第七章 三人目は、自分で来た
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黒井とみるくのドライブリングへ光が集まり始めた瞬間、六匹のキャレット兵は互いの顔を見合わせることなく散開した。先日の五匹が地上で遭遇した三色の戦士について、フェリディア側に残っている情報はほとんどない。だからこそサクラは胸元の記録装置が動いていることを確かめ、左右へ手を振って仲間へ配置を指示した。
「記録は切らにゃいでにゃ! スミレとヒニャギクは右、ミモザとランは左、ニャズニャはにゃーと中央にゃん。二人ともサオガを知ってるにゃ。可能にゃら生かして捕まえて、居場所を吐かせるにゃん!」
黒井とみるくもリングへ手を掛ける。
「ドライブチェンジ!」
二人の声が重なり、黒い装甲がブラックを、桃色の装甲がピンクを包んだ。ブラックの手にはブラック・ドライブナイフ、ピンクの手にはピンク・ドライブウィップが形成される。路地の壁際では、先ほど捕らえられたスカベンジャー隊員が拘束されたまま座らされ、敵味方どちらへ動くこともできず戦況を見守っていた。
ヒナギクは初めて見る変身へ一瞬だけ目を輝かせたが、スミレに肩を小突かれると慌てて腰を落とした。数十分前まで地上の空を見上げて段差につまずいていた少女が、肉球グローブからフェリディウム合金の爪を伸ばした途端、訓練された兵士の動きへ切り替わる。
最初に仕掛けたミモザが低い姿勢からブラックの顔を狙い、右爪をナイフで弾かれた直後、ランが壁を蹴って頭上から降った。ブラックがランへ意識を向ければヒナギクが横から入り、さらにスミレが足元を狙う。一匹ずつの攻撃に見えて切れ目がなく、前の小隊が残した失敗を意識して組み直した連携なのだと、ブラックは数合受けただけで理解した。
「先日の連中より面倒だな」
ブラックがスミレの蹴りをかわすと、ミモザの耳と尻尾が嬉しそうに跳ねた。
「聞いたにゃ? 面倒って言われたにゃん!」
サクラは呆れたように耳を伏せ、「褒められてにゃいにゃ。次に行くにゃ!」と叱りつける。ミモザは慌てて真顔へ戻ったものの、尻尾だけはしばらく機嫌よく立ったままで、そのちぐはぐさにブラックの口元もわずかに緩んだ。
一方のピンクは、サクラとナズナを相手に距離を保っていた。午前中の訓練へ一度も参加していない彼女でも、ウィップは間合いを取るほど有利だという程度の理屈は分かる。サクラが正面から詰め、ナズナが右へ回ろうとしたところで鞭を横へ走らせると、二匹は左右へ跳んだ。
ナズナの着地点には、先ほど警備員が落とした無線機が転がっていた。肉球ブーツが硬い端末へ乗って身体が傾き、慌てて足爪を路面へ立てる。転倒寸前で踏みとどまったものの、その一瞬をピンクは見逃さなかった。
「はい、隙あり!」
戻ってきたウィップがナズナの胴へ巻きつき、一気に引かれる。ナズナは背中からアスファルトへ叩きつけられ、肺の空気を押し出されて咳き込んだ。
駆け寄ろうとしたサクラへ、ナズナは涙目のまま片手を上げた。
「だ、大丈夫にゃ……地上の通信機に負けただけにゃん……」
それを聞いたミモザが戦いながら「ニャズニャ、また物に負けてるにゃ!」と叫び、ナズナは顔を赤くして「今それ言わにゃいでにゃ!」と返す。緊張が一瞬だけ緩んだが、ピンクの目は笑っていない。彼女はすでに、六匹の中で次に最も倒しやすい相手を探していた。
ランがブラックへ爪を振り切った直後、ピンク・ドライブウィップが横から伸びて右手首へ絡みついた。強く引かれた身体をミモザが腰へ抱きついて止めようとしたものの、二匹の肉球ブーツはアスファルトへ長い線を残しながら少しずつピンク側へ引きずられていく。
「ラン、踏ん張るにゃ!」
「ミモザまで引っ張られるにゃ! 離すにゃ!」
「嫌にゃ! 一緒に戻るにゃん!」
最後にはミモザの指が滑り、ランだけが一気にピンク側へ引かれた。ピンクはその勢いを利用してウィップを横へ振り、ランを路地の壁へ右肩から激突させる。
鈍い衝撃音のあと、ランは路面へ落ちた。両手をつこうとしても右腕だけが身体を支えられず、肩は不自然に下がったまま動かない。左手で右肩を押さえ、浅く速い息を繰り返しながら身体を丸めた。
「い、痛いにゃ……右、動かにゃいにゃ……」
ブラックは状態を見て、すぐピンクへ声を飛ばした。
「そいつはもう戦闘不能だ。契約上も撃破扱いになる。次を見ろ」
しかしピンクはウィップを引き戻しながら、倒れたランを見たままだった。
「知ってるわよ。でも後で起き上がって逃げたり、また爪を出されたりしたら面倒でしょ。私は『一度倒したけど再起しました』なんてクソみたいな戦果にしたくないの。敵なら確実に終わらせる」
ブラックは眉を寄せた。必要以上の攻撃だと分かっている一方で、壁際へ追い詰められたランが次の痛みを予想して震える姿から、自分でも嫌になるほど目を離せない。恐怖で縮こまった相手を見ると胸の奥が僅かに昂るという、生来の残酷な部分が確かに自分の中にある。
「もう反撃できない相手まで殺す必要はない。……俺が言っても説得力は薄いかもしれないがな」
ピンクはブラックの表情を一瞥し、鼻で笑った。
「自覚あるなら黙ってなさいよ、ド変態。必要かどうかは私が決める」
ランはそこで初めて、二人が自分の生死を話していると理解した。耳が頭へ張りつくほど伏せられ、動く左腕で胸元を守りながら壁際へ身体を寄せる。
「ま、待つにゃ……にゃー、もう戦えにゃいにゃ……」
「分かってる」
ピンクの返答には慰めの色がなかった。
「だから今なら安全に終わらせられるの」
兵士としての強がりが崩れ、ランの目から涙が落ちる。
「やだにゃ……ママに会いたいにゃ……にゃー、まだ帰ってにゃいにゃ……」
ミモザが助けに飛び出そうとするが、ブラックと交戦中のスミレとヒナギクが戦線を崩せば、逆に全員がまとめて追い込まれる。サクラも動けず、ランを見ながら爪を強く握った。
ピンクの第一撃が、身体を庇ったランの左腕から胸の上部へ入った。重い衝撃で背中が壁へ押しつけられ、肺から空気が一度に抜ける。口を開いてもすぐには息が入らず、肩だけを細かく上下させた。
二撃目は肋骨付近へ重なった。ランは高い悲鳴を上げて横へ倒れ、左手を路面へつこうとしたものの、腕の震えで自分の体重を支えられない。息を吸うたび胸の奥へ鋭い痛みが走るのか、呼吸は短く途切れ、涙と唾液を拭う余裕もなくなっていった。
「ママ……痛いにゃ……おうち、帰りたいにゃ……」
ピンクが三度目のウィップを持ち上げる。ブラックは止めるべきだと理解しながら、ランの恐怖に満ちた表情へ視線を吸い寄せられ、ほんの一瞬だけ反応が遅れた。
「ピンク、もう十分だ。やめろ」
「うるさい」
三撃目がランの身体を壁へ強く押し戻した。ランはそこから横へ崩れ、胸を小刻みに動かして空気を求める。左手が宙へ少し上がり、誰かを探すように指先だけが動いた。
「……ママ……抱っこ……」
それ以上の声は続かなかった。浅い呼吸の間隔が一度ごとに長くなり、やがて胸の動きも止まった。一本尻尾も路面へ落ちたまま動かなくなる。
ミモザは一瞬、何が起きたのか理解できない顔でランを見つめた。次の瞬間には訓練された陣形もサクラの制止も忘れ、泣きながらピンクへ突進した。
「ランを返すにゃああっ!」
怒り任せの攻撃は速かったが単純だった。ピンクは半歩横へずれて爪をかわし、左足首へウィップを巻きつけて引く。ミモザは勢いのまま前へ倒れ、肉球グローブで顔を守ったものの、膝と腕を強く打った。
それでも起き上がろうとしたミモザを、ピンクは再び引いて背中から路面へ落とす。さらに右手へ鞭を絡めて身体の向きを崩し、路地脇の金属製防護柵へ背中からぶつけた。肺の空気が押し出され、ミモザは声も出せず膝をつく。
ピンクは間合いを詰め、短く持ったウィップを胸元へ振り下ろした。最初の一撃で上半身が後ろへ揺れ、次の一撃を脇腹へ受けると身体が横へ崩れる。それでもミモザは倒れたランへ手を伸ばし、地面を掻いて少しずつ近づこうとした。
「ランのとこ……行くにゃ……」
サクラは泣きながら「ミモザ、もう動くにゃ! 戻ってくるにゃ!」と叫んだが、ミモザは弱々しく首を横へ振った。
「サクラ……ごめんにゃ……ラン、一匹にしたくにゃいにゃ……」
ピンクが倒れたミモザの前へ立つ。ブラックは、今度はすぐに口を挟んだ。
「そいつも戦闘不能だ。もう撃破認定は取れる」
「分かってるって言ってるでしょ。敵が息してる限り、私は安心できないの。あとで博士と『どこから戦闘不能か』なんて判定会議するのも嫌。完全に終わらせれば揉めない」
「それは契約の問題じゃなく、お前自身の問題だ」
「そうよ。だから口出すな、変態」
ピンクはウィップを振り下ろした。
すでに起き上がれないミモザの身体へ重い衝撃が入り、息を吐いたまま次の空気を吸えなくなる。喉から苦しそうな音を漏らしながら、それでも左手だけはランへ伸ばされたままだった。
もう一撃を受けると、腕から力が抜け始める。視線だけがランを探し、指先が路面を二度掻いた。
「……ママ……ごめんにゃ……ランを一匹にしたくにゃかったにゃ……」
指先とランの手の間には、ほんの少しだけ距離が残った。その距離を埋められないままミモザの腕が地面へ落ち、数回続いた弱い呼吸も次第に間を空け、最後には止まった。
ピンクは二匹が動かなくなったことを確認すると、ウィップを戻しながら指を二本立てた。
「これで二匹。少なくとも私が倒したってことで揉めないわね」
ブラックは嫌そうに眉を寄せたが、自分も二匹の苦痛から目を逸らせなかったことを否定できなかった。
「今それを数えられるお前も相当だな」
「苦しんでるの見てニヤついてた奴に言われたくないわよ。鏡見ろ、変態」
ブラックは否定せず、ナイフを握り直した。
サクラ、スミレ、ヒナギク、ナズナの四匹は泣きながら陣形を立て直した。サクラは胸元の記録装置を確かめ、自分まで崩れないように声を絞り出す。
「記録は残ってるにゃ。ランとミモザがどう殺されたかも全部にゃ。ここでみにゃ死んだら、王国へにゃにも持って帰れにゃいにゃ……!」
ヒナギクは涙を拭いながら、サクラへ顔を向けた。
「ランとミモザもヴァルハラへ行けるかにゃ……?」
「行けるにゃ。王国のために戦ったにゃ。ママにも姉妹にもきっと会えるにゃん。だからにゃーたちは、生きて記録を持って帰るにゃ!」
それが信仰による慰めなのか、戦い続けるための言葉なのか、サクラ自身にも分からなかった。
その時、路地の入口から荒い呼吸と足音が近づいてきた。
「く、黒井さん……みるくさん……!」
赤井満が立っていた。髪は乱れ、額には汗が浮かび、戦場へ颯爽と現れたヒーローというより駅から全力疾走してきた大学生そのものだった。
ブラックが一瞬だけ目を丸くする。
「お前、本当に走ってきたのか?」
「え、駅からです……全部じゃありません……」
思わず説明した赤井へブラックが何か返しかけたが、赤井の視線はすぐ路地の奥で止まった。警備員。そして、二匹のキャレット兵。どちらも動いていない。
「……どうして」
赤井の顔から血の気が引く。ピンクは悪びれもせず、ウィップを肩へ担いだ。
「二匹とも私。先に言っとくけど私の戦果だからね。赤井君が今から来ても取り分には入れないわよ」
「そんなこと聞いてません! この子たち、もう戦えなかったんじゃないんですか?」
「そうよ。だから安全に終わらせたの。敵を生かしてまた襲われるのも嫌だし、戦果を曖昧にするのも嫌。いちいち敵に同情して私へ説教すんな、クソ甘ちゃん」
赤井はガガを殺した時の感触を思い出した。自分は恐怖に任せて剣を振り、その結果として命を奪った。しかしピンクは考えた上で、動けなくなった相手を殺す方を選んだ。
サクラが爪を向ける。
「また一人来たにゃ!」
ヒナギクも涙の残る顔で赤井を睨んだ。
「そいつも同じ指輪をしてるにゃ! あの二人のにゃかまにゃ!」
赤井は反射的に一歩下がった。四匹の爪が怖い。その爪で警備員が殺されたことも分かっている。それでもリングを起動するより先に、両手を見える位置へ上げた。
「待ってください。僕は、あなたたちを殺しに来たんじゃありません。話をしたいんです」
四匹の動きが一瞬止まった。
「あなたたちにも命令があって来たんですよね。僕たちはフェリディアのことをほとんど知らないし、竿賀博士を連れていきたい理由も分からない。あなたたちだって、本当はここで死にたいわけじゃないでしょう。だったら、戦う前に話して、別の方法を探せるかもしれません」
スミレの耳が揺れ、ナズナが迷うようにサクラを見る。
そこへピンクが不機嫌そうに口を挟んだ。
「話し合いで残り四匹分の報酬が消えるなら私は反対。平和が欲しいなら赤井君が四百万払って」
「命を値段で決めないでください!」
「命張ってるのは私も同じなのよ! 私の金を勝手に消すな、クソ赤!」
二人が言い争いかけたため、ブラックは額へ片手を当てた。
「敵の前で報酬交渉を始めるな。赤井、お前も前を見ろ」
赤井は反射的に謝りかけ、どうにか飲み込んだ。サクラたちの爪はまだ下がっていない。それでも、すぐには飛びかかってこない。話を聞いている。その事実だけを頼りに、赤井は言葉を選んだ。
「僕は、あなたたちと話したいです。僕たちが誤解していることがあるなら聞きたいし、あなたたちが間違っていると思うことも伝えたい。今すぐ仲良くなれるなんて思ってません。でも、全部殺して終わりにするより、その方がいいと思っています」
サクラは倒れたランとミモザを見てから、ピンクへ視線を向けた。
「……お前が話したいって言っても、桃色はにゃーたちを殺す気にゃ」
赤井は否定できなかった。
「それは……僕が止めます」
ピンクの目が細くなる。
「赤井君。前は『自分の考えを私たちに押しつけない』って言ってなかった?」
その言葉に赤井は一度息を詰まらせた。しかし、ランとミモザの身体を見て、逃げずに答える。
「言いました。でも、今は考えが変わりました。戦っている相手を止めることと、もう戦えない相手をお金のために殺すことは同じじゃない。そこまで黙って見ているのは、僕にはできません。みるくさんがそうしようとするなら、僕は止めます」
「はあ? 私の邪魔したら敵より先にぶん殴るわよ」
「それでもです」
声は震えていたが、赤井は視線を逸らさなかった。
ブラックは二人を見比べた。一般人を殺した武装兵へ話し合いを求め、そのすぐ隣では味方同士が敵の殺し方を巡って揉めている。平和的解決を始める状況としては最悪だったが、それでも赤井は逃げずにここまで来た。
赤井はドライブリングへ手を添える。
「変身はします。でも、あなたたちを殺すためじゃありません。誰かが攻撃したら止めるためです。僕は……まだ、話せると思っています」
「ドライブチェンジ!」
赤い光が赤井の身体を包み、戦闘装甲を形成する。右手へレッド・ドライブソードが現れても、レッドは刃先を四匹へ向けず、地面へ下げたまま立った。
左にはブラック。右にはピンク。そして中央には、自分の意思で戻ってきたレッド。
対するキャレット兵は六匹から四匹へ減り、ランとミモザはもう戻らない。それでもサクラたちは竿賀を連れ帰る任務を捨てておらず、レッドもまた、彼女たちを全滅させるために戻ってきたわけではなかった。
敵にも事情があり、言葉を話す相手なら、殺し合わずに終われる可能性がある。そんな考えが甘いのかどうかを、レッドはまだ知らない。
ただ、ガガを殺したあとも、その可能性を捨てることだけはできなかった。
だから赤井満は、自分の意思で戦場へ戻ってきた。
戦うために。そして、できるなら戦いを終わらせるために。




