第八章 三色の戦い方
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ランとミモザの身体が動かなくなった路地で、レッドはレッド・ドライブソードの切っ先を下げたまま、残されたサクラ、スミレ、ヒナギク、ナズナの四匹と向き合っていた。ブラックとピンクも左右で武器を構えているが、レッドだけは自分から攻撃する意思がないことを示している。
それを見たサクラは、胸元の記録装置が動いていることを確かめてから鼻を鳴らした。
「お前たち尾にゃしが条件を出せる立場じゃにゃいにゃ。にゃーたちはサオガを生きたまま捕まえて王国へ連れて帰る。それが任務にゃん。理由を尾にゃしへ説明する必要もにゃいにゃ。邪魔するにゃら傷つけるし、情報を持ってにゃいと分かった尾にゃしを殺しても問題にゃいにゃん」
スミレも肉球グローブの爪をブラックへ向けたまま、それが特別に残酷な考え方だという意識もなく続けた。
「フェリディアでは、身分が上の方が下の者をどう扱うか決めるにゃ。一尾のにゃーたちでさえ、多尾の方々に殺されても文句は言えにゃいにゃん。まして尻尾すらにゃいお前たちを、にゃーたちがどう扱おうと勝手にゃ」
レッドは一瞬、言葉を失った。
彼女たちは人間を憎んでいるから残酷なのではない。人間の命にも自分たちと同じ価値があるという前提そのものを持っていない。だが、それなら余計に話す必要があるとレッドは思った。
「でも、さっき二匹が死んだ時、あなたたちは悲しんでいましたよね。僕たちだって同じです。怖いし、痛ければ苦しいし、死にたくない。それを知っていけば、今とは考え方が変わるかもしれません」
ヒナギクは倒れた二匹へ視線を落とし、伏せた耳をわずかに震わせたが、やがてレッドを睨み返した。
「にゃかまはにゃかまにゃ。尾にゃしは尾にゃしにゃ。一緒にするにゃ」
「今すぐ同じように思ってくださいとは言いません。でも、だから殺し合うしかないとは思いたくないんです」
レッドがそう答える横で、ピンクは大きく舌打ちした。
「いつまでクソみたいな平和講座やってんのよ。私は猫どもの人生観を矯正するために変身したんじゃないの。残り四匹をさっさと片づけて、あの白衣のクソ博士から金を取るために来てんのよ」
レッドが「みるくさん、せめて言い方を――」と振り返ると、ピンクは苛立ちに任せてウィップの柄を彼の上腕へ叩きつけた。
「痛っ!」
「私に説教すんな、クソ赤。機嫌悪い時にグチャグチャ言われると、味方でも殴りたくなるのよ」
レッドが腕を押さえる横で、ブラックが小さく笑った。するとピンクはすぐ彼にも敵意を向ける。
「にやついてんじゃないわよ、変態戦闘狂。あんたも役に立たなかったらぶん殴るから」
「敵より先に味方から殴られる心配をした方がよさそうだな」
ブラックが乾いた調子で返す。このままでは本当に味方同士で戦い始めかねないため、レッドは四匹へ向き直った。
「博士を連れて帰れなかったら、あなたたちはどうなるんですか?」
その問いに、四匹の表情が変わった。
ナズナが不安そうにサクラを見る。サクラは少し黙ってから答えた。
「普通に帰って任務失敗だけ報告したにゃら、チャオ様に殺されるにゃ。六匹で来て、サオガも連れて帰れず、ランとミモザまで失ったんだから当然にゃん。キャレット兵は補充できるにゃ」
「だったら帰らなければいいじゃないですか。僕たちと一緒に、別の方法を探せば――」
レッドが一歩近づくと、サクラは爪を前へ突き出した。
「尾にゃしに助けてもらうつもりはにゃいにゃ!」
強い拒絶だったが、その後ろではナズナが俯いていた。死が怖くないわけではない。むしろ、自分がチャオの前へ立つ光景を想像してしまったのだろう。
そこでスミレが記録装置へ視線を落とした。
「でも、記録はあるにゃ。こいつら三人の力も、サオガを知ってることも残ってるにゃん。サオガ本人を連れて帰れにゃくても、次の捕獲に役立つ情報を持ち帰ったって言えるにゃ」
ナズナの耳が少し持ち上がった。
「チャオ様に上手く報告して、にゃーたちが役に立ったって分かってもらえれば……命だけは助けてもらえるかもしれにゃいにゃん」
サクラも考えた末に頷く。
「そうにゃ。もう少し記録を取るにゃ。三人の戦い方を持って帰れば、ただの失敗じゃにゃいって言えるにゃん」
死ぬ覚悟を決めたのではない。
生きたいからこそ、危険な戦いを続ける。
ブラックはその判断を見てナイフを持ち直した。
「レッド、説得の続きはあとだ。こいつらはまだやるぞ」
サクラの合図で四匹が散った。
サクラとスミレがブラックを左右から挟み、ナズナはピンクを牽制する。その間にヒナギクが壁沿いを低く走り、レッドの死角へ回った。
肉球グローブの爪が右肩へ振り下ろされ、レッドは剣の腹で受け止める。続けて腹部へ走った反対の爪を身体を引いてかわし、反撃の刃はヒナギクの身体ではなく肉球グローブの側面へ叩きつけた。
金属音とともに右腕が弾かれ、ヒナギクは壁へ肩を打ちつける。
「もうやめてください。右腕も痛めてるでしょう。僕はあなたを斬りたくありません」
片膝をついたヒナギクは右肩を庇いながらレッドを睨んだ。
「お前、本当に変にゃ尾にゃしにゃ。にゃーを生かしたら、あとでお前を捕まえるかもしれにゃいのに、それでも殺さにゃいのかにゃ?」
「殺しません。まだ別の終わらせ方があると思っています」
ヒナギクが理解できないものを見るように目を細め、立ち上がろうとした瞬間、桃色のウィップが横から飛び、その左手首へ絡みついた。
「にゃっ!」
ピンクが一気に引く。ヒナギクは路面を滑り、痛めた右腕では身体を支えられず、肩から再びアスファルトへぶつかった。
「ピンク、その子はもうかなり弱っています!」
「だから狙ってんのよ。元気な奴と正面から殴り合うより楽でしょ。敵にまで気を遣ってんじゃないわよ、クソ赤」
ブラックもサクラの爪を受け流しながら声を飛ばす。
「戦闘不能でも撃破認定にはなるぞ。金だけならそれ以上やる必要はない」
ピンクは苛立ったように振り返った。
「だから金だけじゃないっての。私がどう倒すかまで口出しすんな、このド変態!」
言い終えたところで、ピンクの視線がヒナギクの一本尻尾へ止まった。恐怖を隠せない尻尾は大きく膨らみ、地面の上をせわしなく動いている。
「そういえば、あんたたちってこれ一本しかないのよね。前の猫も、尻尾がなくなったら死んだんだっけ」
ヒナギクの顔から一気に血の気が引いた。
「尻尾は触るにゃ! そこだけは駄目にゃ!」
それまでの強気な口調が崩れ、肉球ブーツの爪を必死に路面へ立てながら逃れようとする。
「尻尾は命にゃ! 触らにゃいでにゃ!」
その怯え方を見て、ピンクはむしろ興味を強めた。
「そこまで怖がるってことは、やっぱり一番効くのね」
ピンクが尻尾を根元に近い位置で掴んだ瞬間、ヒナギクの全身が硬直した。
「嫌にゃ! はにゃしてにゃ!」
最初に強く引かれると、ヒナギクの身体まで後方へずれた。肉球ブーツの爪がアスファルトへ食い込み、前へ逃げようと必死に踏ん張る。
「痛いにゃあっ! やだにゃ! 尻尾取らにゃいでにゃ!」
レッドは助けへ向かおうとしたが、サクラが進路へ割り込み、肉球グローブの爪を振った。
「どいてください! ヒナギクを助けるんです!」
「桃色はお前のにゃかまにゃ! 尾にゃし同士の都合をにゃーたちへ押しつけるにゃ!」
「仲間でも、やり過ぎていたら止めます!」
その間にもピンクはさらに力を込める。
ヒナギクは腰を捻って負荷を逃がそうとしたが、その動き自体が激痛を生み、途中で身体が崩れて悲鳴へ変わった。
「ママぁっ! 痛いにゃ! 助けてにゃ! おうち帰りたいにゃあっ!」
ブラックは戦いながら、その姿から目を離せなくなっていた。
抵抗できない相手が、次に来る痛みを理解しながら怯え、それでも逃げられない。その光景を見るうち、呼吸が少し深くなり、口元には本人も隠そうとしない危うい笑みが浮かぶ。
スミレがそれに気づいた。
「にゃに笑ってるにゃ!」
ブラックは苦しむヒナギクへ視線を戻した。
「俺、こういうのを見ると興奮するらしい」
ピンクは尻尾を掴んだままブラックへ嫌悪の視線を送った。
「キモ。人が苦しんでんの見て喜ぶとか、本物のド変態じゃない」
「お前がやってるんだろ」
「私は私。あんたみたいな変態と一緒にすんな」
そう吐き捨てると、ピンクは両足を踏ん張り、ヒナギクの尻尾をさらに強く引いた。
肉球ブーツの爪が路面へ何本もの線を刻む。右腕は使えず、左手首もウィップに取られているため、自分の尻尾を守ることさえできない。
「やだにゃあっ! ママぁっ! もう嫌にゃ! 帰りたいにゃ!」
ピンクが全身を使って最後に強く引いた。
唯一の尻尾が失われた瞬間、ヒナギクの身体は大きく反り返った。
肺に残った空気を一度に吐き出すような絶叫が路地へ響き、両脚は本人の意思とは関係なく激しく震え始める。肉球ブーツの爪が何度もアスファルトを引っ掻き、身体を丸めようとしても途中で背中が強張って反対に反る。指は何かへ縋ろうと空を掻くが、掴めるものは何もなかった。
一方、ピンクの手の中には一本尻尾が残っている。
切り離されても神経反射が続き、尻尾は掌の中で激しく身をよじった。手首へ巻きつきそうになったかと思えば急に跳ね、逃げようとしているように何度も動く。
「うわっ! キモッ! 何これ、まだ動いてんだけど! 気持ち悪っ!」
ピンクは眉間へ皺を寄せ、暴れる尻尾を顔から遠ざけた。
「手の中で勝手に暴れんなよ! クソ気色悪い!」
レッドはサクラを押し返してようやくそばへ来ると、怒りを堪えながら手を差し出した。
「乱暴に扱わないでください。その子にとって大事な尻尾なんです。僕に渡してください」
「は? 欲しいの?」
「そういう意味じゃありません!」
「じゃあ勝手にして」
ピンクから尻尾を受け取ったレッドは、まだ微かに反射するそれを物のように扱うことができず、苦しんでいるヒナギクのすぐそばへ静かに置いた。元へ戻せないことは分かっている。それでも、本人が命と同じほど大切にしてきたものを、ゴミのように投げ捨てる気にはなれなかった。
だが、ヒナギクにはそれを見る余裕すら残っていなかった。
「痛いにゃあっ……ママぁっ……助けてにゃ……!」
叫ぶたびに呼吸が途切れ、吸い込もうとした空気がまた悲鳴へ変わる。手足の激しい震えも次第に弱くなり、身体を動かす力そのものが失われていく。
スミレは戦闘を捨てて駆け寄り、ヒナギクの手を握った。
「ヒニャギク! にゃーがここにいるにゃ! 聞こえるかにゃ!」
まともな返答はない。
ヒナギクの口から出るのは、「痛い」「ママ」「助けて」という短い断片だけだった。スミレも助からないことを分かっているからこそ、「大丈夫」と嘘をつくことはできず、ただ手を握って名前を呼び続ける。
「……ママ……」
声が急に小さくなった。
「……抱っこ……」
スミレはその手を両手で包んだ。
「にゃーがここにいるにゃ。手を握ってるにゃ……」
「……おうち……帰りたいにゃ……」
それが最後に意味を持った言葉になった。
浅い呼吸は一度ごとに間隔が長くなり、やがて胸の動きが止まった。スミレが何度「ヒニャギク」と呼んでも返事はなく、握っていた手からも完全に力が抜けていく。その隣では、レッドが置いた一本尻尾の反射運動もいつの間にか止まっていた。
しばらく誰も動かなかった。
やがてサクラが涙を拭い、胸元の記録装置を確認した。
「……もうサオガを連れて帰るのは無理にゃ。でも記録は残ってるにゃん。三人の能力も、赤がにゃーたちを殺したがらにゃいことも、黒が苦しむ相手を見て喜ぶことも、桃が尻尾を狙うことも全部にゃ」
ナズナは自分までヒナギクのようになる光景を想像したのか、身体を震わせながらも、その記録へ必死に希望を求めた。
「これだけ持って帰れば、ただ失敗して戻るのとは違うにゃ。チャオ様に、次のサオガ捕獲に絶対必要にゃ情報を持って帰ったって上手く説明するにゃん。三匹でお願いすれば……命だけは助けてもらえるかもしれにゃいにゃ」
スミレもヒナギクの手を名残惜しそうに離した。
「そうするにゃ。次は必ずサオガを捕まえられるって説明するにゃん。役に立つキャレット兵だって思ってもらえれば、殺されにゃいかもしれにゃいにゃ」
根拠の薄い希望だった。
それでも三匹は、自分たちも死ぬのだと諦めてはいなかった。
サクラは最後に三匹の亡骸を見回してから、撤退を決断した。
「記録を持って帰るにゃ。サオガは連れて帰れにゃかったけど、次の作戦につにゃげるにゃん。チャオ様へ上手く報告して、三匹とも生き残るにゃ」
三匹が走り出すと、ピンクはすぐウィップを構え直したが、レッドがその前へ立った。
「撤退するなら追いません」
「何よ。あと三匹で三百万なのよ?」
レッドは剣を横へ構えて進路を塞ぐ。
「僕は次に会った時こそ、この子たちと戦う前に話したいんです」
ブラックも追撃には移らなかった。三匹はすでに戦闘継続を断念しており、市街地まで追えば一般人を巻き込む可能性がある。それに、壁際には拘束されたスカベンジャー隊員も残されていた。
「記録を持っていかれるのは痛い。だが、今は追うよりこっちの安全確保が先だ。街まで追い回して別の一般人が巻き込まれたら本末転倒だ」
レッドは頷きながら、遠ざかる三本の尻尾を見つめた。
「その記録を上の人が見るなら、僕たちが殺さず帰したことも伝わりますよね。だったら次は、本当に話のできる人が出てきてくれるかもしれません」
「期待するのは勝手だ。ただ、敵に俺たちの戦闘データも渡ることは忘れるな」
ピンクは二人をまとめて睨んだ。
「クソ赤とド変態が二人揃って私の三百万を消すとか最悪。あとで博士に別の手当を出させるからね。拒否したらあのクソ白衣も殴る」
三匹の姿が完全に見えなくなると、レッドはようやく剣を下げ、壁際へ急いだ。拘束されていたスカベンジャー隊員を解放し、身体を支える。
「すみません、遅くなりました。立てますか?」
隊員はどうにか頷いたが、警備員と三匹の死体が残る路地を見回すと、すぐには立ち上がれなかった。
レッドはもう一度、三匹が消えた方向を見た。
サクラ、スミレ、ナズナは、死ぬために帰ったわけではない。自分たちが命を懸けて持ち帰った記録には価値があると説明し、次こそ竿賀を捕らえると約束して、どうにか命だけは助けてもらおうとしている。
レッドは、その希望が届くことを願った。
その横では、ブラックがヒナギクの最期を思い返したのか、わずかに口元を上げていた。ピンクはそれを見ると、「まだニヤついてんの? 本当にキモいんだけど」と吐き捨てる。
三人は揃った。
だが、敵とも話せる可能性を信じるレッド、他者の苦痛へ危うい昂揚を覚えるブラック、そして金と自分の都合を何より優先するピンクは、同じ戦場へ立っていても、まだまるで違う方向を見ていた。




