第二章 二人だけのドライブレンジャー
キャラクターイラスト・設定画・キービジュアルはpixivで公開しています。
小説とあわせて、ぜひビジュアルでも『心技戦隊ドライブレンジャー』をお楽しみください。
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竿賀生体科学研究所の地下訓練区画では、朝から一定の間隔で金属のぶつかる乾いた音が響いていた。黒い戦闘装甲をまとったブラックは、床に描かれた円形スペースの中央で六本の可動式機械腕を相手に模擬戦を続けている。機械腕の先端は訓練用の模擬刃へ交換されていたが、速度まで手加減されているわけではなく、判断が遅れれば肩や脇腹へ容赦なく衝撃が入った。
右前方から伸びた一本目をブラック・ドライブナイフの峰で外側へ流し、ブラックはその勢いを殺さず身体を沈めた。頭上を二本目が通り過ぎ、続いて左後方から三本目が迫る。作動音に気づいたブラックは半歩踏み込んでかわそうとしたものの、疲労で右脚の反応がわずかに遅れ、模擬刃が左肩を強く叩いた。
「くそっ、またそこか……」
ブラックが肩を押さえて距離を取ると、操作卓に立つ竿賀大がすぐに機械腕を停止させた。博士は端末へ数値を入力しながら、さっきの被弾位置を画面上で示す。
「黒井君、今の軌道なら実戦では首を取られていた可能性が高い。開始時より反応は良くなっているが、右脚の踏み込み速度が落ちてきている。今日はもう七回目だし、一度休んだ方がいい」
ブラックは変身を解除した。黒井はタオルで汗を拭いながら、肩を何度か回した。
「本番で敵が疲労を見て休ませてくれるなら俺も休むけどな。昨日みたいな状況で、動けなくなってから後悔するのは御免だ。博士、次は速度を一段上げてくれ」
「現状でも完全には対応できていないんだが、黒井君がそこまで言うなら五分だけ試そう。ただし、動きがさらに落ちたらこちらで止める」
竿賀がそう答えると、黒井は頷いてリングを握り直した。昨日、自分がザザへ投げたナイフの感触は、まだ指先から消えていない。命を奪ったことを軽く考えるつもりはなかったが、次に同じ状況が来た時、自分や仲間を守るための手段まで捨てる気もなかった。せめて戦うと決めた瞬間に身体が迷わず動くようにしておきたい――その思いが、朝から彼を訓練区画へ縛りつけていた。
その張り詰めた空気とは対照的に、少し離れた休憩スペースでは、桃野みるくがソファへ深く身体を沈めていた。背中にはクッションを二つ重ね、テーブルの上には数束の札束、開封した菓子、飲み物、そして高級ブランドの公式通販サイトを表示したスマートフォンが並んでいる。朝から一度も訓練スペースへ入っていないにもかかわらず、本人だけは非常に忙しそうな顔をして一万円札を数えていた。
「博士、このバッグ買ってくれない? 百九十八万円なんだけど、すごくかわいいの」
みるくがスマートフォンを掲げると、竿賀は画面へ一瞥をくれた。
「みるく君、それを私が買う理由は何だ?」
「私が欲しいからに決まってるでしょ。自分のお金で買ったら百九十八万円減るけど、博士が買ってくれたら私のお金は減らないもの」
あまりにも当然の理屈として言い切るみるくに、黒井はリングから手を離して振り返った。
「それは理由じゃなくて、お前に都合がいいだけだろ。朝から札束数えてブランド物ばっかり見てないで、少しくらい訓練したらどうだ?」
みるくは黒井へ視線を向けたものの、すぐにスマートフォンへ戻した。
「嫌よ。ブラックみたいに汗だくになるの疲れるし、それに私は昨日ちゃんと一匹倒せたじゃない。初めて鞭を使って勝てたんだから、むしろ才能ある方でしょ」
黒井が「あれでか」と呆れた顔をすると、みるくは自信満々に胸を張った。昨日はピンク・ドライブウィップを自分の脚へ当てかけた場面さえあったのだが、本人に言わせれば実際には当たらなかったのだから成功らしい。
そのやり取りを聞いていた竿賀は端末を閉じ、二人の方へ歩いてきた。
「みるく君、黒井君の指摘には一理ある。ピンク・ドライブウィップは射程が長いぶん、扱いを誤れば自分だけでなく味方も巻き込む。最低限、一時間程度の基礎訓練はしておいた方がいい」
みるくはそこで初めて真剣な顔になり、スマートフォンを膝へ置いた。
「博士、その一時間って報酬出る?」
「訓練そのものへの追加報酬はないよ」
竿賀が答えた途端、みるくは興味を失ったようにスマートフォンを持ち上げた。
「じゃあやらない。私の一時間だってタダじゃないし、疲れるだけで一円にもならないなら、その時間で欲しい物を探してる方が有意義だもの」
黒井はその態度に呆れ、首へ掛けていたタオルで顔を拭きながら口を挟んだ。
「命を守るための訓練だぞ。そこまで金に換算するなよ」
「私の命が大事だからこそ、ブラックがもっと強くなって前で頑張ってくれればいいのよ。私は後ろから安全に鞭を使う。役割分担として合理的でしょ?」
みるくが涼しい顔で言うと、黒井は思わず片手で額を押さえた。彼が朝から真剣に訓練しているのを見て、みるくが考えたことは「自分も頑張ろう」ではなく「これなら自分が楽をできる」だったらしい。
「お前、俺を盾にする前提で計画立ててるだろ」
「前衛ってそういう役目じゃないの? それに敵を倒せば報酬も出るんだから、ブラックだって損はしないでしょ」
そこでみるくは何かを思いついたらしく、身体を起こして竿賀へ向き直った。
「そうだ、博士。戦果の取り分について今のうちに決めておきたいんだけど、ブラックが弱らせた敵を私が最後に倒した場合、その一匹は私の戦果でいいのよね? 二匹なら二匹分、三匹なら三匹分きちんと払ってほしいし、まとめて倒した時に『一戦闘だから一回分』みたいな計算もなしね」
黒井が露骨に嫌そうな顔をするのにも構わず、みるくはさらに条件を並べ始めた。戦闘で服や私物が壊れれば新品で弁償してほしい、美容院などの予約をキャンセルすることになった場合も補償が欲しいと言い出し、先ほど見ていた百九十八万円のバッグまで対象に含めようとする。
竿賀は契約条件を確認するように端末へ指を走らせながら、さすがにそこまでは認めなかった。
「みるく君、戦果報酬については既存契約の判定基準を使う。私物補償は戦闘との因果関係が明確な場合に限って検討できるが、高額な鞄を自分から戦場へ持ち込んだ場合まで無条件に補償するつもりはない」
「どうしてよ。買ったら使いたいじゃない」
「壊されたくない物を戦場へ持っていかない方が合理的だからだ」
竿賀がごく普通のことを説明すると、みるくは不満そうに頬を膨らませた。
「私が持っていきたいの。それじゃ理由にならない?」
そのやり取りを横で聞いていた黒井は、もう付き合いきれないというように首を振った。
「博士、こいつとの契約、今からでも見直した方がいいんじゃないか?」
「黒井君、みるく君の欲望は少なくとも行動原理として非常に分かりやすい。観察対象としては興味深いよ」
竿賀が平然と答えると、今度はみるくが博士を睨んだ。
「博士、今の絶対褒めてないでしょ。それに私の性格を勝手にデータ化しないでよ」
文句を言われても竿賀は記録をやめる気配を見せず、黒井は苦笑しながら訓練スペースへ戻ろうとした。
その途中で、三つ並んだ区画の一番端にある赤いスペースが目に入った。
黒の区画には黒井が何度も走り込んだ跡が残り、桃色の区画はみるくが使おうとしないため朝から手つかずのままになっている。そして赤の区画にも、人の気配はなかった。
黒井の視線に気づいたみるくも札束を数える手を止め、少しだけ表情を変えて赤い区画を見る。
「赤井君、本当に来ないのね。昨日あれだけ嫌がってたから仕方ないとは思うけど、三人でやる仕事を二人でやることになったら、私の負担が増えるのよね」
最初だけは赤井を心配しているように聞こえたものの、結局は自分の負担の話だった。黒井が呆れた顔を向けると、みるくは悪びれるどころか「大事な問題でしょ」と真顔で言い返す。
竿賀は操作卓へ戻りながら、その会話へ静かに加わった。
「赤井君にはリングを持たせたままにしてある。昨日の戦闘を経験したあと、自分の意志で再び使うのか、それとも完全に拒絶するのかを見る必要があるからね」
博士の説明を聞いたみるくは、今度は本当に呆れたように目を細めた。
「博士、その言い方が赤井君に嫌われる原因だと思うわ。本人が人を殺したことで悩んでるのに、博士はすぐデータの話をするんだから」
「私は赤井君を苦しませたいわけではないよ。ただ、リングが感情や意志に反応する以上、心理状態を無視して研究はできない」
「それを本人の前でそのまま言うから駄目なのよ」
みるくがそう返すと、黒井は赤い区画を見たまま黙っていた。
昨日、赤井はガガを殺した。
黒井自身もザザを殺しており、その事実を忘れたわけではない。それでも、同じ経験をしたからといって同じように受け止められるわけではなかった。みるくのように戦果と報酬をすぐ結びつけられる者もいれば、赤井のように一度立ち止まらなければ前へ進めない者もいる。
「来るなら、自分で来るさ。俺たちが無理やり連れてきても意味はないだろ」
黒井がそう言ってリングを握り直すと、みるくはソファへ戻りながら肩をすくめた。
「それはそうね。でも来るなら早めがいいわ。赤井君が戻ってくれば三人になるし、ブラック一人に前を任せるより私も安全だから」
結局そこへ戻るのかと黒井はため息をつき、せめて自分も訓練しろとみるくへ言った。しかし、みるくは札束を手に取ると、先ほど会話で数を忘れたから最初から数え直さなければならないと主張し、訓練する気配など一切見せなかった。
黒井は諦めて訓練区画へ戻り、竿賀が機械腕の速度設定を一段上げる。少し離れたソファでは、みるくが札束と高級ブランドの画面を交互に眺めながら、今度こそ邪魔をするなと言わんばかりの顔で金を数え始めていた。
黒、桃、赤と並んだ三つのスペースのうち、動いているのはまだ黒だけだった。
そして空いた赤い区画は、赤井満がまだ自分の答えを出していないことを、何も言わずに示していた。




