがあれば、その場で止めなければならない。止めるには、こちらでも数えていなければならなかった。
カシラが、枚数を置いた。
カイは、もう目方に直していた。
オヤッサンが、目方を書いた。
カイは、もう上海の基準に換えていた。
カシラの指が、珠の上で止まった。今日の相場をいくつで取るかを、決めかねていた。
カイは、朝の相場を使った。昼にはまだなっていなかった。
そこから、北の銀の目減りを引いた。
「両替の手間賃は三分だから」
と、カイは言った。
外国の言葉ではなかった。上海の言葉でもなかった。半分は身振りだった。三本の指を立てて、それから百を示す形を作って、下ろした。
そして、額を言った。
紙も使わなかった。算盤も触らなかった。
言い終わってから、カイは相手の顔を見た。
相手は、しばらく考えて、それから頷いた。
北の男が銀を出し、荷役の親方が受け取り、船の使いが銀貨を置いていった。
それで済んだ。
客が帰ってから、二人は最後まで計算した。
カシラが珠を弾いた。オヤッサンが筆を動かした。
途中で一度、オヤッサンが北の銀のことを訊いた。カシラが目減りの割合を言った。オヤッサンが書き直した。
合っていた。
顔を見合わせた。
何も言わなかった。
カイは、埠頭の縁に腰を下ろして、人足の運ぶのを見ていた。
自分が何をしたのかを、特別なこととは思っていなかった。
数えられるものが、そこにあっただけである。荷の数、人足の頭数、車の台数、潮の刻限、銀の目方、今日の相場。順に並べれば、答えは一つしかない。
並べる前に答えが出ることも、たまにあった。
そういうときは、あとから並べて確かめた。だいたい合っていた。
車が着いたのは、夕方より早かった。
六台あった。ちょうど艀が着けたところだった。
人足は、担いだまま車まで歩いた。地面に置かなかった。置いて、また持ち上げる手間がない。担いだ肩から、そのまま荷台へ載せる。載せ終わった車から順に脇へ寄った。
置き場は使わなかった。使う分は、朝のうちに入れてある。
小屋の分は、明日の朝に積む。
人足の頭数は、朝と同じだった。
カシラが、ホーのアニキを呼んだ。
あとは任せる、と言った。数と、置き賃の割りと、明朝の人足のことを短く伝えて、それだけで済ませた。ホーは頷いて、若い衆を二人連れて荷の方へ行った。
それから、カシラがカイを見た。
「来い」
役所へ行くのだった。
荷を受けたという届けを出す。それだけの用である。
届けは今日中でなくてもよかったが、明日は人が多い。空いているうちに出しておけば、待たずに済む。ついでに通しておく筋もあった。
埠頭から、歩いて半刻ほどだった。
役所の建物は、外から見ると静かだった。
中に入ると、机が並んでいた。
人が座って、書いていた。書いている者と、書いたものを運ぶ者と、運ばれたものを受け取って積む者がいた。積んだものを、また別の者が持っていく。
誰も荷に触っていない。全員が紙に触っていた。
カシラは、いちばん手前の机の男に用を言った。
書役の男だった。
三十くらいで、袖に墨がついていた。眼鏡はかけていなかったが、紙を見るときに顔を近づけた。
カシラが届けの中身を言い、男が書き取った。書き取るあいだ、カシラは黙って立っていた。
カイは、机の横に立って、その手元を見ていた。
書き終わったところで、カイが訊いた。顔は笑っている。
「これ、どこへ行くんですか」
男は顔を上げた。
それから、答えた。
この机で受けたものは、束にして奥へ回す。奥で写しを取って、原本は月ごとにまとめて綴じる。写しの方が県へ上がる。上がったものは県で綴じ直されて、そのまま置かれる。
「置かれたら、どうなるんです」
「置かれたままだ」
「捨てんのですか」
「捨てん」
カイは、そこから訊き続けた。
どこの生まれか。いつからこの役所にいるか。前は何をしていたか。字はどこで習ったか。役人が替わったとき、この机はどうなるのか。
最後の問いに、男は少し笑った。
替わるのは上だけである。机はそのままで、紙もそのままで、書いている者も替わらない。上が替わっても、綴じたものは残る。
「じゃあ、覚えとるのは紙ですか」
「そうだな」
男は、そう言った。
カイは、その意味を掴んでいなかった。
面白いから訊いていた。それだけである。役所の紙がどこへ行くかは、荷受には何の関係もない。
村の庭で腰掛けの上の人が筆を動かしたことも、去年、五年前の帳面が出てきたことも、いま自分が聞いた話と同じ一本の線の上にあることには、気がつかなかった。
繋げる理由がなかった。
あれは川上の村の話で、これは役所の話である。カイの中では、別の日の別の出来事として、別々に置かれていた。
帰り道で、カシラが試しに訊いた。
いまの男の名は何だ、と。
カイは、名前を言った。生まれた土地も、役所に入った年も、前の勤め先も、紙の回る順も言った。何も落としていなかった。
カシラは、しばらく黙って歩いた。
覚えられない男だと思っていた。
覚えられないのではなかった。何が入って何が入らないかが、決まっているのだった。
自分の目で見て、自分で訊いたものは入る。言うて聞かせただけのものは、入らない。
その日の仕事が終わったのは、日が落ちてからだった。
埠頭に戻ると、積み込みは終わっていた。ホーのアニキが荷車の上に座って、若い衆と何か喋っていた。
カシラは、そこで別れた。
湯屋までの道で、若い衆が話しかけた。
組の中の話だった。誰が上がるとか、誰が叱られたとか、そういう話である。
カイは、短く返した。それだけだった。
二町ほど、誰も何も言わずに歩いた。
脱いで、背中を流してもらっている若い衆が、カイの背を見て何か言った。
彫りかけだった。
右の肩から下へ、鱗が二列ほど入っている。頭はまだない。爪もない。輪郭だけが、腰の方まで薄く引いてあった。
彫師のところへ通いはじめて、まだ半年ほどである。金と痛みの都合で、少しずつしか進まない。
「どこまでいくんです」
「まだ決めとらん」
カイは、それだけ言った。
湯に浸かってから、カイは今日の船の話を始めた。
あの船は英国のものだと思われていたが、違うのだという。船に立っている旗と、持ち主の国と、乗っている連中の国が、それぞれ別だった。船乗りは方々から集まっていて、賄いをやっている男は、また別の国の者だった。船の上で使う言葉は、そのどれでもない、通じるだけの言葉である。
北の運送屋は、運河沿いの町の者だった。
あの町の者は、方々へ出て運送をやっている。同じ町の出だけで固まって、車も宿も同じ筋を使う。だから車が急に一台増えたり減ったりする。町ごと一つの商売のようになっているのだと言った。
南の荷役の親方は、海沿いの出だった。
人足も同じところから来ている。頭が同じ土地の者を呼び、呼ばれた者がまた呼ぶ。だから潮の読み方が揃っていて、指図が短くて済む。
「そんなもん、どこで聞くんです」
若い衆の一人が訊いた。
「訊いた」
「訊くんですか」
「訊かんと、分からんやろ」
カイは、湯の縁に頭を載せた。
訊けば、たいてい答える。答えないのは、答えると損をする話のときだけである。今日の話は、どれも損にならなかった。だから訊いた。
それから、また船の話に戻った。
旗の話が終わると持ち主の話になり、持ち主の話が終わると、次の港がどこかという話になった。次の港には、まだ行っていない。行っていないので、訊いてきたのだという。
若い衆は、途中から相槌を打たなくなった。
カイは、気づかずに喋っていた。
湯から先に上がりながら、若い衆の一人が、もう一人に小声で言った。
「無口な人やと思うとった」
「わしもや」
喋らないのではなかった。
喋る中身が決まっているのだった。仕事の話になると止まらない。訊かれてもいないことまで出てくる。組の中の話になると、途端に何も言わなくなる。
そういう人だったのだ、と若い衆は思った。
それきり、何も言わなかった。
湯に浸かっていると、オヤッサンが入ってきた。
若い衆が、順に湯から上がった。誰も何も言わなかった。上がるものだと決まっていた。
オヤッサンは、縁に腰を下ろして、片足だけ湯に入れた。
湯気の中で、耳の縁が潰れているのが見えた。手の関節は、どれも節くれ立って、薬指が最後まで伸びていなかった。肩から上腕にかけて、白い跡が何本かあった。
彫り物はなかった。
しばらく、どちらも喋らなかった。
湯が動く音だけがしていた。
「おまえ、学校に行け」
カイは、湯の中で顔を上げた。
オヤッサンは、こちらを見ていなかった。片足を湯に入れたまま、その足の方を見ていた。
その年の秋に、科挙が廃された。
千三百年続いた制度である。この国で人が上に行く道は、長いあいだそれ一本だった。田舎の村から出て、私塾で四書を読み、県で受け、府で受け、省で受け、都で受ける。通れば官になる。通らなければ、何にもならない。
通らなかった者が、国じゅうにいた。
それが、一枚の上諭で終わった。来年から試験は行わない、とだけ書いてあった。何十年も読んできた者も、これから読ませるつもりだった家も、その日で行き場を失った。
代わりに、学堂を立てるという。
新しい学堂で教えるのは、旧学ではなかった。
四書五経ではなく、算術、地理、格致、法政、外国語、それに兵学である。
問題は、教える者がいないことだった。
修めた者がこの国にほとんどいない。いないものは、外から借りるか、外へ出して習わせるしかない。西洋は遠く、金がかかる。近くて安いのは、東の海の向こうの小さい島国だった。
同じ字を使う。旅費が安い。三年ほど前から渡る者が増えはじめて、去年の戦のあとで一気に膨れた。小さい国が大きい国に勝ったので、あれを見習えばよいという話になったのである。
戦は、この国の北の端でやっていた。
東の島国と、最北の王国である。どちらもこの国の土地の上で撃ち合った。町が焼け、畑が踏まれ、そこに住んでいた者が逃げた。朝廷は、うちは関わりませんと言った。言うより他になかった。
二つとも、この国から取っていった側である。
最北の王国は、四十年ほど前に東北の海に面した一帯を、一発も撃たずに受け取っている。十年前には、東の島国がこの国から取った半島を、返してやれと言って返させた。返させておいて、そのすぐあとに、自分がそこを九十九年借りると言い出した。
東の島国は、それを覚えていた。
今度の戦は、その半島の取り合いだった。この国の土地の上で、この国に断りもなく、二つの国が撃ち合った。勝ったのは東の島国である。
勝って、半島を手に入れた。
この国が失ったものは、何も戻らなかった。
それでも、責める声は外へ向かわなかった。
取られたのは、取られる方が弱いからだ、という言い方をした。断りもなく戦をされたのは、断らせるだけの力がないからだ。誰も守ってくれないのは、守ってもらうような国でないからだ。
悪いのは、うちの国が弱いことだった。
だから、この国の若い者は、勝った方を見た。
小さい国が大きい国に勝った。あれを見習えばよい、という話になったのである。
数千の若者が海を渡った。
渡って、学堂を出れば、官になれた。
軍の学堂を出れば、将校になる。
科挙が消えた国で、上に行く道が、そこに一本だけ引き直されたことになる。
この国では、役人は三年で替わる。組は毎度、付け届けを一からやり直す。カシラが二年かけて積み上げたものが、人が替われば消える。
替わらないものを、組は持っていない。
学校というものを、カイは見たことがなかった。
六年前に申報を読んで聞かせてくれた男がいた。あれは学校ではない。字を教える塾なら、路地の奥にあるのを知っている。子供が十人ばかり座って、声を揃えて何か読んでいる。あれのことでもないらしかった。
行くか行かないかは、訊かれていなかった。
「どこのですか」
オヤッサンは、湯に入れた足を少し動かした。
それから、言った。
「ここじゃない」




