第五章 三尾の名と尾無しの劣等種
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小説とあわせて、ぜひビジュアルでも『心技戦隊ドライブレンジャー』をお楽しみください。
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三人が逃げ込んだ研究区画は広かったが、出口にはつながっていなかった。正面には大型の観測装置、左手にはロックされた実験室、右手には古い保守通路があり、背後からは五人分の足音が規則正しく近づいてくる。
「こういう時の秘密研究所って、映画なら都合よく非常口があるはずなんですけど」
息を整えながら赤井が言うと、黒井は壁面を叩きながら答えた。
「映画の知識で逃げ道が見つかるなら、言い出したお前が責任持って探せ」
「言い出しただけで責任者にしないでくださいよ。僕だって本気で映画みたいな仕掛けがあると思ってるわけじゃありませんから」
「二人とも現実逃避の会話は後にして。出口がないなら、隠れるか、あいつらが来る前に何か武器になるものを探すしかないでしょ」
みるくは棚へ並んだ器具を乱暴に見回した後、値札でも想像したのか一瞬だけ目を細めた。
「これ、壊したらいくらするのかしら」
「今そこ気にするんですか?」
「壊すなら高い方を敵に投げつけたくないでしょ。請求された時に困るもの」
「桃野さん、こういう時だけ妙に現実的ですね」
「こういう時“だけ”じゃなくて、私は普段から損得をちゃんと考えてるの。むしろ二人が考えなさすぎるのよ」
しかし逃げ道を選ぶ時間はなかった。ギギを中央に、ガガ、ゴゴ、ザザ、ジジが扇形に広がり、通路を塞いだ。五人とも肉球のような手袋から銀色の爪を半分ほど伸ばしている。足元の靴からも短い爪が床へ食い込み、いつでも跳び出せるよう重心が低い。
「ここまで逃げれば助かると思ったにゃ? 尾にゃしの劣等種は、自分たちがどれだけ鈍いかも分かっていにゃいにゃん」
ギギは赤井の肩の傷を見て、少しだけ口元を歪めた。
「さっきの一撃でまだ走れるにゃら運がよかったにゃ。サオガの居場所を知ってるにゃら残すにゃ。でも、本当に知らにゃいにゃらここで殺すにゃん。逃がす理由はにゃいにゃ」
赤井は傷を押さえながら、できるだけ刺激しないよう声を落とした。
「僕たちは本当に竿賀さんの居場所を知りません。僕と黒井さんは今日初めて店へ来ただけですし、桃野さんも、今どこにいるのかまでは知らないと言っています。あなたたちが何のために竿賀さんを探しているのか説明してくれたら、何か協力できることがあるかもしれません」
「尾にゃしと交渉する許可は受けていにゃい。にゃーたちは三尾のチャオ様から、サオガを確保しろとご命令を受けているにゃ。そのご命令を果たす。それだけにゃん」
赤井は、その名前を聞き逃さなかった。
「三尾のチャオ様……三尾というのは、尻尾が三本あるという意味ですか? あなたたちは一本ですよね。軍の階級とは別なんですか?」
問いを口にした瞬間、五人の空気が目に見えて変わった。さっきまで人間を嘲るように顎を上げていたギギでさえ、チャオの名が出た途端、耳を少し伏せ、視線を床へ落とした。
「チャオ様は三尾の貴族様にゃ。にゃーたちは一本しか持たにゃい平民にゃ。チャオ様の前では、にゃーたちが勝手に顔を上げることも許されにゃいにゃん」
その一言だけで、さっきまで威勢よく赤井たちを追い詰めていた五人の耳がわずかに伏せた。ジジなどは自分の一本の尻尾を脚へ巻きつけ、床の一点を見つめている。
「ギギ、チャオ様のこと、そんにゃに喋って大丈夫かにゃ……? にゃー、怒られるの嫌にゃ……」
「必要にゃことだけにゃ。だ、大丈夫にゃん。……たぶん」
小隊長のギギまで最後だけ自信をなくした。その変化を見て、赤井は胸の前で傷ついた右腕を庇いながら、おそるおそる口を挟んだ。
「え、えっと……すみません。じゃあ、その……尻尾が三本あるっていうだけで、そんなに立場が違うんですか?」
「『だけ』って言うにゃ!」
ギギの耳がぴんと逆立った。
「尻尾の数は全部にゃ。一尾は平民、複数尾は貴族様。尻尾が多いほど上にゃ。にゃーたちがどれだけ頑張っても、そこは変わらにゃいにゃん」
黒井は眉を寄せたが、長い議論をするつもりはないらしく短く吐き捨てた。
「面倒な国だな」
「尾にゃしに言われたくにゃい!」
ゴゴが頬を膨らませて言い返し、それから何でもないことのように付け足した。
「にゃーたちは使われる側にゃ。死んだら別の子が補充されるにゃ。それより今はサオガにゃん」
あまりに軽い口調だったため、赤井は聞き返すこともできなかった。自分の命の扱われ方を嘆くでもなく、天気の話のように言ってしまう。その異常さだけが胸に残った。
その言葉を最後に、ギギは爪を完全に伸ばした。
「はにゃしは終わりにゃ。サオガを出す気がにゃいにゃら、役に立たにゃい尾にゃしはここで殺すにゃん」
話し合いが終わったと判断した五人はほとんど同時に床を蹴り、その中でもガガが最初に壁へ飛びつくと、一歩だけ垂直面を走って黒井の頭上へ回り込む。右手の爪を顔へ振り下ろし、黒井が上体を反らして避けると、着地と同時に靴の爪を伸ばし、脛を横から抉るように蹴った。黒井は脚を引いたものの完全には避けきれず、ズボンが裂け、脛に三本の赤い線が走る。
「っ……こいつ、手だけじゃなく足もか!」
「今さら気づいたのかにゃ。手の爪ばっかり見て安心してたにゃら、尾にゃしは本当に観察力が足りにゃいにゃん」
ガガがもう一度踏み込む。黒井は棚の側面へ肩を当てて距離を作り、振り上げられた爪の手首を外側から押して軌道を逸らした。爪先が棚を掠め、金属板へ四本の深い傷が刻まれる。
同時に、ゴゴとジジはみるくを左右から挟んだ。ゴゴの右手が腹部を狙って伸び、みるくはぎりぎりで腰を引く。爪は制服の前を浅く裂いただけだったが、続くジジの蹴りが左の太腿へ当たり、みるくは悲鳴を噛み殺しながら横へ倒れた。
「痛っ……! ちょっと、今の本気でやったわね!」
「最初から本気にゃ。尾にゃしのくせに、まだ分かっていにゃかったにゃ?」
「いいわ。覚えた。あんたの顔も、今蹴った方の脚も、全部覚えたから」
みるくの声から笑いが消える。痛みで目尻に涙が浮かんでいるのに、怒りの方がそれを上回っていた。
赤井はギギと向き合っていた。右手の爪が喉を狙い、左手が逃げ道を塞ぐように横から伸びる。赤井は後ろへ一歩、さらに一歩下がり、背中が冷たい壁へ当たった。肩の傷が動くたびに熱を持ち、右腕の感覚も少し鈍っている。
「これで終わりにゃ、尾にゃし。喉を切られたくにゃければ、サオガがどこにいるか最後に答えるにゃん」
「本当に……知らないんです」
「にゃら、役に立たにゃい尾にゃしにゃ」
ギギが赤井の喉へ爪を届かせるため腰を沈めて踏み込んだ、その瞬間、天井近くから巨大な赤い羽根の房が唐突に降ってきた。長い棒の先で、ふわふわした赤い房が左右へ二度、わざとらしいほどゆっくり揺れる。
五人の猫耳が、ぴん、と同時にそちらを向いた。瞳が房の動きを追い、一本ずつの尻尾が無意識に左右へ揺れる。最初に我慢できなくなったのはジジだった。
「にゃっ……! あれ、動いたにゃ!」
次の瞬間にはジジが床を蹴り、赤い房へ両手を伸ばしていた。房がするりと逃げると、今度はゴゴが反対側から飛びつき、ガガとザザまで「にゃーが捕まえるにゃ!」「そっち行ったにゃん!」と競争するように追い始める。
「ちょ、ちょっと待つにゃ! 任務中にゃ! 追いかけるんじゃにゃい――」
小隊長らしく止めようとしたギギだったが、目の前を房がひらりと横切った瞬間、伸ばした右手が反射的にそれを追った。本人が「あっ」と声を漏らした時にはもう遅く、次の一歩でギギまで四人の後を追っていた。
赤い房は五人をからかうように床すれすれを走り、研究区画の横にある細い通路へ逃げ込む。五人は完全にそちらへ釣られ、先ほどまで赤井たちへ向けられていた銀色の爪まで、今はただ逃げる房を捕まえるために空を掻いていた。
「今のうちだ! 右の扉へ走れ! そいつらが我に返る前に入れ!」
どこからか飛んできた男の声に、赤井は一瞬だけ迷った。しかし黒井が傷ついた脛をかばいながら赤井の肩を押し、みるくも先に右手の自動扉へ走り出す。
「誰だか知らねえが、今は従うぞ! 赤井、猫じゃらし見て固まってる場合じゃねえ!」
「命が助かるなら猫じゃらしでも何でもいいわよ! ただし後で、誰がこんな馬鹿みたいな仕掛けを用意したのかは絶対聞くから!」
三人が転がり込むように扉を越えると、自動扉がすぐ背後で閉じた。透明な小窓の向こうでは、赤い房がさらに奥へ逃げ、それを五人の少女が夢中で追いかけている。ゴゴが飛びつけば房は上へ逃げ、ザザが壁を蹴って先回りすれば今度は床へ落ち、ジジは悔しそうに頬を膨らませながら何度も両手を伸ばしていた。
あまりに子供らしい光景だった。つい数十秒前まで自分たちの喉や脚を狙っていた兵士たちと同じ存在だとは、赤井にはすぐに結びつかなかった。
室内の奥には、白衣姿の男がタブレット端末と猫じゃらしを操作する小型コントローラーを手に立っていた。




