第二章 五本の尻尾と銀色の爪
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赤井が最初に認識したのは、五対の猫耳だった。その次に一本ずつの尻尾が目に入り、最後に、五人とも明らかに大人ではないという事実が理解へ追いついた。
茶、黒、白、灰、ぶち模様。五人の少女は、それぞれ猫のような耳と一本ずつの尻尾を持っていたが、身体の大部分を覆うような重い鎧は着ていなかった。胸元と腰を覆っているのも硬い装甲板ではなく、薄く軽そうな布地だけに見える。赤井には、どうしてそれで刃物の飛び交う場所へ出られるのか見当もつかなかった。両手には丸い肉球を思わせる分厚い手袋、両足にも同じ意匠の靴を装着している。その見た目だけなら子供向けの玩具のようだったのに、先頭の少女が指を開いた瞬間、手袋の先から銀白色の細い爪が音もなく伸びた。
爪は五指それぞれに沿って伸び、照明を受けて冷たく光っている。何という金属なのか、どんな仕組みで手袋の中へ収納されていたのか、赤井には何一つ分からなかった。ただ、先端が床へ触れた時に硬い表面へ細い傷が残ったことで、それが飾りではないことだけは嫌でも理解できた。
緊張で誰も動けない中、白い耳の少女だけが一瞬、カウンターの上に残された赤いカクテルへ目を奪われた。照明を受けて氷がきらきら光るたびに耳がぴくぴく動き、隣の少女へ小声で囁く。
「ギギ、あれ、すごくきらきらしてるにゃ。地上のジュースかにゃ?」
「今は任務中にゃ! 勝手に飲んだら怒られるにゃん。それよりちゃんと前を見るにゃ!」
叱った側の少女も、ほんの一瞬だけ赤いグラスを見てしまった。慌てて前へ向き直ろうとした拍子に、すぐ横の少女の尻尾を自分の足で軽く踏みかけ、「にゃっ、ご、ごめんにゃ」と小声で謝ってから、何事もなかったように耳をぴんと立て直す。謝られた方も頬を少し膨らませたが、任務中なのを思い出したのかすぐ真顔を作った。あまりに幼い仕草だった。しかし次に客たちへ向き直った時、その右手では銀色の爪が鋭く伸びている。
「サオガを出すにゃ。尾にゃしの劣等種どもが、にゃーたちに隠し事をしても無駄にゃん。おとにゃしく居場所を吐けば、余計にゃ手間を増やさずに済むにゃ」
先ほど仲間からギギと呼ばれていた黒白まだらの少女がそう告げると、店員の一人が両手を見える位置まで上げ、刺激しないよう慎重に一歩前へ出た。
「オーナーの居場所は、こちらでは把握していません。もし話し合いができるのであれば、警察を呼ばずに――」
「尾にゃしの言葉を信じる理由が、にゃーにあると思うかにゃ?」
ギギの返答は、子供らしい声質とは正反対に冷えていた。店員が「知らない」と答えた時点で、彼女の中ではその男を生かしておく理由がなくなったらしい。右手の爪を短く収めたかと思うと、次の瞬間には床を強く蹴り、店員との距離を一息で消した。赤井には途中の動きがほとんど見えなかった。
店員が驚いて腕を上げるより早く、ギギは低い姿勢で懐へ入り、肉球のような手袋をつけた左拳をみぞおちへ叩き込んだ。息を奪われた男の上体が折れたところへ、伸びた右手の爪が首の側面を横切る。男は両手で首元を押さえながら二歩よろめいたが、指の間から血が広がり、空気だけを漏らすような呼吸になって膝をついた。そのまま前へ倒れ、数秒後には手足も動かなくなった。
悲鳴が上がった。カウンターの奥にいた別のスタッフが非常通報ボタンへ手を伸ばすと、白い耳の少女が「それ押しちゃだめにゃ」と子供を注意するような声を出し、カウンターを軽々と飛び越えた。爪を伸ばした手がスタッフの脇腹へ深く入り、身体が壁へ押しつけられる。手を離された時には自力で立てず、腹部を押さえたまま床へ崩れた。浅く速かった呼吸も次第に間隔が開き、やがて身体は動かなくなった。少女はその結果を確かめるより先に、次の人間へ視線を移した。
「サオガの居場所を知ってる奴だけ残すにゃん。知らにゃい奴、逃げる奴、邪魔する奴に手間をかける必要はにゃいにゃ」
赤井は喉の奥が乾くのを感じた。目の前にいるのは、猫耳の少女たちだった。見た目だけなら、武器を持っていること自体が間違いに思えるほど幼い。それなのに、相手の身体のどこを蹴れば呼吸を止められるか、どの程度爪を伸ばせば動きを奪えるかを知っている。彼女たちの異様さは、子供が暴れていることではない。子供の身体に兵士の訓練が完全に染みついていることだった。
「ギギ、奥にも尾にゃしがいるにゃ。逃げ道へ回るにゃん?」
「ガガとザザは出口を塞ぐにゃ。ゴゴとジジは奥を見ろにゃ。サオガの居場所を知ってそうにゃ尾にゃしは残すにゃん。知らにゃい奴、逃げる奴、邪魔する奴はその場で殺すにゃ。捕まえておく必要はにゃいにゃん」
「ギギ、先に見つけた方がえらいにゃ?」
ゴゴが尻尾をぴんと立てて尋ねると、ギギは小隊長らしく胸を張った。
「これは競争じゃにゃい! ……でも、ちゃんと見つけたら褒めてやるにゃん」
「ほんとにゃ? じゃあにゃーが一番に見つけるにゃ!」
さっきまで人を殺していたとは思えないほど素直に喜び、ゴゴは耳を弾ませて走り出した。勢いをつけすぎて最初の角で足爪の制動が一瞬遅れ、肩を壁へこつんとぶつける。「い、今のはわざとにゃ!」と誰も聞いていないのに言い訳し、赤くなった耳を伏せてから、今度こそ格好よく走ろうと姿勢を低くした。
赤井は、そこでようやく理解した。彼女たちにとって殺すことは最後の手段ですらない。情報を持つ相手だけを残し、それ以外は任務の邪魔になる前に消す。それが訓練された手順として身体へ入っている。壁へ肩をぶつければ恥ずかしそうに言い訳し、褒められると耳を弾ませる。仲間の尻尾を踏みかければ素直に謝る。そんな、ごく普通の子供のような部分を残した少女たちが、人の命だけは迷いなく切り捨てていく。その食い違いが、赤井には何より恐ろしかった。
五人が同時に散った。手にした武器を振り回すのではない。壁、椅子、カウンターを踏み台にし、肉球模様の靴底で床を掴むように蹴って軌道を変え、低い姿勢と高い跳躍を織り交ぜながら互いの進路を一度も重ねない。手袋の爪だけではなく、靴の爪も必要な瞬間だけ伸び、壁面や家具へ食い込んで急停止や方向転換に使われていた。
魔法には見えなかった。それだけに、赤井には恐ろしかった。
「あなた、こっちへ来てください! 今はあの人を助けに戻っても、あなたまで動けなくされます。外へ出て警察と救急を呼ぶ方が、結果的に助けられる人が増えます!」
受付スタッフが赤井の腕を掴み、強く引いた。赤井は倒れた店員を見たまま動けずにいたが、言葉の意味が遅れて身体へ届き、ようやく走り出した。
「でも、あの人は……かなり血が出ています。置いていって本当に――」
「だからこそ外へ出るんです! あなたがここで立ち止まったら、救急車を呼ぶ人まで一人減るでしょう!」
背中を押され、赤井は廊下へ飛び込んだ。受付スタッフは別の客たちを誘導するため反対方向へ走る。直後、その背後へ猫耳の少女が一人、軽い音を立てて着地した。彼女は受付スタッフが客を逃がしているのを見ると、ためらいなくそちらへ向きを変えた。
「尾にゃしを逃がしたにゃ! 邪魔した奴から消すにゃ!」
靴の爪が床を引っかく音がした。赤井が反射的に振り返った時、少女の右手はすでに受付スタッフの背中へ届いていた。銀色の爪が肩甲骨の下から脇腹へ斜めに走り、スタッフの身体が前へつんのめる。なおも客を庇おうと腕を伸ばしたところへ二撃目が入り、首と肩の境目が深く裂けた。受付スタッフは壁へ手をついたまま崩れ、呼びかけにも反応しなくなった。少女は倒れた相手を確認もせず、次の標的として赤井へ顔を向けた。足音が信じられない速度で近づき、次の瞬間、赤井の右肩の後ろへ焼けるような痛みが走る。
「うあっ……!」
何かが衣服を裂き、皮膚の表面を掠めた。致命傷ではない。しかし、爪先が触れただけで肩から腕へ熱い痛みが広がり、右手が一瞬しびれた。赤井は壁へ手をつきながらも足を止めず、角を曲がる。
「待つにゃ、尾にゃし! にゃーたちから逃げ切れると思うにゃ!」
その声はすぐ後ろまで迫っていた。赤井の中で、「少し大人になってみたい」という数時間前の悩みがひどく遠くなる。二十歳になったことも、店へ入る勇気を出したことも、今は何の役にも立たない。ただ生きて帰りたい。それだけが、頭の中を占めていた。




