第八章 地下にある国
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変身が解除されると、三人は一斉に自分の身体の重さと痛みを思い出した。赤井は壁際へ座り込み、肩の傷へ簡易止血材を当てる。黒井は脛の裂傷を確認し、みるくは左前腕と太腿を交互に押さえながら、苛立った様子で竿賀を睨み続けていた。
竿賀は三人へ紙コップの水を差し出した。
「まず飲め。変身中は通常より代謝が上がっている」
「水一本で話を流せると思わないで。治療費、服の弁償、それから私たちを実戦データに使った件。全部あとで請求するから」
「記録しておく」
「そういう返事が一番信用できないのよ」
黒井が紙コップを空にしてから、竿賀をまっすぐ見た。
「金の話はみるくに任せる。俺は別の説明が欲しい。あの子供たちは何だ。三尾だの一尾だの、俺たちを尾無しの劣等種だの、普通の犯罪者の話じゃないだろ」
「分かっていることは少ない」
竿賀はそう前置きした。今までの彼なら数値や専門用語を並べそうな場面だったが、今回は端末を操作しても、画面に出したのは粗い地下構造の推定図と、観測日付の並んだ記録だけだった。
「地下に、獣人たちの社会がある。少なくとも都市規模の生活圏と組織を持っている。断片的な通信記録では、自分たちの側をフェリディア王国と呼んでいるらしい」
「『らしい』?」
赤井が不安そうに聞き返した。
「私も行ったことはない。直接見た範囲は地下から地上近くまで出てきた個体と、観測できた設備反応だけだ。だから、知っているふりをして断言する方が危険だ」
黒井が腕を組んだ。
「じゃあ、さっきの三尾と一尾は?」
「そこは比較的確度が高い。複数の記録と、今夜の彼女たちの反応が一致した。あの社会では、尻尾の本数が身分と強く結びついている。おそらく、かなり絶対的なものだ。一尾の彼女たちが三尾のチャオという名前だけで態度を変えたのも、そのためだと思う」
「チャオって女については?」
「今夜、彼女たちの口から名前を聞くまで知らなかった。三本の尻尾を持つ上位者らしい。それ以上は何も分からない」
赤井は、つい先ほどまで泣き叫んでいたジジと、最後に一人で暗闇へ消えたギギを思い出した。
「あの子たちが、どうして地上へ……」
「そこが分からない」
竿賀は即答した。
「私は少し前から、地下側が地上へ出るための経路を探っている形跡を観測していた。物資の移動、地盤近くの設備反応、何度かの小規模な接触。侵攻準備ではないかと疑っていたが、目的までは掴めていない。土地が欲しいのか、資源なのか、地上人そのものに理由があるのか、それとも別の事情なのか。今の段階で断定できる材料はない」
みるくが眉を寄せた。
「でも今日は、実際に武装した子供が店まで来た」
「そうだ。だから最悪の場合、準備段階は終わった。今夜が地上侵攻の最初の実働だった可能性がある」
短い沈黙が落ちた。
赤井は紙コップを両手で持ったまま、指先に力を入れた。
「じゃあ、竿賀さんはどうして名前まで知られていたんですか。あの子たち、最初からずっと『サオガを出せ』って……」
竿賀の視線がわずかに止まった。
「私が調べていたからだろう」
「それだけ?」
黒井の声が低くなる。
「少なくとも、私にはそれ以上の確証はない。地下側の動きを観測し、地上側で対抗できる技術を作ろうとしていた。その過程で、こちらが見ていることを向こうに気づかれた。誰が私の情報を掴んだのか、どこまで研究内容を知られているのかは分からない。ただ、今夜の命令が私の確保だった以上、私はもう向こうから見ても無関係な研究者ではないらしい」
「調査してたら、調査対象に顔と名前を覚えられたってこと?」
みるくが呆れた声を出した。
「研究者としては失敗ね。店員まで巻き込まれてるし」
「否定はしない」
「そこは否定しなさいよ」
赤井は二人のやり取りに笑えなかった。竿賀が何も知らないわけではない。けれど、頼れば答えが全部出てくる人でもない。地下に国がある。尻尾の本数で身分が変わる。地上を狙う動きがあり、今夜ついに武装した兵士が現れた。
分かったのは、それだけだった。
なぜ地上へ来るのか。
地下にどれほどの兵がいるのか。
チャオとは何者なのか。
あの子供たちが、どういう場所で兵士として育てられたのか。
竿賀にも答えはなかった。
そして、その答えがないこと自体が、赤井には何より不気味だった。
竿賀は机の引き出しへ手を伸ばし、三枚の契約書を取り出した。
「分からないことが多いからこそ、次に備える必要がある。今後も地上で同じことが起きる可能性は高い。警察も救急も当然動く。だが今夜、あの速度の相手へ実戦で対応できた地上人は君たち三人だった。そこで、ドライブリングの実戦運用員として正式に協力してほしい」
みるくは竿賀の話が終わる前から、もう契約書の報酬欄を探していた。




