02_ショウショウ
ショウショウ
「おまえ、蒋か」
子供は首を縦に振った。
「カイです」
「うちに来るか」
オヤッサンと呼ばれた年寄りは、しゃがんだままそう言った。怖い顔をしていた。その顔をできるだけ優しくしようとしているのが分かったが、動いているのは眉のあたりだけで、あとはうまくいっていなかった。
子供は、戸口の方を見た。大家がそこに立って、帽子を胸に当ててこちらを見ていた。目が合った。
大家は、目をそらした。
九歳の子供は頷いた。
なぜ母が連れて行かれたのか、子供には分からなかった。
分かるはずもなかった。理由は、この路地から遠く離れたところで、二百年かけて出来上がったものだったからである。
二百年ほど前、この国は最北の王国との国境を決めたことがある。
森と川しかない土地で、どこまでがどちらのものかを線で決めた。文書を三つの言葉で作り、双方が判を押した。どちらが上でどちらが下ということはなかった。対等な取り決めである。
この国が外国と結んだもので、対等だったのは、あれが最後だった。
南の海の方は、違うやり方をしていた。
外国の船と商いをしてよい港は、一つだけと決めてある。広州である。
しかも、役所が直接相手をするのではない。免許を持った商人の組合があって、外国人はそこを通してしか売り買いできない。値も、量も、荷の中身も、組合が決める。外国人は町の中に住めない。決められた区画から出られない。冬になれば引き上げる。
この国の言い分は、単純だった。
外から来る者は、朝貢に来るのである。朝貢に来る者は、皇帝に拝礼する。拝礼して、土産を置いて、下賜を受けて帰る。それが手順であって、商いというのはそのついでに許してやっているものだった。
世界の中心はこの国であり、その頂点に皇帝が君臨するものと四千年の昔からそう決められており、それは揺るぎない常識だった。
ずっと、長いこと、そういうのが普通だったのである。
さて、百年ほど前に、遠い西の国が使節を寄越したことがある。
もっと多くの港を開けてほしい、と言いに来た。
途中で止まった。皇帝の前で膝を折って三度、頭を九度床につける作法があって、それをやるかどうかで揉めたのである。使節はやらなかった。
用件は通らなかった。皇帝の返書には、この国には要るものが全部あるので、外の品は要らない、と書いてあった。
外の国の側にも、困っていることがあった。
この国からは茶と絹と焼き物を買う。外国が売りたいものは、この国では売れない。だから、代金は銀で払うしかない。銀が一方へ流れ続ける。
流れを逆にするものが、一つ見つかった。
薬である。
植民地で作らせて、船で運んで、南の海岸で売る。禁じられている品なので、役人に銭を渡して通す。買う者は、一度買えばやめられない。
二十年ほどで、銀の流れが逆になった。
都から役人が下って、薬を全部取り上げて、海辺で焼いた。二十日ほどかけて焼いたという。
その翌年に、戦が始まった。
二年で終わった。
この国の水軍は、木の船に大砲を積んでいた。相手は鉄の船で、蒸気で動く。風がなくても走り、川をさかのぼった。海の上で戦うのではなく、川を上って都と南をつなぐ運河の口を押さえられて、それで終わった。
結末は、印を押した紙になった。
島を一つ渡す。港を五つ開ける。賠償として銀を払う。商人の組合は廃止して、外国人は誰とでも直接商いをしてよい。
開けた五つの港のうちの一つが、上海である。
その翌年に、付け足しがあった。
外国人がこの国で罪を犯しても、この国の役所は裁けない。その者の国の領事が裁く。
関税は、この国が勝手に決められない。相手と相談して決める。
そして、どこか一国に何かを許したら、同じものが自動的に他の国にも与えられる。
この三つの方が、島や賠償よりも長く効いた。
十数年後に、二度目の戦があった。
きっかけは、船の旗である。
この国の役人が、外国の旗を掲げた船を臨検した。旗の登録は切れていた。それでも、旗を侮辱されたと言って、戦になった。
今度は、都まで来られた。
皇帝は北へ逃げた。郊外にあった庭園が焼かれた。何代もかけて造ったもので、火は数日消えなかったという。
結末は、また紙になった。
各国の公使が都に住む。外国人はこの国のどこへでも旅ができる。宣教師はどこででも布教してよい。港がさらに増える。もう一つ土地が渡る。賠償が増える。
そして、あの薬の売り買いが、正式に認められた。
対等な立場にあった最北の王国は、その戦に加わっていない。
仲裁に立った。両方のあいだに入って、話をまとめてやる、という立場である。
まとめた礼として、広い土地を受け取った。
大きな川の北側を一度、その数年後に、半島の向こう側の、東北の海に面した一帯をもう一度。合わせると、この国が二度の戦で南に取られた分より、はるかに広い。
最北の王国は、一発も撃っていない。対等な立場とは、いえなくなった。
同じころ、この国の中で内乱が起きていた。
この国の皇帝の祖先はもっと北の地域のものであり、この国で大多数を占めている国民は不当に支配されている、という言い分だった。
南から起こって、大きな川の流域を十四年おさえた。都を一つ置いて、独自の暦と役所を持った。死んだ者の数は、誰にも数えられていない。
外国は、途中からこの国の側についた。
自分たちが条約を結んだ相手はこの国である。国が倒れれば、せっかく都合の良いことが書いてある紙が全部無効になるかもしれない。だから勝ってもらわねばならなかった。
外国人が指揮する部隊が作られて、上海の周りを守った。
助けられた側には、借りが残る。
内乱が収まってから、この国は西洋の道具を入れることにした。
鉄の船を買う。大砲を買う。造船所と兵器廠を建てる。西洋の本を訳す館を作る。留学生を出す。
三十年ほど続けた。北の海の艦隊は、東洋で一番と言われるまでになった。
そのあいだに、周りが剥がれていった。
南の海の島が、隣国に取られた。
南の属国が、西の国のものになった。そのときも戦をして、陸では勝っていたのに、和議で宗主の立場を手放した。
その西の属国も、別の国が併合した。
どれも、この国に朝貢していた国である。朝貢していたということは、この国の側から見れば、内側の話だった。相手の側から見れば、そうではなかった。
二十年ほど前に、東の島国と戦になった。
この島国は、以前はこの国に朝貢していた属国である。
外国人は髪も肌の色も違い、言葉も文字も違う。だから何をしても不思議はない、とこの国では考えられていた。
島国は違った。言葉は違うが、髪も肌の色も同じで、同じ文字を使う。この国の書物を読み、この国の作法を学んだ国である。外の野蛮な者どもとは違う、話の通じる仲間だと、この国は思っていた。
その島国が、遠い西の国の真似をはじめた。制度を替え、軍を替え、服を替えた。そして西の国がこの国にやったのと同じことを、この国に対してやるようになった。
仲間に、外側から殴られた。
この国が受けた傷の中で、これがいちばん深く残った。
戦の元は、二つの国のあいだにある半島だった。
その半島の国は、古くからこの国に朝貢していた。この国から見れば、内側である。守ってやるかわりに、上下があるという関係だった。
東の島国から見れば、そうではなかった。
半島は、島国のすぐ向かいにある。あそこを大きな国に押さえられれば、そこから海を渡って来られる。島国は五十年ほど前に、西の国の船に開けさせられている。守るには、向かいを他国のものにしないことだ、と考えた。
この国から見れば、それは内側を取りに来る話だった。半島を失えば、次はこちらの陸である。取られる前に押さえておかねばならない。
どちらも、攻めるためではなく、守るために動いた。
守ろうとしたものが、同じ土地だった。
半年で負けた。東洋一と言われた北の海の艦隊は、港に閉じ込められて、そこで終わった。
結末は、いままででいちばん重かった。
半島の国は独立とする。島を二つ渡す。北の半島を渡す。賠償として銀を二億両。
東洋一と言われた、巨大な戦艦も渡した。
紙に判を押して六日後に、遠い西の二つと、最北の王国が連名で島国に言った。
北の半島だけは、返してやってくれ。
最北の王国には、凍らない港がなかった。冬になると自分の港が氷に閉ざされて、船が出せない。あの半島の先は凍らない。そこを東の島国に押さえられると、冬のあいだ海へ出る口がなくなる。
こちらも、守るための話だった。
欲しがった土地は、どちらのものでもなかった。
東の隣国は、返した。返す代わりに、金をもう少しもらった。
何年もしないうちに、最北の王国がこの国へ恩着せがましくし、その半島を租借した。
その後、島国は最北の王国との戦になるが、それは別の話。
ともかく、この国は、勝った側にも負けた側にも金を払った。
賠償は、税だけでは払えない。
だから、外国の銀行から借りた。借りるには担保が要る。担保に出したのは、港で取る関税である。
その関税は、もともと相手と相談してしか決められない。しかも、取り立てる役所の長は外国人だった。
自分の国の税を、外国人が集めて、外国の銀行に渡して、残りが役所に入る。
払うあては、この国の中にはなかった。
省に割り当てられ、府に割り当てられ、県に割り当てられる。県は今ある税に足し、足りなければ名目を新しく作る。作った分は請負に出される。
どこにも、間違った判断をした者はいない。朝廷は国を保つために借り、省は責めを負わぬために割り当て、県は額を満たすために名目を作り、業者は取り分を出すために多めに量り、役人は生きて帰るために片目で立ち会う。
誰もが、自分にできることを、できるだけ賢く選んでいる。
選べる立場にない者が、一人だけいる。
枡に米を入れられる側である。
取り立てには人手が要る。だが国にはもう金がなく、役人は増やせない。
それでも、割り当てられた額は納めなければならない。そこで役人は、地元の業者に請け負わせることにした。請け負った側は、取り立てた分から自分の取り分を抜く。
枡の前に立つ役人は、一人である。枡を持つ側は、人数を揃えて、得物を持っている。
役人は、両目を開けているわけにはいかない。開けていれば、見たと言わねばならない。言えば、その場で何人に囲まれるかが分からない。村の外れの道は暗く、県城までは遠い。役人が一人、道で行き方知れずになったとしても、誰が何をしたのかは分からずじまいになる。
仮に無事に帰れたとしても、書けば業者が退く。退かれれば、その年の額が納まらない。納まらなければ、責めを負うのは役人である。
だから、片目で立ち会う。
すぐあとに、港の貸し借りが始まった。
宣教師が二人殺されたことを口実に、一つの国が湾を占めた。取ったのではない。九十九年借りる、という形にした。
それを見て、他の国も同じことをした。北の国が半島の先を、西の国が別の湾を、もう一つの国が向かいの港を。それぞれ、二十五年、九十九年、九十九年である。
借りたところには、鉄道を敷く権利と、鉱山を掘る権利がついた。
誰も、もうこの国の土地を取らなかった。
取ったのは、港と、線路と、鉱山と、裁く権利と、関税を決める権利である。
国は残っている。皇帝もいる。役所もある。県令は三年で替わり、帳面は残り、枡は官の枡のままである。
中身だけが、少しずつ抜けていった。
こういう話は、路地には届かない。
届かないが、米の値には出る。冬に何を食うかにも出る。食えなければ、娘を売る。
九歳の子供の耳には、何も届いていなかった。
外はもう暗くなっていた。男たちが荷を担いで先に出て、提灯が二つ、路地の先で揺れていた。紙に描かれた白い龍が火の色で下から照らされて、動いているように見えた。子供はそのあとをついて歩いた。
誰も何も言わなかった。
路地は狭く、両側の家の戸は閉まっていた。溝の匂いがした。どこかで赤ん坊が泣いて、すぐにやんだ。足音だけが続き、前を行く男の踵が、提灯の明かりの端に入ったり出たりしていた。
途中で一度、道が広くなった。子供は顔を上げた。
屋根の向こうが明るかった。白っぽい明かりで、路地の提灯とは色が違っていた。空の低いところだけが、そこだけぼんやりと浮いている。子供はそっちを見ながら歩いたが、そのうち明かりは屋根に隠れて見えなくなった。進んでいるのは、逆の方だった。
事務所は、路地を三つ曲がった先にあった。
土間が広く、子供の家がまるごと入りそうだった。奥に板の間があって、そこに七、八人いた。飯を食っている者、寝ている者、何かを数えている者。誰も顔を上げなかった。壁には額が掛かっていて、白い龍が描いてあった。提灯の絵と同じ形だが、こちらはずっと大きく、爪が五本あった。
子供は荷を探した。箪笥も、鍋も、母の櫃も、土間にも板の間にも外の路地にも見えなかった。担いでいた男たちは、いつのまにか手ぶらになっている。どこへ行ったのかは分からなかったし、子供は訊かなかった。
寝るところは、板の間のいちばん端だった。ムシロが一枚と、その上に古い綿入れが置いてある。誰のものかは分からない。壁との間に隙間があって、そこから風が来た。火鉢は部屋の真ん中にあり、男たちはその周りで手を炙りながら喋っていた。輪は詰まっていて、隙間はなかった。
飯が出た。碗に山盛りで、湯気が立っていた。誰も何も言わずに置いていった。子供は全部食べた。誰も母の話をしなかったし、父の話もしなかった。可哀想だとも、大変だったなとも、誰も言わなかった。碗を洗って返しに行くと、洗い場の男が顎で棚を示した。そこに置け、という意味だった。
板の間の奥は、一段高くなっていた。
そこに棚があって、髭の長い赤ら顔の男の像が置いてあった。前に小さな香炉があり、細い煙が上がっている。
像の顔は赤く、長い髭が胸まであった。左手で髭を握り、右手は膝に置いている。膝の横に、長い柄の刀が立てかけてあった。
男たちは、そこを通るとき必ず一度だけ頭を下げた。飯の前に下げる者もいた。表へ出るときに下げる者もいた。子供は名を知らなかったが、この家でいちばん偉いのがオヤッサンではないことは、それで分かった。
その晩、カシラが子供を呼んだ。
「持っとるもんを出せ」
子供は懐から鏡を出した。取り上げられるのだと思ったが、そうではなかった。カシラは鏡を受け取って、明かりに近づけて、裏を返して、しばらく見た。それから板の間の上がり口で、粗い木綿の袋にそれを入れた。袋は誰かが縫ったもので、口に紐が通してあり、縫い目が曲がっていた。
カシラはそれを、棚の端に置いた。
それから帳面を出して、開いて、筆で一行書きつけた。
子供は横から見ていた。字が並んだ。読めなかった。
「預かりもんだ。取るときは言え」
カシラはそう言って、帳面を閉じた。
誰も触らないのだ、とあとで分かった。この家では、そういうものには手を出さないことになっていた。棚に置いてあるものは、なおさらだった。
その日から、線香を上げるのも子供の仕事になった。朝と晩に一度ずつ、竈の火とは別に、そちらの火も絶やさないようにするのだった。棚の端には、いつも袋があった。
その晩のうちに、キビという少年が子供の世話係についた。
十六だと言った。背が高く、痩せていて、笑うと歯が大きい。カシラに呼ばれて子供の世話を言いつけられたとき、露骨に嫌そうな顔をしたのを、子供は見ていた。
それでもキビは、その場で子供を土間へ連れて行った。
「まず、火だ」
竈の焚き口を開けて、灰のかき出し方を教えた。熾った炭をどう寄せるか、上に何を載せるか、朝いちばんにどうやって熾すか。それから火鉢の炭のつぎ方と、運び方。持つのは縁ではなく下だ、灰がこぼれるから傾けるな、と言った。
「これができんやつは、うちにおれん」
脅しではなく、事実を言っているだけの口調だった。
子供はその晩、火の番をした。眠っては起き、起きては炭を足した。誰も見ていなかったが、朝まで火は落ちなかった。
「ショウショウの兄弟、落とさんかったか」
「カイです」
キビは、しばらく黙っていた。
「わしは三日、落とした」
次の日は、洗い場と碗だった。
人数ぶんの碗を洗って、拭いて、棚に積む。落とせば割れる。割れば怒られる。それだけの仕事だったが、朝と昼と晩に三度ある。指が冷たい水でふやけて、皮が白くなった。
碗を運んでいると、腕に彫りかけの墨がある若い男が呼んだ。
「おい、ショウショウの、そっちの盆持ってこい」
奥へ茶を運ぶところで、手が足りないのだった。
子供は盆を持ち上げてから、言った。
「カイです」
男は少し笑った。
「おう。カイな。早よせえ」
次の日、その男はまたショウショウと呼んだ。
誰もが、そう呼んだ。
子供は、その男の名で呼ばれるのが嫌だった。
悪気はなく、むしろ逆だった。蒋の倅だ、と言うとき、男たちの声は少し高くなった。あの人には世話になった、と誰かが言った。蒋のアニキがおったらな、と言う者もいた。
話の中の父は、いつも立派だった。
子供の知っている父ではなかった。子供の父は、帰ってこない男だった。帰ってくると、母が泣く男だった。夜中に目を覚ますと、母が背中を向けて肩を動かしていることが何度もあり、朝には何もなかったような顔をしていた。父の顔は、あまりよく思い出せなかった。思い出せるのは、母の背中の方だった。
そして、あの日も家にいなかった。
だから子供は、ショウショウと呼ばれるたびに、カイです、と言った。おう、カイな、と返ってきて、次の日にはまたショウショウに戻っていた。誰も直す気がなかったわけではなく、ただ、そう呼ぶ方が自然だったのだ。
仕事は、少しずつ外へ出ていった。
碗の次は、事務所の中の使いだった。奥へ茶を持っていく。二階へ人を呼びに行く。火鉢をあちらへ運ぶ。距離が短く、間違えても誰かが見ている。
それができるようになると、近所への使いになった。最初は手ぶらで、呼んでこい、伝えてこいという用ばかりだった。相手はたいてい組と付き合いのある店で、子供が行くと、ああ白龍のとこの、と言って奥へ声をかけてくれた。そのうち、軽いものを持たされるようになった。
水くみを言いつけられたのは、それからしばらく経ってからだった。
水場は、路地を二つ抜けた先にあった。日に四度。往復の道は決まっていて、他に道はなかった。
桶は、空でも重かった。水を入れると、持ち上げるのに腰を使わなければならなかった。最初の何日かは、事務所に着くまでに半分になっていた。
「速く歩くとこぼれる」
キビが横について歩きながら言った。
「同じ調子で歩け。足と息を合わせろ」
水は、揺れると勝手に大きく揺れる。抑えようとすると余計に揺れる。歩幅と息を一定にして、同じ速さで進むと、そのうち揺れが止まる。子供がそれを覚えるのに、何日もかかった。覚えてしまうと、こぼさなくなった。
湯屋には、月に何度か連れて行かれた。
男たちは半日いた。湯に浸かって、背中を流させて、耳を掃除させて、茶を飲んで、寝る。話は湯の中でついた。子供は着替えを抱えて隅にいて、呼ばれれば手拭いを取りに行った。
そこで初めて、男たちの裸を見た。
カシラの背中には白い筋が何本もあって、古いものと、そうでないものがあった。ホーのアニキの引き攣れは、顎から首を通って肩の裏まで続いていた。若い衆の体はどこもきれいで、まだ何もなかった。この家では、傷が位のようだった。
オヤッサンの体も見た。手だけではなかった。肩に、脇腹に、腿に、いくつも跡があった。縫った跡、抉れた跡、焼けた跡。皮は柔らかそうなのに、その下が全部壊れていた。
湯気の向こうで、誰かが背中に絵を背負っていた。肩から腰まで色の入ったものが一面にあって、濡れて光っていた。誰の背中かは分からなかった。子供はしばらくそれを見ていた。
湯から上がった男たちの背中を、子供は順に見た。誰の体にも、どこかに何かがあった。
事務所には、帳面があった。
黒い表紙で、紐で綴じてある。カシラがそれを開くと、男たちは静かになった。ページには字が並んでいて、名前と、数字と、日付らしいものが縦に続いていた。誰がいくら借りていて、いつ返すのか、それが書いてあるのだと、そのうちに分かった。路地の何十軒ぶんの暮らしが、あの一冊で決まっていた。
子供は、一字も読めなかった。見るたびに読めなかった。
あの中に、父の名も書いてあるはずだった。その横に、数字も並んでいるはずだった。
子供は、どちらも読めなかった。
水くみに慣れた頃から、悪ガキどもが待つようになった。
隣の組の使い走りの子供たちで、前から知っている顔もあった。以前は、通ると囃した。お前の母ちゃん、きれいでいいなあ、と言った。腹は立ったが、殴りかかって、殴り返されて、それで終わりだった。
いまは違った。
止める者がいなくなっていた。子供の家には、もう誰もいない。父もいない、母もいない。遠慮する理由が、向こうから一つもなくなっていた。
「おい、ショウショウ」
連中も、そう呼んだ。組の男たちと同じ呼び方だったが、声の出し方が違った。
子供は黙って歩いた。両手が塞がっていた。ここで桶を置けば、水はこぼれ、汲み直しになり、遅れた理由を訊かれる。歯を食いしばって、歩幅と息を合わせて、こぼさずに帰った。
次の日も、その次の日も、そうした。
五日目だったか、六日目だったか、覚えていない。
「お前の母ちゃん、川上で——」
子供は桶を置いた。
置いた時点で、負けだった。水はひっくり返り、路地の石が黒く濡れた。子供は走って、いちばん近い一人に飛びかかった。そいつは倒れた。
それだけだった。
あとの四人が上から来た。押さえつけられ、蹴られ、髪を掴まれた。細い辮は掴みやすかった。引かれて顔が上がったところに、拳が来た。連中はしばらくやってから、飽きて行った。
子供は石の上に転がっていた。空が見えた。まだ明るかった。
起き上がって、桶を拾った。壊れてはいなかった。水はなかった。もう一度水場へ行って、汲んで、帰った。歩幅と息を合わせて、こぼさずに帰った。それだけは、こぼさなかった。
事務所に着くと、キビが土間に立っていた。子供の顔を見て、それから桶を見た。
「濡れとるな」
子供は答えなかった。
カシラが奥から出てきた。子供の顔を見て、桶を見て、それからキビを見た。
「キビ」
「へえ」
「そこへ座れ」
キビは土間に膝をついた。
子供は、自分が殴られるのだと思っていた。だから前に出ようとした。誰かが肩を掴んで、下がらせた。
カシラは、キビを殴った。太い指の、先の欠けた手だった。音が土間に響いた。二度、三度と続いた。キビは声を出さず、手も上げなかった。
「誰の倅だと思うとる」
カシラはそれだけ言って、奥へ引っ込んだ。
子供は見ていた。
殴られている方が、まだ楽だと思った。
その晩、飯はいつもと同じだった。誰も何も言わなかった。キビは頬を腫らして、若い衆の輪の中で普通に飯を食っていた。子供の方は見なかった。
子供はムシロの上で膝を抱えて座っていた。顔が痛かった。腫れてきていた。誰も見に来なかった。
板の間の奥で、線香が細く煙を上げていた。その横に、袋があった。
子供はそっちを見ていた。
取るときは言え、と言われている。だから言わなかった。




