第九章 百万円の戦隊
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「話の理念部分は後で読めばいいから、先に金額を言って。危険な仕事を頼むなら、そこをぼかす人間が一番信用できない」
竿賀は理念より先に金額を求めるみるくへ反論せず、用意していた三枚の契約書を机へ並べ、報酬欄が見えるよう向きを揃えた。
「高額の固定契約料。任務成功時の追加報酬。さらに、フェリディア武装戦闘員一名につき撃破認定百万円」
その数字を見た瞬間、疲労と痛みで細くなっていたみるくの目が、あからさまに仕事の顔へ変わった。
「……今、百万円って言った? 一人につき?」
「そうだ。捕縛、戦闘不能、撤退強制で撃破認定。死亡した場合も対象になる」
「それなら確認。今日ここで私たちが倒した分も当然対象よね? それと一人百万円なら、十人倒せば一千万、百人なら一億でしょ。武装した敵が向こうから殺しに来て、それを倒した数だけ正当に払うっていうなら、私、倒せるだけ倒したいんだけど。上限とか『稼ぎすぎたから減額』みたいなふざけた条項、入ってないでしょうね?」
「四名。ただし共同戦果の配分規定がある。上限は現時点では設定していないが、一般市民や降伏者を撃破対象に含める契約ではない」
「当たり前でしょ。一般人を殺して金を取る趣味はないわよ。でも私を殺しに来る武装敵なら話は別。正当に一人百万円なら、一人でも多く私の戦果にしたい。あとゴゴは私がほぼ一人で倒したわよね。そこを『三人の共同戦果』みたいに薄めるつもりなら揉めるわよ。私は自分が働いた分を他人の感動的なチームワークに吸われるの、一番嫌いだから」
死者の名前と金額が同じ会話の中へ並べられたことに耐えられず、赤井は契約書から思わず顔を上げた。
「桃野さん、今その話をするんですか? さっきまで、あそこで人が亡くなっていたんですよ」
みるくは数秒だけ赤井を見つめ、彼が本気で理解できずにいることを確認すると、苛立ちながらも自分の考えを説明する方を選んだ。
「分かってる。私だって目はついてるから、怖がってたのも仲間を呼んでたのも見たし、ジジって子が最後まで帰りたがってたのも聞いた。でも、それと私が報酬を受け取るかどうかは別問題でしょ」
「そんなふうに、相手が死んだことと自分が報酬を受け取ることを、本当に別の問題として切り分けられるんですか?」
「できる。というか、別にしないと生きていけないでしょ。あの子たちは私を切ろうとした。私は死にたくなかった。だから戦った。結果として向こうが死んだ。悲しい話だからって、私が腕と脚を切られたことも、仕事場を壊されたことも、今日の稼ぎが飛んだことも消えない。私は聖人じゃないから、自分の損を『相手も可哀想だったし仕方ない』で済ませる気はないの」
言い終えると、みるくは死者への感情と自分の利益を同じ皿へ載せることを拒むように契約書を手元へ引き寄せた。
「欲しい服もある。住みたい家もある。美容にも金を使いたいし、旅行もしたいし、そのうち自分の店だって持ちたい。私の人生は私のもの。誰かの正義や国家事情のために無料で差し出すつもりはない。戦うなら高く売る。それが何か悪い?」
「そこまで言い切れるのは……すごいですね」
「それ、褒めてるの? もし遠回しに性格が悪いって言ってるなら、もっとはっきり言ってくれて構わないけど」
「たぶん、褒めてはいません」
「じゃあ感想はいらない。赤井が自分の報酬をいらないなら、その分も私に回して」
「どうしてそうなるんですか!」
「だって罪悪感で受け取れないんでしょ? 捨てるくらいなら私が有効活用する。お金に罪はないから」
赤井の撃破報酬まで狙い始めたみるくを見て、黒井は疲労とは別の頭痛が来たように額を押さえた。
「お前、本当に性格悪いな」
「知ってる。でも、性格が良くて貧乏になるより、性格悪くて金持ちの方が私は好き」
このままでは契約書が報酬の取り分交渉だけで終わると判断したのか、竿賀は小さく咳払いをした。
「戦闘時の呼称については、すでにさっき設定したものを正式運用する。心技戦隊ドライブレンジャー。レッドドライブ、ブラックドライブ、ピンクドライブ」
「正式運用って、勝手に登録までしてないでしょうね?」
みるくは報酬欄から顔を上げるなり、今度は名称そのものへ食いついた。
「名前を使って宣伝するならロイヤリティは別。グッズに私の顔を載せるなら肖像使用料。変身後の姿をフィギュアにするなら監修権も欲しい。あと『戦隊だから三等分』みたいな雑な配分は絶対やめて」
「お前、今まで敵一人百万円の話してたのに、もう商品化まで行くのかよ」
黒井が呆れた声を出した。もちろん丁寧語ではない。
「稼げる可能性を見つけたら先に条件を押さえるの。敵を倒して金、名前を使って金、グッズが売れたら金。危険な目に遭うなら、取れるところ全部取らないと割に合わないでしょ」
「あ、あの……僕、まだ正式に入るって言ってないんですけど、僕の名前や変身後の姿まで契約の話に入ってませんよね……?」
赤井は契約書と竿賀の顔を交互に見て、心配そうに身を縮めた。
「未契約者の権利処理は別だ」
「よ、よかった……いや、よくはないですけど……」
「赤井が権利いらないなら、それも私に譲ってくれていいわよ」
「どうして全部そっちへ持っていこうとするんですか!」
黒井が鼻で笑い、赤井は疲れ切った顔のまま頭を抱えた。みるくだけは本気だった。
ほんの短い笑いだった。すぐに、研究室に残る爪痕や血の跡が現実を思い出させる。
みるくがほとんど迷わず署名する横で、黒井は契約期間、解約条件、任務拒否時の扱いまで一通り目を通してから契約書を手に取った。
「俺はやる。今日、俺が動かなかったら赤井も俺も無事じゃ済まなかった。全部正しかったなんて胸を張るつもりはねえし、ザザを倒した感触はたぶん忘れない。でも、次も同じように誰かが本気で殺しに来るなら、俺は動く。素手で怯えてるより、リングがあった方が生存率は上がる。それに、みるくじゃねえが、命を張るなら報酬は高い方がいい」
「最後の一言で急に現実的になりましたね」
「俺は最初から現実的だ。お前が勝手に人格者扱いしてただけだろ」
「人格者とまでは思ってません」
「お前、さっきまであんなに遠慮がちだったのに、慣れてくると意外と失礼なことを普通に言うんだな」
赤井の遠慮の薄れ方に黒井は小さく笑い、最後にもう一度解約条件を確認すると、自分の名前を契約書へ書き込んだ。
みるくはとっくに署名を終え、報酬欄へ付箋まで貼っている。
「黒井と桃野、二人の署名を確認した。これで少なくとも二名については契約成立だ」
「『二名確保』とか実験動物みたいに言ったら、契約料上乗せ要求するから気をつけて」
「私はまだそんな言い方をしていない。勝手に発言を先回りして追加報酬の根拠にするな」
「言いそうな顔してたのよ。普段の言動に信用がない自分を反省しなさい」
そして三人の視線が赤井へ集まった。
赤井は赤いリングを見下ろした。光は消えている。それでも、剣を振った時の感触は手の中に残っている。ガガの身体が飛んだ瞬間。動かなくなったザザ。みるくの鞭で倒れたゴゴ。尻尾を失って、痛い、帰りたいと泣いたジジ。
「僕は……できません」
二人分の契約がまとまったところで、竿賀はまだペンへ触れていない赤井へ視線を移した。
「拒否するのは自由だが、今後の運用判断にも関わる。君が何を理由に受けられないと考えたのか、聞かせてくれ」
「今日、僕はこの力でガガを殺しました。自分を守ろうとした結果だったのは分かっています。でも、だから平気になれるわけじゃない。僕は誰かを守りたいと思ってリングを使ったのに、その結果、誰かの命を奪った。その二つが自分の中でまだつながらないんです」
「状況としては正当防衛に近い」
「そういう法律の分類だけで整理したくないんです!」
赤井は、自分でも驚くほど強い声を出した。肩の傷が痛み、呼吸が乱れる。それでも止めなかった。
「それに、竿賀さんのことも信用できません。あなたは僕たちを助けられる立場にいながら、先にデータを取っていた。あの人たちがなぜあなたを探していたのかも説明しない。そんな人から『今後も戦ってくれ』と言われて、はいと答えることはできません」
竿賀は赤井をしばらく観察するように見た。
「リングは持っていけ。次に同じ危険へ遭遇した時、君が何を選ぶか確認したい」
「そういう言い方をするところが信用できないんです。僕の迷いまで実験材料として見ているでしょう」
「否定はしない。君の判断過程も、このリングがどう人間の感情へ反応するかを知る上では重要な情報だ」
「否定してくださいよ!」
黒井が小さく息を吐き、竿賀へ手を上げた。
「今日は放っとけ。こういうのは他人に決めさせたら、あとで必ず腐る。赤井が戦うかどうかは、赤井が自分で決めることだ」
契約を勧める側だと思っていた黒井が自分の拒否を尊重したため、赤井は少し驚いて彼を見た。
「……ありがとうございます」
「礼はいい。次に会う時まで生きてろ。あと肩はちゃんと病院で診てもらえ。変身で痛みが引いたからって、怪我が消えたわけじゃねえ」
赤井が研究室を出ようとすると、みるくが呼び止めた。
「赤井、ひとつだけ言っておくけど」
振り返ると、みるくは契約書を折り畳みながら、少しだけ声の調子を落としていた。
「次に巻き込まれた時、戦わないのは自由。でも、私たちが戦ってる横で『相手も可哀想だから攻撃しないで』とか言って邪魔するのはやめてね。私は自分が死ぬくらいなら敵を倒すし、報酬も受け取る。赤井の良心に付き合って死ぬ気はないから」
「……分かりました。僕も、自分の考えを二人に押しつけて止めるつもりはありません。ただ、今は同じようには決められないんです」
「それと、もし本当に自分の撃破報酬いらないなら、その話だけはいつでも相談に乗るわよ」
「最後までそれなんですね」
「湿っぽい話だけして帰るよりマシでしょ」
赤井は疲れ切っていた。それでも一瞬だけ笑った。
この時点で、黒井菊と桃野みるくはドライブレンジャーになることを選んだ。
赤井満だけは、まだ選べなかった。




