14_評語
秋になると、道場でカイを止められる者はいなくなった。
剣も、銃剣も、柔術も、同じである。
規則を覚えたからだった。覚えてしまえば、あとは早い。相手がどこへ来るかは見れば分かるし、見えたものへ入るのは、九つのときからやっていることだった。
入り方だけを、規則に合わせて作り直した。
声も、出すようになった。
なぜ出さねばならないのかは、いまも分からない。分からないまま出している。要件だからである。
出してみると、一つだけ分かったことがあった。
声を出すと、迷いが消える。
出すと決めてから声が出るのではなく、声を出すと体が出る。順序が逆だった。あれは審判に知らせるためのものだと聞いていたが、それだけではないらしかった。
そのことは、誰にも言わなかった。
上級生が相手をするようになり、そのうち教官が相手をするようになった。
教官には、まだ負ける。
負けるが、負け方が変わった。何が足りなかったのかが、終わってから分かるようになった。
分かれば、直せる。
銃剣だけが、直せなかった。
リンには、当たらない。
肩は、直してある。
入る前に右の肩が落ちる癖を、夏のあいだに潰した。落とすことで力を溜めていたので、腰から出すやり方に変えた。ひと月かかった。
直ってから、また当たらなかった。
点は、取れるようになった。
試合の形では、カイが勝つ。声を出し、姿勢を崩さず、構えを戻す。旗は上がる。
上がるのに、狙ったところではない。
当てにいった一本が入らず、別のところが入る。入ってしまう、という感じに近かった。
カイは、訊いた。
リンは、面を外して、汗を拭きながら、丁寧に説明した。訊いたことに、全部答えた。
「肩は直ったよ。今度は、息だ」
入る前に、息を止めているのだという。
止めてから出る。止めた瞬間に胸が上がるので、そこで分かる。
カイは、自分では気づいていなかった。
直した。
直すのに、また時間がかかった。息を止めずに出るには、出る前の間の取り方を変えなければならない。行進で覚えたことが、少し役に立った。
直ってから、また当たらなかった。
訊いた。
「今度は、目だ」
入ると決めた瞬間に、狙うところを一度見るのだという。見てから出る。ほんの一瞬である。
直した。
直すたびに、強くなった。
教官相手の負け方が変わった。剣でも柔術でも、勝ち方が楽になった。
リンにだけ、当たらない。
リンは、強くならなかった。
力は、相変わらずカイより弱い。速さもカイの方が上である。試合をすれば、点はカイが取る。
それでも、狙って当てられない。
カイは、リンの癖を探した。
同じことをすればいいのである。よく見て、出る前の何かを見つけて、そこを突く。カイは、人を読むのが仕事だった。
三月ほど、見た。
見つからなかった。
肩も、息も、目も、動かない。
構えたまま、待っている。こちらが入ると決めるまで、何もしない。決めた瞬間に、半歩外れている。
外れてから、また待つ。
リンは、勝とうとしていないのだった。
勝とうとしていないので、出るところがない。出なければ、癖も出ない。
カイは、それを一度だけ言ってみた。
あんたは、勝ちにこないな、と。
リンは、笑った。
「勝たなくていいんだよ」
それだけだった。
カイは、教わったことを全部直した。
直したぶんだけ、強くなった。
教えたのは、リンである。
言葉は、町で覚えた。
教室でやるのは、決まった言い方ばかりである。物の名と、文の形と、丁寧な言い回し。
それだけでは、日本人どうしで喋っている連中の言っていることは分からない。
だから、通りへ出た。
店の者と喋った。荷を運んでいる者と喋った。屋台の親父と喋った。相手が使う言葉をそのまま返して、違えば直された。直されれば、二度目はない。
寮に戻ると、トキがいる。
この男は、放っておいても喋る。喋りかけてくる。相手をしていれば、それが稽古になった。
訛りが、抜けなかった。
最初に言ったのは、トキである。
「あんた、そこが違う」
真似をされた。
上海の言葉の癖が、日本語の中に残っているのだという。音の上がり下がりが、ところどころ引っかかる。言われるまで、自分では分からなかった。
トキは面白がって、何度も真似した。
カイは、直すことにした。
放っておいてもよかった。通じているからである。
通じてはいるが、喋った瞬間に出どころが分かる。出どころが分かると、相手が構えを変える。何を言うかより先に、どこの誰かで扱いが決まってしまう。
それでは仕事にならない。
トキに、どこが違うのかを訊いた。
真似をしろ、と言うと、面白がって何度でもやった。この男は頼まなくても真似をする男である。頼めば、いくらでもやった。
カイは、それを聞いて、口の形を見た。
舌の位置と、息の出し方が違うのだった。同じ音のつもりで出していて、出ているものが違う。
見て、比べて、直した。
習字と同じやり方である。
冬までに、抜けた。
通りで警官と話していて、途中で相手が顔を上げたことがある。
どこの出だ、と訊かれた。
支那です、と答えると、驚いた顔をした。それまで、そうとは思っていなかったのである。
カイは、それを何とも思わなかった。
町に、女ができた。
この国の女は、あまり露骨に男に寄っていかない。人前では距離を取るし、連れ立って歩くにも一歩下がる。
カイの周りだけは、そうならなかった。
休みの日に町へ出ると、いつのまにか横に女が歩いている。次の休みには、別の誰かが歩いている。店の前で待っていることもあった。寮まで迎えに来る女もいた。
字は、二通りで書いた。
鉛筆は速い。紙に残る。消せる。教室ではこれを使う。
筆は、別の科目だった。
習字がある。
水筆の稽古は、船でやっている。
碗の海水で、一度浸せば三画か四画で切れる。切れる前にどこまで引けるかを考えて、引く順を決めた。
ここでは、井戸がある。
いくらでも汲める。
それでも、書ける数を自分で決めた。決めておかないと、いつまでも書いてしまうからである。
乾けば、消える。
消えるので、何度でも書ける。
紙に書けば残るが、残ると惜しくなる。惜しくなると、直せなくなる。
四書五経は、読まされた。
教師が板書して、読み下して、意味を言う。次の時限までに覚えてこいと言われる。
カイは、一度読めば、入った。
昔からそうだった。荷札の字も、相場の紙も、船の札も、一度見れば入る。人の名前は入らないが、あれは会っていないからである。
入るものと、入らないものがあった。
興味のあるものは、入る。
四書は、入った。
中身に興味を持ったからではない。よくできているからだった。
言葉が短い。短いのに、順序が決まっている。並べ替えると意味が変わる。荷の順番と同じだと思った。
思ってから、全部入った。
作文があった。
題を出されて、その場で書く。
カイは、覚えたものを出した。
この題ならこれが合う、という組み合わせを頭の中から拾って、あいだを繋ぐ。自分の言葉は、繋ぎのところにしか使わない。
教師が、感心した。
当時は、それが正しかった。
自分の言葉で素朴に書いたものより、典拠のある一句が入っている方が点になる。どこかで見たような文の方が、よく書けていると言われた。
カイは、意味を分かって引いているわけではなかった。
この場面にはこれが合う、という組み合わせを覚えているだけである。合うかどうかは、見れば分かった。
ソウの方が、上手かった。
量が違うのである。
あの男は、子供のうちから私塾で読まされている。十年やっている。カイは一年である。
引ける手札の数が、そもそも違った。
それだけの話だった。
同じことをしても、返ってくるものが違った。
カイが通りで揉め事を収めると、話が学校に入ってくる。あの支那の学生がまた何かやったらしい、という形になる。
ソウが同じことをすれば、学校に話は来ない。
来る前に、誰かが処理している。
成績が同じでも、扱いが違った。
ソウが上位なのは、当たり前のこととして扱われた。
カイが上位なのは、意外なこととして扱われた。よくやっている、と言われた。褒められているのに、褒め方に前置きがついている。
呼び方も違った。
教師がソウを呼ぶときだけ、言い方が変わる。迎えの者も、そうだった。誰も、そうしろと決めたわけではない。
寮則も、かからなかった。
辮を編んだまま、一年、同じ教室に座っていた。
カイは、それを不公平だとは思わなかった。
思う言葉を、持っていなかった。
上海でも、同じだった。役人は腰掛けから立たない。組は縄をかける。村は米を出す。それぞれの場所が最初から決まっていて、誰も自分の場所を選んでいない。
世の中は、そういう形をしている。
腹を立てたのは、トキだった。
ソウのいないところで、言い出した。
「おかしくないか」
カイの方が全部できるのに、と言った。それなのに、あっちが上に行くのはおかしい、と言った。
カイは、答えなかった。
答えないので、トキがもっと喋った。声が大きくなった。
ヤナが止めた。
リンは、黙って聞いていた。
何も言わなかった。
道場では、カイが勝つ。
算は、カイの方が速い。
英語は、比べるまでもない。
日本語は、半年で追いついた。
四書は、量で負ける。ただ、あと一年やれば追いつくのが自分でも分かった。
それでも、ソウが上にいた。
図書室に、英語の本があった。
部屋の隅である。
誰も読まない。埃がかぶっている。教師が使うものでもないらしく、棚の一段が、そこだけ手つかずになっていた。
秋になって、カイはそこへ行くようになった。
道場では、もう誰も止められない。日本語も、訛りまで潰した。夕方に時間が余るようになったのである。
カイは、一冊取った。
開いた。
読めた。
意味は分からない。それでも音は出る。二十六の字を知っているからである。
図が、多かった。
船の本だった。
断面が描いてある。罐が並んでいて、管が通っていて、上に甲板がある。数字が振ってあって、その数字が横の表に並んでいる。
カイは、それを見た。
船で見たものが、そこに描いてあった。
梯子を三つ降りた先の、あの四台である。焚いているのは一台だけだった。帆で走っているあいだは、明かりと、水を送る分と、厨房の分しか要らない。
図の下に、数字が並んでいる。
その数字が何を意味するかは、しばらく見ていて分かった。
石炭の量と、日数と、速さである。
速さを上げると、量が増える。増え方は、まっすぐではない。表を見ると、途中から急に増えていた。
だから船は、いちばん速くは走らない。
船の上で数えたことが、そのまま書いてあった。
罐は、四つあった。
港を出るまでと、風のない日は、四つとも目いっぱい焚く。
このときに焚くのは、塊の石炭である。拳ほどの大きさに割ってある。
火床は、鉄の棒を並べた簀の子になっていて、下から風が吸い上がる。
塊なら、石炭と石炭のあいだに隙間ができる。そこを風が通る。
風が通るから、よく燃える。よく燃えるから、湯が沸き、汽が出て、車が回る。
塊は、高い。
沖に出て、風をつかまえたら、帆を張る。
帆が引いているあいだ、罐は走るための力を出さなくていい。
汽を切らさない程度に、細く焚いておけばいい。
そのときに焚くのが、粉である。
篩いにかけて、塊を取ったあとに残った屑だった。
値は、塊の半分である。
燃えるが、火力は出ない。
沖の切り替えは、甲板からは分からない。
帆が上がる。それだけである。
下では、焚く物が替わっている。
カイは、数で覚えた。
罐が四つ。塊がいくら、粉がその半分。塊で出る速さと、粉で持たせる汽。
風が吹けば、塊が粉に替わる。替わった分だけ、どこかで金が浮く。
浮いた分は、炉の前にはいかない。
炉の前の男は、風が吹こうが吹くまいが、同じだけ汗をかいている。
風が吹いたら、焚く物が替わったことだけ分かる。
替えろと言ったのは、この船にいない人間である。
カイは、続きを読んだ。
図で見当がつく。見当がついたところに、言葉が並んでいる。並んでいる言葉のうち、何度も出てくるものから順に、意味の見当がつく。
分からないものは、飛ばした。
飛ばしても、話は続いた。
荷札と、同じやり方である。
毎日見て、直されて、一つずつ覚えた。あれを、本でやっているだけだった。
海図の話も、出てきた。
船の当直の男が、面倒くさそうな顔をして太陽を指した。あれの意味が、書いてあった。
太陽の高さを測る。測るための道具の図が、そこにある。時刻と、高さと、表がいる。表と突き合わせると、緯度が出る。
経度は、時刻で出す。港を出たときの時刻を持ったまま走って、いまの太陽の位置と比べる。ずれた分が、進んだ分になる。
だから、時計が要る。
カイは、その頁を三度読んだ。
別の棚に、同じ本があった。
日本語のものである。
表紙の絵が同じで、厚みも同じだった。開くと、図が同じところに同じように入っている。章の切れ目も同じである。
訳したものだった。
ただ、本の右左が逆になっていた。
さらにもう一冊、同じものがあった。
こちらは、支那の国の字で書いてある。
上海で訳されたものだった。奥に、訳した館の名が入っていた。西洋の本を漢字に直して出しているところで、船と、機関と、算のものが多い。
三冊を、並べた。
図が同じ位置にある。数字が同じところに入っている。章の切れ目まで同じである。
だから、同じ場所に同じ言葉が来る。
こちらは読める。あちらも読める。
真ん中の一冊だけが、音しか出ない。
並べれば、埋まった。
この語は、日本語ではこう言い、英語の字ではこう書く。それが同じ場所に並んでいるのだから、間に挟まっている音が何を指しているのかは、見れば分かる。
一つずつ辞書を引くのとは、速さが違った。
辞書は、引く語を先に決めなければならない。決めるには、その語がどこにあるかを知っていなければならない。知らないから引くのに、知らないと引けない。
三冊並べれば、そこが要らない。
場所で決まる。
ひと月で、読み終えた。
音だけではなく、意味が入った。
同じ棚に、似た本がもう三冊あった。
同じ主題である。船と、罐と、海図の本だった。
開くと、図がほとんど同じだった。断面の描き方も、数字の振り方も、表の形も、ほとんど同じである。
言葉だけが、違った。仏蘭西、独逸、阿蘭陀語の本である。
字は、同じ二十六である。
同じ字を使っているのに、音が合わない。音は、埠頭で聞いたことがあった。この本ではこう読む字が、あちらの本では別の音になる。
カイは、四冊を机に並べた。
同じ図の、同じところを指している言葉を、突き合わせた。
罐。管。帆。甲板。石炭。太陽。時刻。
同じ物を指しているので、並べれば見える。
ずれ方に、決まりがあった。
この字は、こちらではこう読み、あちらではこう読む。二つの字が並んだときだけ、また別の音になる。終わりに来たときは読まない。
数えた。
ずれ方は、何本かしかなかった。
漢字は、一つずつ覚えるしかない。半年やって百に届かなかった。
こちらは、規則が何本かあるだけである。
覚えれば、四冊とも読める。
意味は、三冊並べたときに埋めてある。
カイは、四冊とも読んだ。
同じことが書いてあるので、一冊で分からなかったところが、別の一冊で分かることがあった。四冊を行き来しながら読むと、一冊ずつ読むより速かった。
五冊目があった。
別の棚の、いちばん奥である。
表紙は、読めた。開いて、閉じた。
字が、違った。
二十六ではない。数えると、三十ほどあった。
見たことのない形が、半分ある。
残りの半分は、見たことのある形だった。
そちらの方が、厄介だった。
同じ形なのに、音が違うのである。
知っている字だと思って読むと、全部外れる。四冊で覚えた規則が、そこだけ通らない。通らないのに、通ると思ってしまう。
最初の何日かは、それで詰まった。
棚を、端から見た。
同じところに、辞書があった。
字の横に、細かい記号が並べてある。その字をどう読むかが、そこに書いてあるのだった。
読み方が、書いてある。
英語は、耳で覚えた。
埠頭で何年も聞いていた。船では、綱の男に音を出してもらった。出してもらえば、覚えられる。
露西亜の言葉は、聞いたことがなかった。
だから、耳の当てがない。
かわりに、記号があった。
去年、剣道の規則を借りたときと同じである。
要件は、たいてい書いてある。
探さなかっただけだった。
音は、それで済んだ。
図は、同じだった。
断面の描き方も、数字の振り方も、表の形も、ほかの四冊とほとんど同じである。
数字は、読めた。
だから、そこから入った。
同じ図の、同じところを指している言葉を突き合わせる。四冊のときと同じやり方である。罐。管。帆。甲板。石炭。太陽。時刻。
同じ物を指しているので、並べれば見えた。
形が同じで音が違う字も、そこで割れた。
この形は、ほかの本ではこう読むが、この本ではこう読む。並べて突き合わせれば、一つずつ決まっていく。
決まってしまえば、あとは同じである。
ひと月かかった。
四冊のときより、ずっと遅かった。
教師が、気づいた。
英語をやっている男である。
カイが五冊並べて何かやっているのを、しばらく後ろから見ていた。それから、何をしているのかと訊いた。
最後に、教師は五冊目を出した。
いちばん奥にあったものである。
「これは、別の字だ」
カイは、読んだ。
教師の手が、止まった。
「露西亜だ。先の戦で、我が国が戦った相手の言葉だ」
それから、少し黙った。
「おまえの国は、あの連中に沿海州を取られている。四十年ほど前だ」
戦をしたのではない、と教師は言った。
英と仏に負けて、揉めているところへ露西亜が間に入った。間に入った礼に、土地を取っていった。一発も撃っていない。
「遼東も取られた。あれは我が国が取って、露西亜が返せと言って、返させて、自分が取った」
そこも、清は撃っていない。
支那の土地を、他所の国が戦って取り合って、取られた。
「支那が弱かった。それだけのことだ」
教師は、棚に本を戻した。
「だから、おまえたちはここにいる」
カイは、頷いた。
沿海州がどこかは、知っていた。
地図で見た。船の本に出てくる港である。
四十年前に取られた、と教師は言った。
取られる前は、支那の港だった。
教師は、それ以上何も言わなかった。
撃たずに取られた土地がある。撃って取られた土地もある。
どちらも、返っていない。
強い方が取る。弱い方が取られる。
組と、同じだった。
上海では、上の組が下の組の縄張りを取る。取られた方は、下につく。不公平だと言う者はいない。言う言葉がない。
国も、その形をしているのだった。
だから、ここにいる。




