第五章 再び来た猫耳兵
キャラクターイラスト・設定画・キービジュアルはpixivで公開しています。
小説とあわせて、ぜひビジュアルでも『心技戦隊ドライブレンジャー』をお楽しみください。
リンクは下部にあります。
フェリディア王国から地上へ続く経路を抜け、新宿の古い雑居ビル裏に設けられた点検口から一匹ずつ這い出した六匹のキャレット兵は、任務開始早々、訓練では教えられなかった地上特有の問題に直面していた。
隠れる場所が、ほとんどないのである。
先頭に立つ小隊長のサクラが、最後の一匹まで出てきたことを確認して点検口を閉める。その背後では、観察力の高いスミレ、小柄で好奇心旺盛なヒナギク、今回急遽補充されたナズナ、少々勝ち気なミモザ、そして装備を左右逆にはめかける程度には慌て者のランが、それぞれ一本尻尾を揺らしながら地上の光景を見回していた。
六匹とも猫耳を二つ生やし、腰からは一本の猫尻尾が伸びている。王国軍の軽装防具であるフェリディウム繊維製の軍用軽装を身につけ、両手には肉球グローブ、両足には肉球ブーツを装備していた。爪こそ収納しているものの、どう考えても地上の街中に自然に溶け込める格好ではない。
しかも場所は新宿である。夕方から夜へ移り変わる時間帯で、人通りが減るどころか、これから増えていく頃だった。
「……サクラちゃん」
路地の出口から大通りを覗いたヒナギクが、猫耳をぺたりと倒した。
「人間、いっぱいいるにゃ」
「見れば分かるにゃ。訓練通り、変に騒がず歩くにゃん。六匹で固まりすぎても目立つから、二匹ずつ少し間を空けるにゃ」
サクラはそう命じながらも、本人の尻尾も緊張でわずかに膨らんでいた。
王国では地上人を尾無しの劣等種と教えられている。それでも、初めて見る巨大な地上都市で、自分たちより遥かに多い人間たちの群れへ入っていくことに何の不安も感じないほど、彼女たちは図太くなかった。
ヒナギクなど、空を見るだけでもう忙しい。
「本当に天井がにゃいにゃ……」
路地を出た途端、彼女はまた頭上を見上げた。ビルの隙間に見える夕暮れの空はフェリディアの人工照明とは比較にならないほど高く、どこまで視線を上げても岩盤へぶつからない。
「空は落ちてこにゃいって、訓練所で習ったにゃろ」
隣を歩いていたスミレが呆れたように注意したが、ヒナギクはまだ納得していないらしい。
「でも、ずっとにゃにもにゃかったら怖くにゃいかにゃ? にゃー、上へ吸い込まれそうにゃ」
「前を見るにゃ。昨日みたいに転ぶにゃよ」
「転ばにゃ――」
言い終わる前に、ヒナギクの肉球ブーツが歩道の小さな段差へ引っかかった。
「にゃっ!」
身体が前へ傾き、慌ててスミレの腕へしがみつく。
スミレは倒れかけたヒナギクを支えながら、大きなため息をついた。
「だから言ったにゃ」
「……誰にも言わにゃいでにゃ」
「六匹全員見てるにゃん」
後ろを歩いていたミモザが吹き出し、ランも口元を押さえる。ヒナギクは頬を膨らませ、一本尻尾をぶんぶん振りながら今度こそ前だけを見て歩き始めた。
ところが、彼女たちが心配していたほど、人間たちは悲鳴を上げなかった。
むしろ反応は、拍子抜けするほど好意的だった。
「うわ、かわいい」
「何のコスプレ?」
「今日、秋葉原でイベントあるんじゃなかったっけ?」
「そっち行く子たちじゃない?」
すれ違う若者たちが、六匹を見ながらそんな会話を交わしている。
偶然にもその日は、秋葉原で大規模なコスプレイベントが開かれていた。新宿を経由して会場へ向かう参加者も珍しくなく、猫耳、猫尻尾、ビキニ風の独特な軍用軽装、巨大な肉球型グローブとブーツという異様な格好でさえ、地上人たちは「かなり作り込んだコスプレ」と勝手に解釈してくれた。
フェリディアという地下国家の存在を知らない以上、その方が遥かに自然な結論だった。
若い女性が友人と一緒に六匹を見つけると、嬉しそうにスマートフォンを向けた。
「すごーい、尻尾動いてる! どうなってるの?」
サクラたちは意味が分からず、一斉に立ち止まった。
「……にゃにを向けられてるにゃ?」
ミモザが小声で尋ねると、地上の機器について比較的よく覚えていたスミレが耳元で答える。
「たぶん撮影装置にゃ。地上人は小さい通信端末で写真を撮るって習ったにゃん」
「攻撃にゃ?」
「違うにゃ」
その間にも女性は手を振っていた。
「写真いいですかー?」
六匹は顔を見合わせる。
ヒナギクが困ったようにサクラを見上げた。
「にゃんて言ってるのかにゃ?」
「写真を撮りたいみたいにゃ。敵意はにゃさそうにゃん」
「じゃあ……こうかにゃ?」
ランが見よう見まねで小さく手を振ると、女性たちは「かわいい!」と声を上げた。
それにつられ、ヒナギクまで嬉しそうに手を振り返してしまう。ナズナも少し恥ずかしそうに笑い、一本尻尾が無意識に左右へ動いた。
サクラだけは途中で我に返った。
「みんにゃ、任務中にゃ!」
「にゃっ」
五匹の耳が一斉に立つ。
「行くにゃん。遊びに来たんじゃにゃいにゃ」
叱られた兵士たちは慌てて歩き始めたが、背後からはまだ「かわいいね」「イベント頑張ってね」という声が聞こえていた。
しばらく歩いたところで、ミモザが妙に機嫌よく尻尾を立てた。
「地上人、にゃーたちを見て喜んでたにゃ」
「尾無しの劣等種の評価を気にしてどうするにゃ」
スミレに言われ、ミモザは少しむっとする。
「別に気にしてにゃいにゃ。ただ、かわいいって言われたから……悪い気はしにゃかっただけにゃん」
「尻尾、すごく嬉しそうにゃけど」
「動いてにゃいにゃ!」
「動いてるにゃ」
「見にゃいでにゃ!」
そんな会話をしながら歩く六匹を、道行く人間たちは微笑ましそうに眺めていた。
中には振り返って写真を撮る者もいる。
それは彼女たちにとって幸運であると同時に、後に竿賀側を悩ませる新しい問題でもあった。前回の襲撃についてはスカベンジャー部隊が防犯映像や目撃情報の整理を進めていたが、今回はまだ何も起こしていない時点から、六匹の姿が複数のスマートフォンへ記録され始めている。
地上という場所では、ただ歩いているだけでも痕跡が残るのだった。
やがて《ノクターン》のある区画が近づくにつれて、サクラの表情から年相応の柔らかさが消えていった。
「ここから任務に集中するにゃ。スミレとヒニャギクは右、ミモザとランは左。ニャズニャはにゃーと中央にゃん。人間に見られても、危険がにゃい限り手を出さにゃい。竿賀の位置と、先日の五匹の装備を先に探すにゃ」
「了解にゃ」
六匹の返事が重なった。
数分前まで写真を撮られて照れていた少女たちは、そこから明確に兵士へ切り替わった。猫耳は周囲の音を拾うため別々の方向へ向き、視線は屋上、窓、路地、監視カメラらしき機器へ順番に動く。二匹ずつ位置をずらして歩き、一匹が前を見る間はもう一匹が背後を確認する。
《ノクターン》へ到着すると、六匹は足を止めた。
サクラたちが王国で見せられた前回の記録と、目の前の建物の状態が違いすぎたのである。
「……壊れてにゃいにゃ」
ランが呟く。
窓は新しいものへ交換され、破損していた外壁も補修されている。入口には「設備点検のため臨時休業」と書かれた紙が貼られ、少なくとも外から見ただけでは、先日ここで複数の死者を出す戦闘があったとは思えない。
スミレは壁へ近づき、塗装の境目をじっと観察した。
「ここだけ新しいにゃ。直した跡があるにゃん」
ヒナギクも真似して覗き込む。
「人間って、建物直すの速いにゃ」
「感心してる場合じゃにゃいにゃ。装備を探すにゃん」
サクラの指示で六匹は裏手へ回り、床、排水溝、壁際、物陰を手分けして調べ始めた。
しかし、先日の五匹が使っていたはずの肉球グローブも肉球ブーツも見つからない。通信装置の残骸すら、目につく場所からは消えていた。
「にゃいにゃ……」
ヒナギクはしゃがみ込み、排水溝へ顔を近づける。
「ヒニャギク、頭入れすぎにゃ」
スミレが背中の装備を掴んで引き戻した直後だった。
「あっ!」
ランが小さく声を上げた。
壁と床の隙間に、銀色の何かが挟まっている。
「見つけたにゃ!」
嬉しくなったランが勢いよく手を伸ばそうとしたため、サクラがすぐ止めた。
「直接触らにゃいにゃ。回収用の手袋を使うにゃん」
「……分かってたにゃ」
「絶対忘れてた顔にゃ」
ミモザに指摘され、ランは耳を伏せながら回収用手袋を取り出した。
慎重につまみ上げた物は、フェリディウム合金製の爪の破片だった。ほんの小さな欠片だが、根元近くには王国軍の製造番号が残っている。
六匹から笑いが消えた。
ナズナが、ケースへ収められる破片を見つめながら小さく呟く。
「先日の子たちのかにゃ……」
その声には、さっき地上人に写真を撮られていた時とはまるで違う感情が滲んでいた。
「持って帰るにゃ」
サクラは静かに答えた。
「小さくても王国の装備にゃ。それに、あの五匹がここまで来た証拠にゃん」
ナズナは頷いた。
彼女たちの多くは同じ訓練所や兵舎で生活する。血のつながった姉妹ではなくても、幼くしてママや家族から離された者同士、寝床を並べ、食事を分け、泣いている子を慰めながら育ってきた。だから死んだ兵士の装備を見る時、それを単なる軍需品として割り切れない感情も確かにあった。
その時だった。
サクラの猫耳が後方へ鋭く動いた。
「誰か来るにゃ」
六匹はほとんど同時に振り返り、壁際と物陰へ散った。肉球グローブの爪が短く伸び、肉球ブーツの先もいつでも路面を蹴れる位置へ変わる。
路地の奥から現れたのは、一人の男だった。
目立たない作業着を着ているが、単なる通行人ではない。《ノクターン》周辺の復旧状況を確認するため残されていた、竿賀側のスカベンジャー部隊員だった。
男も六匹に気づいた。
先ほど街中で彼女たちを見た人々とは違い、「かわいいコスプレ」と笑うことはなかった。
表情が即座に強張る。
その反応をスミレが見逃さなかった。
「この人間、にゃーたちを知ってるにゃ」
男は答えず、腰に付けた小型端末へ手を伸ばした。端末へ触れた瞬間、緊急信号だけは自動送信された。
「通信するにゃ!」
サクラの声と同時に、ミモザとランが動いた。
ミモザは建物の壁を蹴り、肉球ブーツの爪を一瞬だけ外壁へ食い込ませると、男の右側へ回り込む。ランも反対側を塞ぎ、正面にはサクラが立った。
男は完全に囲まれた。
「サオガを知ってるかにゃ?」
サクラが尋ねた。
「知らない」
男は短く答えたが、その瞬間、スミレの耳がぴくりと動いた。
「嘘にゃ」
「何?」
「サオガって言った時だけ、目が動いたにゃ。にゃー、見てたにゃん」
スミレは当てたことが少し嬉しかったのか、一瞬だけ尻尾を持ち上げた。
すぐにサクラから横目で見られ、慌てて真顔へ戻る。
「……とにかく、この人間はサオガを知ってる可能性が高いにゃ」
ミモザが男の首元へ爪を近づける。
「じゃあ捕まえるにゃ?」
「殺しちゃ駄目にゃ。情報を持ってるにゃん」
「分かってるにゃ。にゃーだってちゃんと命令覚えてるにゃ」
頬を膨らませながらも、ミモザは爪を少し離した。
男は六匹の様子を見ながら、低い声で尋ねた。
「……先日の連中の仲間か」
ナズナの耳がわずかに伏せる。
「先日の五匹を知ってるのかにゃ?」
男は答えなかった。
しかし、それだけで十分だった。
サクラが「連れていくにゃ」と命じかけた、その時、路地の入口から別の声が飛んできた。
「おい! そこで何してる!」
近隣ビルの警備員だった。
六匹に囲まれている男を見て異常を察し、胸元の無線機へ手を伸ばす。
「警察を呼ぶぞ!」
さっきまで街の人間から手を振られ、写真を撮られていたランの表情が変わった。
サクラは一瞬だけ警備員と捕らえた男を見比べる。
「その人間、サオガを知ってるかにゃ?」
スカベンジャー隊員が首を横へ振った。
「関係ない。近所の警備員だ」
その言葉を聞いたサクラは迷わなかった。
「情報を持ってにゃいにゃ。通報されたら任務の邪魔ににゃる。排除するにゃ」
「了解にゃ!」
ミモザが最初に飛び出した。
地面を蹴った身体は一瞬で警備員の懐へ入り、伸びた爪が無線機を弾き飛ばす。警備員は驚きながら腕を振り、ミモザを払いのけようとした。
「このっ……!」
しかし、横へ回っていたランが右腕へ爪を走らせる。
制服が裂け、その下から血が流れた。
「うあっ!」
警備員は傷ついた腕を押さえながら数歩後退した。それでも逃げず、地面へ落ちた無線機へ左手を伸ばそうとする。
「まだ呼ぼうとしてるにゃ!」
ミモザが叫ぶ。
警備員の指が無線機へ届くより早く、ミモザは再び踏み込んだ。
今度の爪は、喉の側面へ入った。
鋭い刃が首を深く切り裂き、警備員の身体が大きく強張る。口を開いて何か叫ぼうとしたが、声はうまく出ず、喉を押さえた両手の隙間から血が流れ始めた。
数歩よろめいて壁へ背中をぶつけ、そのまま膝から崩れる。
ミモザは爪を構えたまま警戒していたが、追撃はしなかった。
警備員はアスファルトの上で横向きになり、何度か苦しそうに息を吸おうとした。脚が地面を擦り、片手も傷口を押さえ続けていたものの、流血とともに力は急速に抜けていく。
やがて呼吸の間隔が長くなった。
最後に肩が一度小さく動き、それきり身体は静かになった。
「……動かにゃくにゃったにゃ」
ミモザが呟いた。
人間を殺したこと自体に迷いはない。訓練所で教えられた通り、情報を持たず、通報によって任務を妨害しようとした相手を排除しただけだった。
それでも、彼女の一本尻尾は大きく膨らんでいた。
ランがそれに気づき、そっと肩へ手を置いた。
「大丈夫にゃ?」
「だ、大丈夫にゃ。これくらい平気にゃん」
「尻尾が平気じゃにゃいにゃ」
「見るにゃ!」
ミモザは恥ずかしそうに尻尾を身体の後ろへ隠した。
そのやり取りをしている最中、ナズナの耳が突然立った。
「待ってにゃ。足音が二つ来るにゃん」
六匹は再び戦闘態勢へ入る。
路地の向こうから現れた人影は二つだった。
一人は黒井菊。
もう一人は桃野みるく。
地下の研究区画で緊急信号を受けた竿賀が、近くにいた二人へ確認を指示したのである。
黒井は路地へ入った瞬間、六匹より先に地面へ倒れている警備員を見た。首元の傷と広がった血を確認し、表情を険しくする。
「……また来やがったか」
隣のみるくは、警備員より先にキャレット兵の数を確認した。
「一、二、三、四、五、六……六匹ね」
黒井が横を見る。
「何を数えてる?」
「敵の数よ。戦うなら最初に数えるでしょ」
もっとも、その頭の中に契約報酬の数字まで浮かんでいることは、わざわざ口にはしなかった。
一方、六匹には二人が何者なのか分からない。
ギギはフェリディアへ戻ったものの、三人の戦士について説明する前にチャオに殺された。そのため、王国へ残った情報はあまりにも少なく、記録装置にも肝心の戦闘データは残されていなかった。
サクラが素早く片手を上げる。
「二、二、二で囲むにゃ。いきにゃり飛び込まにゃいにゃん!」
ヒナギクとスミレが右へ、ミモザとランが左へ、サクラとナズナが中央へ位置を取った。
数十分前、空ばかり見て段差につまずいたヒナギクも、地上人から「かわいい」と言われて喜んでいたミモザも、今は別人のように動いている。六匹は互いの死角を塞ぎ、誰か一匹が攻撃された場合、残る二方向からすぐ反撃できる距離を保った。
サクラが爪を展開しながら、黒井とみるくへ問いかける。
「そこの二人、サオガを知ってるかにゃ?」
黒井は六匹の配置を観察しながら答えた。
「ああ。知ってる」
サクラの猫耳が立った。
「だったら情報を持ってるにゃ。生きたまま捕まえるにゃん」
「簡単に言ってくれるな」
黒井がドライブリングへ手を添える。
その横で、みるくもリングを見せるように腕を上げた。
それを見たナズナが小さく首を傾げる。
「……指輪にゃ?」
スミレの表情が変わった。
「待ってにゃ。普通の指輪じゃにゃいにゃ。にゃにか来るにゃ!」
六匹の肉球グローブからフェリディウム合金製の爪が伸び、肉球ブーツの爪もアスファルトへ食い込んだ。
黒井が一歩前へ出る。
みるくもリングへ指をかける。
その時、ほんの一瞬だけ、ナズナの頭へ出撃前の記憶が浮かんだ。
――帰ったら、ママにいっぱい抱っこしてもらうにゃ。
自分でそう言ったことを思い出し、怖くなりかけた心を押し込めるように肉球グローブを強く握る。
隣に立つサクラがその震えに気づいたのか、前を向いたまま小さく声を掛けた。
「ニャズニャ、にゃーの横から離れにゃいでにゃ」
「……うんにゃ!」
返事をしたナズナの耳が少しだけ持ち上がった。
先日の五匹が何と戦い、なぜ小隊が壊滅したのか。
六匹は、ようやくその答えの一部と向き合おうとしていた。
そして黒井とみるくもまた、目の前の少女たちが単に数を一匹増やして戻ってきただけではなく、前回の全滅から学び、記録し、互いを守りながら戦うために送り込まれた新しい小隊であることを、まだ知らない。
歌舞伎町の裏路地で、十二個の猫耳が警戒するように立ち上がる。
六本の一本尻尾が緊張に揺れる中、黒井とみるくのドライブリングへ光が宿り始めた。
先日とは違う六匹と、赤のいない二人。
二度目の戦いが、今まさに始まろうとしていた。




